第九十六話 ~スタンピード編~
続けて投稿します。
十数分。スタンピードまで残り数十分。
元々活気付いていたプレイヤー達は更にそのテンションを引き上げていた。若干テンションの下がるような訂正があったものの、内容自体は変わらないのであればプレイヤーからすれば些細なことらしかった。
「それで、メイ殿はどうするのですかな? やはり前にでて戦うのですかな?」
「それが……ちょっと同盟の方で鑑定されて、危なくなって抜けてきちゃったんだよな。寄生って言われて。だから前には出にくいんだよ」
「なんと! 鑑定という事であればまさか【鑑定厨】に絡まれたのですかな? それはまた不憫な……。生産職の中でも悪い噂しか聞きませんな。勝手に生産スキルの名前を見られて勝手に売買されるので」
驚いたことにレプラ達生産職の中でも悪く有名らしい。にしても、そんなに有名だったのかあいつ……。
って事はレプラも絡まれたことがあるのだろうか?
「あぁ、小生は絡まれたことはまだないですな。そもそも自分の作りたいものしか作らないので小生が生産職って知るプレイヤ―自体そんなにいないですぞ」
「それは……いい事なのか? いや、鑑定されてないのならそれはいい事なんだろうけど」
「小生は小生が作りたいものが作れればそれで良いのですぞ。それは兎も角、前に出にくいのであれば一度生産組の方に来ますかな?」
生産組の方に? 確かに鑑定厨や他の戦闘職プレイヤーに絡まれる心配もなさそうだしそれもよさそうだ。
それに、マオさんの話だとロゼさんも連れて来ているらしいからお礼を言いに行きたいし。貰った三種の毒は予想以上に強力だったのだから。
「それじゃあお願いしようかな。ただ、俺自体は生産職じゃないからレプラが顔つなぎしてくれよな?」
「勿論ですぞ! むしろ戦闘職全員が前に出てしまう故、守備側が甘くなって困っていたところですからな。では参りましょうぞ!」
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「ス、スゲェ! 既存の品質の軽く倍はあるぞ!?」
「ちょ、回復効果を鑑定してみろって! ただの薬草の時点で既に劣等ポーション越え、下手すりゃ普通のポーションの回復量に匹敵するぞ!?」
「お、俺一本700G……いや、1500G出す! これなら最上級ポーションも目じゃねぇ!」
「なら俺はその倍は出す! それくらいの赤字すぐに巻き返せる!」
「バッカお前。高品質で作れればその分熟練度稼ぎが捗るんだぞ! 倍値で済むわけねぇって!」
レプラに案内されて生産職の集合場所とやらに向かってみると、何やら騒ぎが起きているらしく物凄く騒がしい。
聞こえてくる声から察するに、なんだか何処かの市場の競りのようなやり取りがされているっぽいけど……
「はいはーい落ち着いてくださ~い。素材はまだまだ一杯ありますからね~。次はエリクサーの調合素材のエリ草ですよ~。こちら錬金術師さん優先で販売させて頂きますね~」
「「「買った!」」」
「ロ、ロゼさん……」
どうやら騒ぎの中心人物はロゼさんだったらしい。そりゃ、アウラウネの農家プレイヤーが作った高品質の調合素材なんて生産職から見れば宝の山だよな。まさか既に場に馴染んでしまっているとは思わなかったけど。
「あら~? メイ君お久しぶりです~。こっちの大陸はたのしいですねぇ~とってもいっぱい稼げましたよ~」
俺の存在に気付いたロゼさんがホクホク顔でこちらに手を振る。そりゃあれだけたくさんのプレイヤー相手に商売したら大儲けできるだろうけど。
ロゼさんは育てた生産物をアイテム欄に戻すと、お開きの宣言をしてこちらにやってきた。中にはまだ素材を買えていないプレイヤーもいたらしく非常に残念そうな様子をしていた。
「心配しなくてもまた素材売りは行うので~安心してくださ~い」
「「「よっしゃぁ!!」」」
「あらあら~これはもっとぼったく……稼げそうですね~」
「なんだか一瞬不穏な言葉が聞こえた気が……お久しぶりですロゼさん。ロゼさんもこっちに来ていたんですね」
