第106話 ~スタンピード編~
【本日のスタンピードは対処されました。明日も引き続き警戒をお願いします】
アナウンスの声と共に、生き残っていたモンスター達が敗走していく。昨日よりも各々の負担が大きかったせいか、戦闘職・戦闘に参加した生産職、後方支援をしていた生産職を問わず安堵の表情を浮かべている。
「お疲れさん。流石はSTR極振りの火力だな」
「アリガトメイちゃん。メイちゃんのサポートも中々の物だったわ。それにしてもバフにヘイトコントロールにダメージディーラー……なんでもアリになってきたわね」
「歩く学習装置も追加で。迷走している自覚はあるよ。なんにせよボスを倒せてよかったよ。ステータスはっと……意外と上がってるな」
あれだけ大量に倒したお陰でレベル300オーバーになった俺でも4つほどレベルが上がっていた。ステータスポイントは迷わずDEXに投入。
パーティーを組んでいたサオリも結構レベルが上がっていたらしく苦笑を浮かべている。ちょっと待て。なんでそこで苦笑?
「そりゃ、レベルが上がればその分レベルアップはし難くなるものでしょう? それがこうもポンポン上がるとなると、苦笑にもなるわよ。……それよりも、今日のアナウンスも対処だったわね」
「そう、だな。撃退でもなく全滅でもなく、あえて『対処』って言葉が使われてるのはやっぱり引っかかるよな」
「明日もスタンピードが起こると明言されているのも引っかかると言えば引っかかるわね。セルフストーリーを名乗るこのゲームとしては親切すぎるわ」
普通、スタンピードイベントと言えば群れを率いるボスを倒せばそれでイベント終了の筈だ。それが、ボスを倒しても、また新たなボス個体が設定されて引き続きイベントは持ち越しになっている。
やっぱり何かしらフラグがあるのだろうか?
「メイちゃんはどう判断するのかしら?」
「う~ん……やっぱりまだ判断材料が少ないよな。ボスを倒す回数なのか。倒し方に問題があるのか。それとも他に理由があるのか……」
「あちゃー先に倒されちゃった」
「ウフフ。早い者勝ちよ。ミツバちゃん」
いないと思ったら、ミツバがいつの間にかここまでたどり着いていた。今日もボスを倒すのを狙っていたらしい。このバトルジャンキーは……流石姉妹と言うべきかモルガーナと同じくゲームに馴染んでるな。ゲーム自体初心者だって話だったのに虎視眈々とボスを狙う域になってるし。
ん? ミツバがここまで来たって事は……ヤバい!
慌てて周囲を見回すと、プレイヤーの一部がこっちへと向かって来ている。功労者であるサオリと話をしたいって連中だろう。
戦闘中はハイドスキルで隠れることが出来たけど、非戦闘状態の今だとそうはいかない。早く後方に下がらないと!
「ごめんサオリ、ミツバ! ここは任せた!」
「センパイ? そんなに急いでどうしたのかな?」
「あー、分かったわ。ここは引き受けるから早く後ろに下がったほうが良いわ。……ボスはこのアタシ! ボディビルダージョブのサオリが打ち取ったわ!」
わざと目立つようにポージングをしつつ名乗りを上げるサオリに感謝しつつ後方へと走っていく。ヒュギー達生産職プレイヤー達が担当している区域まで逃げればなんとかなるだろう。
「ば、馬鹿な……全項目黒判定だと? そんなの要竜クラスでも鑑定しないとあり得ねェ。何者ダァ? あの黒ずくめ」
「お疲れヒュギー。無事だったか?」
「誰に言ってるのよ。無事に決まってるじゃない。そっちは……って、聞くまでもなさそうね。アナタあんなに強かったの? メイってプレイヤーはそんなに有名な名前だったかしら」
「いやぁ……あはは。リーノとルーノは?」
「ここに」「いるよ」
ヒュギーの後ろに控える様に立つ双子がジト目で答える。無理やりな話題転換なのは自覚があるのでそんな目で見ないでほしい。
「そう! この子たち凄いのよ! こんな小さいのに滅茶苦茶強かったわ! 私のアイテムが霞んでしまいそう」
「ヒュギーのアイテムは」「充分凄い」
「……この子達、NP…コホン。プレイヤーではないわよね? 私にくれない?」
「駄目だね。こればっかりは譲れない」
リーノとルーノは座長から預かった大切な団員だからな。どんな対価を貰っても人に譲る気はない。
双子を勧誘するのはアイテムを褒められたって事もあるんだろうけど、ちゃんと護衛として動けていたって事もあるだろう。強いもんな。この双子。
周りを見る限り、ヒュギーの他の生産職プレイヤー達も無事っぽいし、一安心だ。
「戦闘側に回っても大丈夫っぽいな。生産職もすごいんだな」
「でしょう? 確認取った感じ誰もゲームオーバーになってないわ。と、言っても、収支はギリギリ黒字になるくらいなんだけどね。流石にアイテム使いすぎたわ。まだストックはあるとはいえ数日続くとなるとキツイと思うわ」
「素材の高騰もあるから」「仕方がない」
「そうそう! 双子ちゃん分かってるじゃない! ま、赤字になるまでは私達生産職も戦闘に参加するわ。一日だけじゃ訴えにならないし」
