第九十八話 ~スタンピード編~
「HAHAHA! 遠からん者はListenn to me! 近くに寄ってLook at me! ワタシ、ニポンのサムライの作法、ちゃんと勉強してマスヨ!」
何処か間違えて覚えたらしき日本の歴史を語りつつ、コントラバスを手にに特攻をかける笛の人ことマエストロ。
外国人特有の軽快な高笑いをしながら、攻めかかるモンスター達を撲殺していく……ってそうじゃなくて。
なんでバッファーが最前列に出て攻撃してるんだ!? 普通は後方に下がっている物じゃないのか。大体さっきまでチューニングしていたあの集団はどうしたんだ。
集団の方を見てみると、そっちは流石に普通に演奏をしていた。おかしいのはマエストロ一人らしい。
モルガーナの超範囲魔法の時以上に驚いていると、レプラが笑いながら説明をしてくれる。
「小生が言っていた意味が分かりましたかな? 笛の人はバッファーであるにも関わらず最前列にでる稀有な方なのですぞ」
「いやいや……それでも限度があるだろ。モン○ンとは違うだろ? 流石にステータス的にもきついと思うんだけど」
「そうですな。音楽家ジョブは戦闘ジョブではない故、STRやDEF、AGI、どのステータスのジョブ補正も微々たるものですぞ。しかし、それを自ら補っているのですな。よく見てみるとわかりますぞ」
言われた通りにマエストロの行動に注目してみる。
特に変わった所は見られないし普通に楽器で殴りつけている様にも見えるけど……いや、違う。よく見ると、攻撃の要所要所でコントラバスで演奏しているのが見える。もしかして、バフで自身のステータスを補強しているのか?
「バッファーがサポートだなんてNonsense! 私の母国では戦争で一番前に立つのは、兵士を鼓舞するバグパイプの演奏者でシタ! 攻撃できてこそ! 一流のplayerデス! 【勇猛なるロック】!」
言っている事は滅茶苦茶なようにも思えるが、マエストロが攻撃の度にコントラバスを弾き、何かしらのスキルを使っている事がわかる。たぶん、攻撃に関するバフスキルを使いながら戦闘ジョブじゃない故の低ステータスを補強しているのだろう。
しかも、見た所マエストロの周囲のプレイヤー達にも効果があるらしく、マエストロの周辺だけモンスターの倒す速度が速い。
色々と突っ込みたいところがあるけれど、やっている事は理にかなっているらしい。それに、演奏にしろ戦闘にしろマエストロの動き自体が良い。もしかしたらリアルでも音楽関係の仕事か、警官であるアニーの様に日頃から身体を使う仕事をしているのかもしれない。
それにしても……楽器があんなに強いなんて思わなかったな。素直に驚いた。
でも、あれだったら普通、コントラバスの人だよな? どうして笛の人なんだ? モンハンに引っ張られてか?
「流石にこの数と戦うのはとってもとってもHardデスネ! であれば……これデス!」
「? 武器を代えた? あれは……トロンボーン?」
「ホルンですな。トロンボーンはスライドして音程を切り替える奴ですぞ。角笛が起源と言われ、用途が合図等である為遠くまでよく音が響くと言われているのがホルンですぞ。まぁ、形状的にホルンと言うよりはスーザホン寄りですが、本人がホルンと言うのでそうなのでしょうな」
あれ? そうだっけ? 取り出した楽器は、管の部分がマエストロの身体にぐるぐると巻き付き、音の出るベルの部分もチューバ並みに大きい。レプラの言う通り、形はマーチングバンドで見かけるスーザホンとかいう楽器に見えなくもない。だけど、レプラ曰くあれでも名称はホルンらしい。そこはゲームらしいと言うか、スルーすべき点なんだろう。
「さぁ! これこそが遠い人は遠からん者はListenn to meデス! 【陰鬱なるワルツ】」
何やらスキル名らしきものを呟くと、マエストロは魔物の群れに向かい構えたホルンを吹き始めた。吹き始めたホルンの旋律は美しいながらも不気味な印象を受ける。
最前線にいるにも関わらず後方にいるこっちまでも届く程の音の通りにに驚いていると、モンスターの群れに異変が起き始める。
あれだけ動きの速かったゴブリン達の動きがどんどん遅くなり始めた。デバフ系の旋律なのか?
