表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/129

第105話 ~スタンピード編~

卒論が死んでます。助けてください


「妙ね……」

「何がだ?」


 寄ってくるゴブリンを斬りつつヒュギーのつぶやきに短く返す。戦闘が始まって十数分くらいたったけど、特に戦況が変わった様子はない。一体何が妙なのだろう?


「戦況が変わらなすぎなのよ。昨日は今ぐらいには既にボス個体が出てきてた筈よ。なのに今日は全然出てこないじゃない?」

「確かに言われてみれば……てことは、今回は何かフラグでも立てる必要があるってことか? 」

「そこまでは分からないわ。昨日よりボス登場までの時間が短くなってるだけって可能性もあるし」


 でも、もしフラグを立てない限りボスが出現しないのであれば結構ピンチだな。今日はただでさえ生産職の皆のサポートが手薄になっているんだ。

 戦ってる生産職の皆もストックしているアイテムが尽きてじり貧になればすぐに崩れる。結構マズいよな? 思わず唾をのむ。


「アイテムのストックは大丈夫か?」

「まだまだ大丈夫って言いたいけど、微妙ね。思ったより消費してるわね。10分としないで在庫切れになりそう」

「残り10分……分かった。様子を見ながら危なくなったら後方に下がってくれ。俺はもっと前に出てみる。【アシスタントコール】」

「「呼んだ?」」

「リーノ、ルーノ。ヒュギーの護衛を頼む!」

「「分かった」」


呼び出した双子の二人がコクリと頷く。よくいつの間にか何処かに行ってしまうのだけど、スキルで呼べばすぐに来てくれるのでありがたい。

 二人が付いていてくれるのならば安心して離れられる。



「ちょっと待って。前線の方に行くならこれを上げるわ。2分間STRとAGIを上げるポーションよ!」

「助かる!」


 ヒュギーから受け取ったポーションを一息に呷り、奥の方へと駆けだす。

 元々【成功】スキルがだいぶ連鎖していた事もあるけど、ポーションによって引き上げられたAGIで一気に走り出せた。


 すれ違いざまにモンスターに斬りつけながら前へ前へと進んでいくけど、フラグだなんて何を立てればいいんだろうか? とりあえず、外套のフードを被っているとはいえ鑑定厨に言われたときにいたメンツには近づきたくない。だからあまり目立つ行動はとりたくないんだけど、どうしたものか……

 


 ん? あそこにいるのは……サオリか? 筋骨隆々の体格で道着を着たプレイヤーなんてそうそういないし、まず間違いない。

 サオリの周りを見た限りあの時会議室にいたプレイヤーはいないようだ。それなら合流しても大丈夫そうだ。


「サオリ。調子はどうだ?」

「オウラァー! あら? メイちゃんじゃない。久しぶりね。……あまり良くないわね。昨日みたいにバンバン後衛が支援してくれる訳じゃないから前衛も負担が大きいわ」

「やっぱりか。俺も援護するよ。パーティ申請を受け取ってくれ」

「あらいいの? 助かるわ」


 サオリが申請を受諾して即席のパーティが出来上がる。サオリの言う『助かる』は俺と組むことで経験値が増加するからだと思うけど、それはこっちも同じことだからな。

 火力の高いサオリと組めば俺も有利になる。この秘密を既に知っている人のうちの一人だから気にしないでいいし。


 トランプの中からハートのカードを取り出して【トランプマジック】を発動。サオリにバフを掛けつつ近くのゴブリンを斬りつける。

 

「メイちゃんバッファーも出来るようになったのね。いったい何処に向かってるのかしら」

「自分でも自覚してるよ……それよりも、前に出るぞ!」


 茶化すサオリに肩をすくめて見せつつ、【ダガースロー】で前方のゴブリンを倒して更に前に出る。何がボス登場のフラグなのか分からない今、とりあえず先に進んでみるくらいしかできる事はない。STR極振りで突破力の高いサオリと一緒ならこのスタンピードに押し負けずに前に進む事が出来る筈だ。


「ならアタシも本気出すわね。【パンプアップ】」

「STRバフか? なんか一回り大きくなったような……」

「その通りよ。ボディビルダージョブのスキルでSTRを強化するの。ブラァァ!」


 サオリの前にいたゴブリンが殴り飛ばされ、そのままたくさんのモンスターを巻き込みながら消滅した。ボーリングよろしく吹き飛んだ軌道上のモンスターが吹き飛び、一直線の道ができた。ひどく暴力的なモーゼである。