一応、スタンピードイベント中は倒したモンスター毎に報酬金が得られる。だから倒せば倒す程報酬金が増える訳だけど、生産職の攻撃方法は基本的に消耗品だからな。生粋の戦闘職に比べたら純利益は少ないだろう。
それでも赤字になるまでは戦闘を続ける辺り、よっぽど戦闘職との溝は深いらしい。
「あぁそうだ。多分これから今日の戦闘の反省会があると思うけど、今日は貴方も参加するのかしら?」
「俺は……いや、やめとくよ。あぁそれと、俺の事は内密にしておいてほしい」
「ふうん。貴方も訳アリってことかしら。分かったわ。多分話し合いの主な議題は私たち生産職の事だろうし。」
「まぁ、確かにそうだろうな。今日は昨日よりも魔法使いの攻撃が控えめだったし。近接のプレイヤー達もちょっと慎重な感じだったし」
「やっぱり? ってことは支援担当の子達に無理かけちゃったかしら? そこは要調整ね」
昨日の時点でギリギリだったしな。一番の戦力のヒュギーが抜けたら負担は大きいだろう。
戦闘職に対するボイコットとしても、それで生産職の皆に負担がかかってしまっていたら本末転倒なわけだし、ヒュギーならその辺りは慎重に調整するんだろうな。
『皆! 今日もスタンピードイベントお疲れ様だった! この後今日のスタンピードの反省と明日の方針を会議する! 場所は同じく会議室だ! 入りきらなかったプレイヤー達も、同様に掲示板を利用して参加してくれると嬉しい。俺からは以上だ!』
SSO攻略組のクランリーダーであるマーリンがプレイヤーに向けてそんな宣言をしていた。さて、会議には参加しないし、装備品の確認でもするか。
レプラに作ってもらったヴォーパルバニーの革装備は凄い使いやすかったから、他の二着も確認しておきたいし。
「って事で装備の確認をしていこうと思います!」
「勝手に一人で」「やっていればいい」
相変わらずリーノとルーノの毒が強い。気にしていてはメンタルが持たないのでスルーして装備の確認を進める。
場所はヒュギーに頼んで錬金工房を借りた。聞けばメイカーの街とルクスルナの都市どちらにも工房を構えているらしく、気前よく貸してくれた。
ここならば誰かに見られることも無いし、安全に確認することが出来る。
まずは、レプラに貰った三着のおさらい。まず、今も来ているヴォーパルバニーの革装備。それと、ピエロ衣装にタキシードだ。
革装備は、前にレプラに頼んだDEXを上げる効果に追加してヴォーパルバニー関連のスキルが複数付与されている。
隠蔽系のスキルのお陰で鑑定から守ることが出来るし、AGI上昇のスキルが付与されているお陰でAGIが皆無な俺でも十分に移動速度が確保できている。本当に強い装備だ。
続いてピエロ衣装の確認。
【アンティク・ハット】
先が二股に分かれたピエロの帽子。ふざけた帽子は注目を集める。
常時、DEXの値+35
常時、DEFの値-20
常時、ヘイト上昇効果
【アンティク・メイク】
ピエロの為のポップな仮面。お茶目な仮面は自分を偽り注目を集める。
常時、DEXの値+30
常時、INTの値-15
常時、DEFの値-10
常時、ヘイト上昇効果
鑑定阻害効果(下降)
【アンティク・クロス】
原色満載のピエロの正装。ド派手な衣装は注目を集める。
常時、DEXの値+55
常時、DEFの値-30
常時、INTの値-10
常時、ヘイト上昇効果
【道化師的回避法】
【アンティク・パンツ】
大きく膨らんだピエロの正装。おどけた衣装は注目を集める。
常時、DEXの値+30
常時、STRの値-10
常時、INTの値-5
常時、AGIの値一割増加させる
常時、ヘイト上昇効果
【アンティク・ブーツ】
先がとんがったピエロの靴。ふざけたデザインのわりに意外と動きやすい。
常時、DEXの値+5
常時、AGIの値+10
常時、STRの値-10
常時、INTの値-10
常時、AGIの値を一割増加させる
常時、ヘイト上昇効果
スキル【道化師的歩法】を付与
【道化師的回避法】
被ダメージ時、確率で攻撃を回避判定とする。確率はDEXの実数値によって変動。
アクロバット・スタント系統スキルを強化する。
【道化師的歩法】
常時、AGIを増加させる。増加値はDEXの実数地を参照
移動系スキルを強化する。
アンティク……アンティーク(骨董品)なわけないよな。えっと、確かおどけたとかふざけたって意味だったはずだから、お道化た一式装備って所か。
性能自体は革装備に似ているな。だけど脚力や危険察知系を強化するヴォーパルバニーの素材の革装備と違って、道化師だからかヘイトが大きく上がってしまうようだ。それもどの装備にも同様に付与されているって事はその分効果が高そうだ。
それに、移動系のスキルを強化する道化師的歩法。これがあればステップ系のスキルやジャンプ、それに似た名前の【道化師的移動法】も強化につながる訳か。
何よりも回避! DEX依存で回避判定が入るのは【鬼才】スキルでも同様の効果があるけど、二つも同じ効果があれば万が一の時の保険として凄く安心できる!