「続けて行きマス! 【悲嘆なるロストラブ】」
何処か物悲しく、ロストラブと言うスキルの名前から考えて恐らく失恋の歌を奏でているのだろうと想像がつく演奏を奏でると、モンスター達は悲し気な表情を浮かべて身を縮込めた。もしかして、バフ・デバフ両方を扱えるのか? 味方を鼓舞して敵を委縮させることができるってイメージなんだろうけど、なる程確かにこれならば多少のステータス差は補えるんだろう。
「分かりましたかな? あれこそがマエストロが笛の人と呼ばれる所以ですぞ。笛による超広範囲バフとデバフの両方が使えるのは彼だけなのですぞ。最も、これまでは広範囲バフが腐っていましたが、今回のイベントでは彼ほど適任となるプレイヤーはいないでしょうな」
「確かに……そうかもしれないな」
マエストロが広範囲にわたってデバフをかけたおかげで剣士プレイヤーたちは十二分に戦いやすくなっているようだ。目に見えて一体を倒す時間が減っている。
マエストロのお陰で近接系は楽になったけど、次に大変そうなのは魔法使いジョブのプレイヤー達だ。
モンスターの数が数だけにMP管理を気を付けていてもキリがないように見える。面攻撃ができる魔法使い達が抜けると勢いが押されそうだけど、大丈夫だろうか?
「なぁ、剣士側はマエストロのお陰で戦えているっぽいけど、魔法使いの方は大丈夫なのか? MP足りなくならないか?」
「そうですな。そこに関してはヒュギー殿が全力で何とかしようとしていますぞ。ほれ、このように」
「HPポーションはいいから! MPポーションを最優先で調合して!」
「ヒュギーさん! MPポーションの素材が底をつきそうです!」
「はぁ!? どれだけの素材備えてきたと思ってんの!? なんでそんなに減ってるのよ馬鹿じゃないの! ロゼさんに土下座でもして補充させてもらいなさい!」
「ヒュギーさん! 戦闘職たちにポーションの受け渡しが滞ってます! ぶっちゃけ手が足りません!」
「知らないわよ! あたしの管轄外! ていうかアンタも錬金術師でしょ!? そんなもん全部商人ジョブに委託して早くポーション作って! 」
「ヒュギーさん!」「ヒュギーさん!」「ヒュギーさん!」
「あぁもう! うっさい! 問題があるなら一人ずつにして! 」
半ばキレ気味ながらも律義に他の生産職達に指示を飛ばしている。しかも、報告を聞いて指示を飛ばしている間もポーション作成の手を一切休めていない。
いや、むしろ他の生産職よりも行動量は多いはずなのに誰よりも手際が良い。
生産職よりも戦闘職の方が圧倒的に多いんだ。湯水のようにポーションを使ったら、そりゃあ作る側も戦争状態になるよな……。
「何か手伝いに行った方がいいんじゃ……」
「生産スキルの無い者が手を出しても余計な事をするなと怒鳴られるのが関の山ですぞ。ポーションの質にダイレクトに響きますからな。大人しく陰ながら応援することが吉ですな」
「そ、それもそうか……」
「メイ殿の連れてきたリーノ殿とルーノ殿はロゼ殿の育てた薬草を錬金術師プレイヤーの元に運んだり、完成したポーションを商人の元に運んだりと簡単なお手伝いをしていますがな」
「なっ!? あの二人何処に行ったと思ったらそんなことしてたのか。それなら俺も二人と一緒に手伝いを……」
「既に二人で手は足りているようですぞ。いやはや優秀な方々ですな!」
「……まじか」
マズいぞ? これじゃ俺がここにいてもただのお荷物にしかなってない。寄生どころかでくの坊でしかないのは少しヤバい。
どうやらロゼさんもひたすらにMPポーションの素材を栽培してはスキルで成長させて供給しているらしいし。
そうだ! ミツバ! ミツバもこっちにいる筈だよな?