「うわぁ……」

「これは……すごいわね……」


 あまりの威力に軽く引いてしまったけど、張本人であるサオリ自身も何やら驚いていた。自分のSTRだからそこまで驚くことはないと思うけど……って、それよりもせっかく道が開けたんだ。使わない手はない。


「サオリ! 道ができているうちに進もう! あっでも、サオリのステータスじゃスピードは出せないか……なら俺が引っ張って___」

「大丈夫よ。既に遅い筋肉達磨は卒業したわ。優れた筋肉には相応の速度が宿るものよ。【マッスルブースト・アジリティ】。さぁ行くわよ!」

「ちょっ速!?」


 何かスキルを発動したと思ったら土煙を上げてサオリが走り出した。しかも、速い。

 とてもAGIに1すら割り振っていない人物の出せる速度じゃない。

 このままでは置いて行かれてしまうからステップスキルとハイステップスキルを交互に使用して後を追う。

 これまで成功スキルでステータスをたくさん強化してきた。だけど、それ加味してステップスキルを使って尚でも追いつくのがやっとだ。

 いったいどれだけ速いんだよ。


「いくらなんでも速すぎないか? いったいどうすればそんな速度が出せるんだ!?」

「凄いでしょ? これもボディビルダージョブのスキルなの。STRの値の数割分の数値をAGIに加算できるの。極振りの、ましてやバフで強化した私のSTRでこのスキルを発動したらこの通り、メイちゃんにもついて行けるのよ」

「そんなスキルが……でも、それにしても速いな。俺もついてくのでやっとだ」

「フフ。アタシの切り札。【金剛力】ってスキルのお陰よ。もはやチートって言っていいくらいに強力なの。エクストラスキルとはよく言ったものね」

「なんだって!?」


 エクストラスキルって言ったら俺の【鬼才】と同じ類のスキルか? これと同等のスキルであれば効果は本当にチート並って言っても過言じゃない。

 なにせパッシブとアクティブ両方の効果を持ってるし、自身の感覚を物凄く引き伸ばすなんて「強力」といってもまだ足りない効果があるんだ。

 鬼才の場合は取得条件がプレイヤーの中で最もDEXが高いプレイヤーだった。だから、STR極振りにしているサオリなら十分に考えられる条件なわけだ。

 それならこの速度も納得だ。



 進行方向にいるモンスターを倒しつつも、更に速度を上げて軍勢の奥へと進む。サオリは拳を、俺は両手に握った短剣を振るう。

 で、これだけは出に倒して回れば是が非でも目立つわけで……


「な、なんだあの道着の奴!」

「すげぇ速さで群れん中突き進んでる!? いや、それだけじゃねぇ! 全部ワンパンで倒してやがる!」

「はは。拳の余波で更に倒してやがる……一体どんなSTRしてんだよ……」

「ん? なんか道着の奴の周りに誰かいる?」


 サオリの方が派手な事もあって多くのプレイヤーはサオリに注目しているけど、やっぱり俺の存在に気付くプレイヤーも少なからず存在するな。


 幸いにも地味な黒いローブを纏っている俺よりも白い道着のサオリの方が目を引く。でも、それだけじゃ足りないよな。サオリには悪いけど、【星影姫の祝福】を発動。

 サオリを引き立たせる代わりに俺の存在感がずっと小さくなる。所謂、サオリの主役化と自身の引き立て役化だな。

 これで他のプレイヤーにもサオリが単身で戦っているくらいの認識になるはずだ。その分サオリがモンスターに狙われやすくなる訳だけれど、うん。許してくれ。


「サオリ! ごめん! 暫くサオリの方にヘイトが集まる!」

「好都合よ! サンドバックの方からこっちに来てくれるなんて、飛んで火にいる夏の虫だわ!」

「あ、うん」


 自身を狙って寄ってきたオークを、サオリは嬉々としてぶん殴る。確かに全部ワンパンでどうにかなるならどれだけ集まろうが関係ないだろうけど……それなんて無双ゲー?

 

「ブオォ!」

「邪魔よ!」

「「「ブォォン?!」」」


 おかしいな。襲い掛かったオークの声より吹き飛んだオークの数の方が多かった気がする。やっぱりサオリだけやってるゲーム違うくないか?