狙われやすくなる癖があるけど、それでも十分に立ち回れる装備だろう。ただ、ヘイトが集まるのであればスタンピードイベント中は控えたほうが良いだろうな。隠れるどころか目立ってるわけだし。
続けてタキシードの性能を確認。
【奇術師の帽子】
マジシャンの伝統的なシルクハット。気品ある帽子は観客を驚きの世界へ導く。
奇術師系統スキルを強化(重複相乗)
アイテム属性
スキル【奇術の妙技】を付与
【奇術師の正装[上]】
マジシャンの伝統的なタキシードの上着。気品ある正装は観客を夢の世界へ誘う。
奇術師系統スキルを強化(重複相乗)
スキルのリキャストタイムを1割短縮
【奇術師の正装[下]】
マジシャンの伝統的なタキシードのズボン。気品ある正装は観客を幻の世界へ誘う。
奇術師系統スキルを強化(重複相乗)
【奇術師の靴】
マジシャンの伝統的な革靴。その足音でさえ観客を惑わす。
奇術師系統のスキルを強化(重複相乗)
【奇術の妙技】
奇術師系統のスキルに限り、演目下に無くとも使用可能となる(一部弱体)
奇術師系統のスキルに限り、【成功】スキルを強化する。
これは……道化師シリーズとは別の意味で癖が強いな。何しろ、装備の癖にステータス補正が一切ない。代わりにマジシャンらしく奇術師系統のスキルを強化できるけど、どれくらい強化が入るんだ? 重複相乗って事は、これら四つを一式として装備すれば効果が大きくなるんだろうけど。
完全にスキル重視の装備なのだろうか。道化師装備よりも扱いが難しそうだ。
とりあえず試すだけ試してみるか。
革装備を外し、代わりにタキシード装備を装備する。
【メイ】 Lv.374
種族:人族
ジョブ:上級道化師
HP 21/21
MP 21/21
STR 5
DEF 5
AGI 20
INT 5
DEX 1256
これは現在の俺のステータス。勿論、表示されるステータスには補正効果が込みされないと言う不親切仕様なので違いは分からない。
だけど、革装備にあったAGI増加補正が無くなっているので、身体を動かしてみると何処か鈍い。
ダメージを負ったら一撃でHPが吹っ飛ぶって言うのは……変わらないな。いつも通りだ。
これは困った。確認する方法がない。
一応、DEXで補正が掛るのは種族補正の+1、ジョブ補正の5倍、【ドラゴンスレイヤー】のスキルが+10、【一流芸人】スキルが2割の4つ。。
計算の上では1256×5×1.2+10+1で、実数値7547になるはずだ。
「似合ってるのに」「気に入らない?」
「タキシード自体は気に入ってるよ。ただ、この性能を確認する手段が無くてな。それよりも似合ってるか? ありがとう」
珍しく双子が素直に褒めてくれた。明日は槍でも降るかもな。それよりもどうやって確認するか。
とりあえず、試すために【ステップ】スキルを使用する。
【スキル:成功!】
うん。いつも通り。普通に成功スキルが発動して、ステータスが補正された。
奇術スキルでもなんでもないからまぁこれは予想通りでもある。次はちゃんと奇術系統のスキルだ。念のため成功スキルの連鎖受付時間が過ぎるのを待ってからトランプを取り出して、【トランプマジック】を使ってみる。
スキルが発動し、手にしていたクラブのカードがクラブ__ボウリングのピンのような形のジャグリングの道具__へと変わる。クラブを見る限り別段変わった所は見えないけど……
【マジック:成功!】
「ん? マジックの成功?」
普通ならスキルが成功したとアナウンスが入るはずだ。それがマジックが成功したというアナウンスに置き換わってる。
これが奇術系統限定の成功スキルの強化なのか?
試しに奇術系統ではないジャグリングをしてみる。
【ジャグリング:成功!】
【スキル:成功!】
【ジャグリング】スキルと、ジャグリングスキルが成功したことによる【成功】スキルが発動。やはりと言うべきか、発動したのはスキルの成功だった。
戦闘中ではないから調べようがないけど、マジックの成功は補正値が高く設定されてるんじゃないか? 強化ってくらいだし。明日のスタンピードでは様子をみて使ってみるのも悪くない。
他にも奇術系統のスキルを試すだけ試して、この日はログアウトした。
主人公のレベルだけがどんどん上がっていく……




