第108話 ~スタンピード編~
お久しぶりです。
先に宣言します。実際にこんなに買い込んだりこんな金額になるわけねーだろというマジレスは受け付けておりません。
スタンピードイベントはクリア条件が不明のまま、七日目に突入しようとしていた。
最初はボスを倒せばいつかは終わる。そう思っていたプレイヤー達だったが、こうも長く続くと話は変わる。ただボスを倒すだけな事に疑問視をするようになっていた。
プレイヤー達の間に流れているのはイベントクリア法の疑問視だけではない。イベントの初日から燻っていた問題。その種火は日を追うごとに大きな炎へと育っていっていた。
「払えない!? 一体どういう事よ!」
生産職__特にポーション生産プレイヤー達のまとめ役のヒュギーは声を荒げバロンに詰め寄る。
三日目のスタンピードから昨日の六日目にかけて、戦闘職がツケで使い、滞納していたポーションの代金がついに払えないとバロン__リーダーであるマーリン不在の為__の口から告げられたのだ。
スタンピードは日がたつごとに出現するモンスターのレベル徐々に上がっていた。レベルだけではない。二日目まではゴブリンソードマン、オークアーチャーと言った種族的に低位なモンスターしかいなかったがしかし、三日目にはハイオークやハイゴブリンと言った種族的にもつよいモンスターが現れ始めたのだ。四日目、五日目にはワイバーンのような竜種が混じり始め、六日目にはついにボス個体がレッドドラゴン__上位に位置するモンスターだったのだ。
敵が強くなれば、それに比例してプレイヤー達のアイテム消費量も増えるという物。だが、だからと言って支払えないという理由にはならない。
「毎回撃退成功時には倒したモンスター毎に報酬が出ているでしょ! それだけじゃない。イベント報酬だけじゃなく、倒したモンスターの素材も結構な数が溜まっている筈。そっちにも装備の更新とか、素材の整理とか色々あるだろうと配慮して滞納を許してきたわ。それがどうして支払えないのよ!」
「……初めのうちは素材の整理などで本当に払う暇がなかったんだ。だが、いざ報酬で溜まっていく自分たちの資金と、売却のし過ぎで減少していく素材の売却価格を前にすると……支払いを、したくないと……」
「バッカじゃないの!」
重々し気に語ったバロンの説明をヒュギーは一蹴する。払えない理由は至極簡単。戦闘職側の払い渋りが原因だった。
装備慎重と素材整理の為に三日目の支払いを待ってもらった戦闘職各員であるが、いざ支払わないと報酬金で増える懐の温かさに驚いた。
更に四日目の報酬も入ると、懐の温かさが笑いが出るほどになった。売却するモンスターの素材の買取価格は日に日に減っていくものの、それを鼻で笑えるほどに。何しろモンスターを倒せば倒す程討伐報酬がその分加算されていくのだ。ハイ系統の進化個体やワイバーンが出てくるようになれば言わずもがな。
更に、ツケがきく事に味を占めた魔法使い達が自重せずにマナポを買い込んでしまった。もっと倒して儲けようと考えてしまったが為に。実際、討伐報酬で増えていく資金は大きな金額だったのでその行動はどんどんエスカレートしていった。
そして目をそらしていた支払いの時。その貯まりに貯まった三日分の請求書の額を見て戦闘職達は気付いてしまった。あれ? もしかして俺達赤字で戦ってたんじゃね?と。
更に更にこうも思ったしまった。これもう払わなくてもよくね?、と。
バロンの言い訳じみた説明を聞き、ヒュギーはにこりと笑って一度深呼吸。そこから息を大きく吸い込んで一言。
「バッカじゃないの!」
当たり前である。
「ヒュギーさんの言う通りよ! アンタらホント馬鹿じゃないの!」
「いくらツケって言っても限度があるだろ!」
「こっちだって無償奉仕って訳じゃないんだぞ!」
「俺達の赤字はどうなるっていうんだ!」
「仕方ねえだろ! あんな馬鹿げた金額、ヤクザ映画でも中々見ねぇよ!」
「元々お前らがボッタくりの価格なのが悪いんだろ! 原価の高騰? 知らねぇよ!」
「むしろツケをきくようにしたんだから少しの借金滞納位目をつぶれよ!」