 若干呆れ交じりに進んでいるうちに、いつの間にか一番奥までたどり着いてしまった。

 これ以上奥に進むと魔の森の中に入ってしまうし……ん?

 魔の森の奥から他の個体よりも二回りくらい大きなオークが現れた。


「ブォォン!」

「来たわね。恐らくあれが今回のボス個体の筈よ」

「そうっぽい……なっ!」


 先手必勝がてら短剣をボスオークに投擲。ボスオークは動きは鈍く投げた短剣は命中こそすれど、HPバーの減少は酷く小さなものだ。

 動きが遅い代わりに耐久がとても高いんだろう。


 ボスオークはナイフを投げられたことなど気にする事無く、サオリに向かって勢いよく金棒を振り下ろした。棍棒ではなく、金棒で、だ。

 普通のオークの武器よりも上等な武器であり、その重量は木でできた棍棒よりも遥かに重いだろう。

 STR特化のサオリではひとたまりではないはずだ。急いで【フラッシュポーカー】で攻撃をキャンセルさせようとするが、それにサオリは待ったをかけた。


「大丈夫よ任せて! 【マッスルブースト:ディフェンシブ】!」

「んなっ!?」


 何かスキルを発動させたと思ったら、こともあろうに左腕で金棒を受け止めた。受け流すとか、払って金棒をずらしたとかじゃない。ただ受け止めたんだ。

 サオリのDEFは俺と同じ初期値の筈だぞ!? あんなことをしたら一瞬でHPが吹き飛ぶはずだ! でも、サオリは大してダメージを受けた様子は見えない。どうなってるんだ!?


「流石にボス個体の攻撃ともなるとノーダメとはいかないわね。でも、これくらいなら許容範囲よ! ブルァ!」

「ブ、ブモォォ!?」


 お返しとばかりに鳩尾に一撃を叩き込むとボスオークは苦し気にうずくまる。よく見ると防具もべコリと陥没してしまっている。そこはいつも通り安心のサオリの極振りSTRだ。耐久型らしきボスオークのHPを一撃で大きく削った。

 

「フフン。純粋な殴り合いなら得意分野よ。メイちゃんは周りの梅雨払いをお願い!」

「了解!」


 サオリに殴り合いに集中してもらう為にも周囲のモンスターを斬っていく。雑魚敵ならば、成功補正を複数回詰んだ俺のステータスで充分一撃で倒せる圏内にある。

 【適切急所】スキルとDEX補正のお陰でクリティカルもほぼ確実だ。


【クリティカル:成功!】【連鎖!】

【クリティカル:成功!】【連鎖!】

【クリティカル:成功!】【連鎖!】___



「なぁ! あの胴着のマッチョのプレイヤーが戦ってるの、ボス個体じゃねぇか? 」

「かもしれねぇ! 昨日のオーガと同じで他とは違う個体だ! 昨日に引き続きまた格闘家がボス戦かよ!」

「こうしちゃいれねぇ! 全軍! 目標をボス個体に変更! あいつを倒せば今日のスタンピードは終了する筈だ!」

「……ん? なんか、あのプレイヤーの周りのモンスターが勝手に消えてってねぇか?」


 後ろの方で戦ってるプレイヤー達がサオリとボスオークの存在に気付き始めたな。ハイドスキルを使ってるせいか、俺の事は確認できてないっぽいけど。もっと近づかれればその内俺の事に気付くプレイヤーも出てきそうだ。



Q:地雷認定されたプレイヤーがボスモンスターと戦うプレイヤーの周囲をうろちょろしていたらどうなりますか?

A:経験値泥棒、ドロップアイテム泥棒、寄生プレイヤーと呼ばれ更に炎上します。



……バレる訳にはいかないよなぁ……

 

 ため息を吐きつつ、ハートのトランプをサオリに投擲。【トランプマジック】によってサオリのSTRを更に強化してやる。


「サオリ! STRを強化した! 出来れば“なるはや”で頼む!」

「分かったわ!」


 察してくれたサオリは殴打の速度を更に上げていく。ボスオークも抵抗してはいるものの、極振りされたサオリのSTRでは生半可な抵抗は合ってないようなものだ。

 そもそも、あの要竜にさえダメージを与えていたサオリの一撃をボスとはいえオーク如きが耐えきれるはずもないのだ。


 これで止めと言わんばかりのアッパーを顎に決め、ボスオークのHPは0になった。





【本日のスタンピードは対処されました。明日も引き続き警戒をお願いします】


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