それなら何もしていない仲間が増えるんじゃ……。
「ミツバ殿でしたらここにはもういませんぞ?」
「は? なんで?」
「先ほどまではロゼさんの手料理の菓子を美味しそうに食べていましたが、マエストロが吶喊を仕掛けた辺りからは忽然と姿を消してしまいましたぞ」
「あ、あの戦闘狂!」
いけない。せっかくの初の大型イベントだと言うのに、これじゃ本当に俺だけただ突っ立っているだけの奴になってしまう。何か手を打たないと……。周りを見回して手伝えることはないか探すが、生産職のプレイヤー達はまるで戦争もかくやと言うほどの忙しさで中にはいる余裕なんてない。お盆とか正月のスーパーの従業員並かそれ以上の忙しさだ。
焦りつつある俺の様子をみて、レプラはクスクスと笑いを堪えている。
「これでは傍から見ると、メイ殿はただお手玉をしているだけの変わり者ですな。____おや? ちょうどメイ殿の仕事のようですぞ? 戦闘職達の合間を抜けて数匹こっちに向かって来てますぞ」
「本当か!?」
レプラの言う通りゴブリンとウルフが数匹こっちに向かって走ってきている。スタンピードの敵の数が多すぎて戦闘職プレイヤー達の手に余りつつあるようだ。
守りのかなめである城壁の方はYSO攻略組のクランメンバーが待機しているので大丈夫そうだけど、生産プレイヤー達ではそうではいかない。
ヘイトを集める為に【スポットライト】スキルを……いや、このスキルじゃちょっと人目に付きすぎるな。【スポットライト】を使うのを止めて【星輝姫の祝福】を発動させる。
スキルの効果で他者のヘイトが自身に集まった事によって、ゴブリンやウルフの狙いは生産職プレイヤー達から俺へと映る。
迎撃するのはいいけど、ゴブリンやウルフ程度なら態々近づいて戦う必要もないか。もしもの為にずっとジャグリングをしてたわけだし。
トランプを取り出してスペードのカードを探して抜き取り、ゴブリン達に向かって投擲と同時に【トランプマジック】を発動。
スペードのトランプは煙と共に一瞬でナイフに成り代わり、ゴブリンへと突き刺さる。
「グギャァ!?」
【スキル:成功!】【連鎖!】
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
良し! 一撃! レプラと立ち話している合間もずっとジャグリングをしていたお陰でステータスは十分上がっている。流石に魔族領の高レベル帯のモンスターなら兎も角、人間領で現れるモンスターくらいならこれくらいで何とかなる。
続けてスペードのトランプを抜き取り投擲、投擲、投擲!
13枚全て投げると、MPで消費して減ったトランプを補充し、再度投げつける。
トランプがナイフに変わる瞬間は俺の立ち位置的に生産職のプレイヤー達からは見えないはずだから、見ていたとしても俺がナイフを投げて攻撃しているだけに移るだろう。
自分たちの仕事でやたらと忙しい彼らであればそこまで注視するひまもないだろうし、スキルがバレる事はないだろう。
こっちに向かってきたモンスターはそこまで多くなかったので、思ったより時間がかからずに倒すことが出来た。
「お疲れさまですぞ。流石はサーカス仕込みの投擲術ですな」
「まだまだだよ。黒猫のサーカス団には投擲専門の団員もいたんだけど、まだ足元にも及ばないさ」
「まだまだ未熟」「精進すべき」
「うぉ!? ビックリした。二人は手伝いはもういいのか?」
後ろからいきなり話し掛けられて驚きながら振り向くと、お菓子を食べているリーノとルーノの二人の姿が。手伝った駄賃としてロゼさん辺りから貰ったんだろうか。
二人はお菓子を食べながらコクリと頷いて見せる。どうやら二人の役割はちょうど終わったらしい。
二人が手伝っていた区画を見てみると、装備が始まりの町で買える程度の革装備のプレイヤー達が代わりに手伝いをしている。
たぶん、始まりの町周辺のプレイヤーが告知を聞いてやってきたは良いものの、モンスターのレベルが高かったから取りあえず手伝っている……って所だろう。報酬はプレイヤーメイドのポーションかな?
一部男性プレイヤーがロゼをみて鼻の下を伸ばしている。より正確に言えばロゼの胸部重装甲をなんだけど、周りの女性プレイヤーの視線が絶対零度になっている事に気付いていないのだろうか?
「メイも同じ」「人のこと言えない」
「え? 嘘?」
まさか……ちゃんと注意していたはずなのに。口元を抑えながらレプラの方を見ると視線をそらされた。次からはもっと気を付けよう……
【本日のスタンピードは対処されました。明日も引き続き警戒をお願いします】
「おっ? 終わりのようですな」
「そうらしいな」
イベント終了を告げるアナウンスが聞こえ、半ば戦争状態の忙しさだった生産職プレイヤー達の間に安堵が生まれる。いや、ホントお疲れ様です。
対する前線で戦っていた戦闘職プレイヤー達はというと、まだ戦い足りないと言うような不満げな様子だ。
不満気な理由はどうやら終了のさせ方に問題があったらしい。まだゴブリンやオークが残っているにも拘らず魔の森の方へと戻っていっている。指揮官モンスターを倒せばスタンピードは退却するようだ。
倒れ伏したひときわ大きなオーガの上に立つ小柄な少女……うん。間違いなくミツバだな。派手な事はしないと言っていたのに何をしているのだろうか。
何はともあれスタンピードは終了だ。少なくとも今日の所はだけど。
「メイ殿。今のアナウンス、どう思いますかな?」
「警戒を促すくらいなんだから間違いなく明日もあるんだろうな。数日間のイベントなのか何か終了までに条件があるのかはわからないけどな」
「なんにせよ、明日も同様の規模であることを考えると、生産プレイヤー達の地獄はもう少し続きそうですな」
レプラのつぶやいた言葉に、近くで作業を終えて一休みをしていた生産職プレイヤー達は遠い目をしていた。
………明日も頑張ってください。