「そうだそうだ! それに、原価が高いって言ったって最近は農家のプレイヤーが居るんだろ! なら原価なんてあってないような物じゃねぇか!」
ヒュギーの怒りを皮切りにプレイヤー達は皆思い思いに口論が始まった。相当不満がたまっていたのか、戦闘職も生産職も止めようとする者はほとんどいなかった。
戦闘職の一人が言っていた原価であるが、ヒュギー達がロゼに支払っていたのは普段通りの原料の相場であり、びた一文たりとも値引きやツケをしてこなかった。
質の高いポーション素材を大量にすぐさま供給してくれるロゼの存在はまさに生産現場の要であり、スタンピードイベントの生命線。何が何でも愛想をつかされるわけにはいかないからだ。
足りない分は戦闘に参加していた生産職の討伐報酬や素材売却報酬を当て、皆莫大な赤字を出していた。
「待ってくれ。確かに今は払えないが、必ず何とかする。とりあえず俺の持ち金を全額払う。この場はこれで収めてくれないか」
「お待ちを。個人にそこまでされると、個々に記録してある売買記録の意味がありません。バロンさんの購入数はまだ少ない方でしたよね? バロン様の購入数はHP系36本、MP系統が463本。〆て572,940Gとなります」
「あぁ。分かった。だが、一応担保として全額預かってくれ。信用を得るには足りないだろうが……」
「そういう訳には……ヒュギーさん。どうしましょう?」
割と大きな金額であったが、トードリが困ったように雇い主であるヒュギーに尋ねる。ヒュギーはふんすと鼻息荒くトードリに応える。
「アンタがそこまでする必要はないわよ。むしろ、ツケにしないで払ってくれてたでしょ? 今払ったのだって今日一日の金額だし。まだ信用できるわ。……今はアンタに免じて引いておくわ。皆、良いわよね?」
実質生産側のリーダーであるヒュギーが納得したことによって生産職のプレイヤー達も落ち着きを取り戻す。見るからに渋々といった様子ではあったが。
「待ってくれ。そういう事なら俺も代金を払っておきたい。生産職と溝を深めるのは俺も避けたい」
「アニー様は……HP系が76本。MP系が82本。アニー様もちゃんと当日中に支払っていただいているので本日分だけですね。〆て186,700Gとなります」
「分かった。これでいいか? ……お前も今のうちに払っとけって」
「ふふん。私はツケない派だよ! お金の貸し借りはとミツバが怖いからね!」
「モルガーナ様はいつも事前に即金で大量買いなさってますから……。後腐れなく払っていただけるので助かっていますよ」
「そ、そうか」
苦笑しながらトードリが語る。ドヤ顔で妹が怖いからと語るモルガーナにアニー達一同は微妙な顔をしているが。
アニーを皮切りにサオリや他のプレイヤーの一部もトードリに支払う。それでも、支払ったのは比較的高騰していないHPポーションをメインに使う近接ジョブのプレイヤーが殆どだ。高騰しているマナポーションを大量消費している魔法使いジョブで支払う人物はほとんどいない。
ちなみに、モルガーナが払えているのは出費が大きくとも、同様に収入も大きいからである。スタンピードの度に初撃で大量に討伐報酬を稼げているのだ。超広範囲高威力魔法というのはそれだけ強力という事だ。
「おい! そいつ、毎回最初にでかい魔法ぶっ放してる奴だよな!? 知ってるぞ! あれだけキルしてればたくさん儲かってんだろ! お前が代表して金を支払えよ! それがダメならその魔法とスキルを教えろ!」
モルガーナに無理を言うプレイヤーも中にはいたが、誰も相手にせずつまみ出された。確かにモルガーナの攻撃を羨むプレイヤーも少なからずいるが、それはあくまでもMPすら犠牲にしたINT特化の賜物。誰も真似しようとしないし、簡単に出来るものではないことは周知の事実だったからだ。
目立たないながらもすごいのは全プレイヤーの名前と顔、そして販売個数を全て把握しているトードリだ。念の為記録した売買記録のログを確認してはいるが、それでも流れるようにさばいている。商人プレイヤーとしても腕が相当に高いのだろうことが伺える。
落ち着いたところでここでヒュギーがふと疑問を口にする。
「ところでアンタたちSSO攻略組のリーダーは何処いったのよ? 戦闘には参加してたみたいだけど」
「あのバカは今日のやり取りが絶対面倒になるからって逃げたよ。今頃レベルが上がって手に入った新スキルでも試してるんじゃないか?」
「なにそれ……はぁ。呆れて何も言えないわ」
「全くだ」
苦労人属性を有するバロンであるが、今日も貧乏くじを引いていた。疲れたように頭を押さえるバロンに生産職プレイヤー達は同情の眼差しを向けていた。ただ、バロンへの同情によって怒りよりも呆れの方が大きくなってしまったらしく、これ以上事を荒げる様子は見られない。戦闘職プレイヤー達も思う所があるのか目をそらしている。
「……話を戻すわ。結局代金を払えないのよね? それなら今日のポーション販売は無しになるけど構わないわね?」
「それは……いや、分かってる。払わないのに物だけ欲しいなんて虫のいい話は流石に言えねぇ。今回はNPCメイドでなんとかしよう」
「そんな! NPCメイドじゃ回復量が段違いじゃねぇかよ!」
プレイヤーメイドのアイテムとNPCメイドのアイテムの違いは品質補正の有無だろう。プレイヤーメイドのアイテムには品質補正が付くため回復量・強化量といったものに補正が付く。だが、今のように素材が無ければプレイヤーが作る事ができないのだが。
一方でNPCメイドは品質補正が付かない。その為、品質によっては倍以上の回復差がついてしまう。その代わり、プレイヤーメイドの品と違いプレイヤーが作らずともNPC同士で供給し合い、生産し、販売しているという、完全にプレイヤーの市場とは異なる市場にある。その為、プレイヤーがポーションを作れずともNPCメイドのアイテムを買えばよいのだ。良いのだが……
「あー、お言葉ですが、そちらも期待できないかもしれません」
「なんだと? どういうことだ?」
商人ジョブであるトードリが恐る恐るといった様子で手を上げる。出来ないという言葉にバロンを筆頭としてプレイヤー全員が驚きを露わにする。
注目の集まる中、トードリが歯切れ悪そうにその理由を語り始めた。
「知っての通り、NPCのアイテムはNPC独自の流通経路が存在するためプレイヤーが素材を集めずともアイテムを購入することが可能です。ですが、流通というシステムがある以上、購入可能な量には限度があります。品質補正がない以上、恐らくこれまでの消費量を満たすことは難しいかと……」
「そんな!? 流通量ってそんなに少ないのか!?」
「何分消費量が消費量ですから……」
そう。NPCの売買するアイテムにも流通というシステムが存在している以上、NPCメイドアイテムの数にも限度があるのだ。更に、NPCの流通はNPC独自の経路である為、普通のプレイヤーが干渉する事もできない。
本来であればNPCからアイテムを買えないという事態はよほどの事がなければあり得ない。しかし、今はこの都市内にプレイヤー達が過剰と言えるほどに集まってきている。普段の数倍に匹敵する人数がそれぞれ欲望のままに大量消費しているのだ。
流石のNPCメイドとはいえ数が足りない。
プレイヤーメイドの利点はここだろう。
プレイヤーはプレイヤー達で問題解決することが出来る。数が足りなければ、採集する也栽培する也、自身で調達が可能だし、ポーションを自分たちで調合して数を任意で増やすことが出来る。欲しいアイテムが流通していなくとも自前でどうにか吸う事が出来る。
勿論、それを実行するとなると相応に生産者の負担が大きくなる事になるのだが。
「……しゃーねぇ。出来る限りでやるしかないか」
「ちゃんと代金を払ってくれるのならこっちもちゃんとアイテムを売るわよ」
「……説得頑張るか」
かくして、七日目の戦闘は問題を残したままに始まった。アイテムを買えないと言う致命的な問題を残して。
講義中にふと思いついた悪ふざけネタを別途投稿しております。
良かったらそちらもどうぞ。
麦から始まる異世界産業~またはダンジョンマスターの延命記~
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