「は~い。お久しぶりですね~。お話を聞いて~面白そうだったので、マオさんについてきちゃいました~」
気軽に言っているけど、魔の森を抜けるのは結構ハードなはずだ。ロゼさんは生産職なわけだし難易度高めの筈だけど……まぁ、マオさんがいたならどうとでもなるか。魔王なんだし。
おっと、レプラとロゼさんは面識ないんだったな。
「ロゼさん。こっちは裁縫職のレプラ。まぁ見た目通りなんだけど、エルフ族のプレイヤーです」
「あらあら~初めまして~。私は【上級農家】のロゼと言います~。どうぞよしなに~」
「これはご丁寧に。先ほどメイ殿からご紹介にあずかりました【仕立て屋】のレプラと申しますぞ。糸系のアイテムをお持ちであれば是非とも買い取らせていただきたいですな」
「糸系ですか~。麻・木綿・綿・絹と様々取り揃えてありますよ~。市場を見て回った感じ、魔族領限定らしき素材も多少は持ってきていますし~」
「ほう! それは上々ですな! では後程商談に伺いますぞ」
「ぜひとも~」
「あ~、商談は終わったか? それならこの後は___」
「ちょっといいかしら?」
固く握手をしあう二人に割って入る声。声のしたほうを見ると白衣を身に着けた女性がどこか困惑気味な様子で鼻の上にちょこんと乗せた小さな眼鏡を正していた。
鑑定厨の事もあり始めて会う人物に思わず外套のフードを深く被って後ろに下がってしまったが、レプラは気軽な様子で白衣の女性に返答を返した。
「ほう。ポーション王までこんなところに来ているとは驚きですな」
「それはこっちのセリフよ。作らない名工がこんな所にいる方が驚きだわ。一体何が目的?」
「目的と言われましても、小生は頼まれた防具を届けに来ただけですぞ?」
「はぁ!? アンタが装備を作った!? それこそ一体何があったのよ!?」
「えっと……レプラが装備を作るのがそんなに驚くことなのか? それに、作らない名工ってどういうことだ?」
小さな眼鏡がずり落ちる程に驚く白衣の女性に質問する。確かにレプラはいつも作りたいものしか作らないと公言していたけど、ちゃんと対価とかを用意してやればちゃんと作ってくれるぞ?
白衣の女性は苛立たしそうにこちらへ顔を向けると呆れ交じりに口を開く。
「あのねぇ。最大品質の装備を作れるのは未だにこの男だけなのよ? 私ですら品質+10を作るのはギリギリなのよ。熟練度が上がりやすい消費アイテム専門であるこの私が、ちゃんと新鮮補正付きの品質高めの素材を買って、フルマニュアルで作っても、よ? これがどれだけすごい事なのか分かってるの? 」
「いや、俺生産したことないし……」
「これだから戦闘職は……それに、レプラの作らない名工って呼ばれているのは、それだけの腕を持つにも関わらず誰からの装備作成の依頼も受け付けないからなのよ! おかげでこの男の実力を知ってるのはほんの一握りの生産職だけよ! もう、馬鹿じゃないのとしか言いようがないわよ! そもそも貴方何者よ! 作らない名工と知り合いでその装備を持ってるっぽいし、突然現れた抜群の素材を販売している謎の魔族プレイヤーとも知り合いっぽいし、もうどこから突っ込めばいいかわかんないわよ!」
どんどんヒートアップして最終的に肩で息をする白衣の女性。言われてみれば、レプラの技量はやたらと高いけど、自分の作りたいものしか作らないよな。NPCであるマリーの為の服とかルナの為の異常な性能の装備とか。プレイヤーの多くが男性だからそりゃ誰にも作らないよな。生産しない生産職……あれ? 言われてみれば物凄くおかしいぞ?
改めてレプラの異常性に気付いたところで白衣の女性も落ち着きを取り戻してきた。
「はぁ…はぁ……。ごめん。取り乱したわ。改めまして……私は【上級錬金術師】のヒュギー。ご察しの通りポーション系の消費アイテムの生産ジョブよ。不本意だけど、ポーション王だなんて大層な名前で呼ばれたりしているわ」
「本人はこう言っていますが、現状上級まで転職を重ねられたプレイヤーは彼女だけですぞ。それに加えて高品質の最上級ポーションを大量生産可能で、ポーション業界の王とは誰もが認めた事実なのですな」
「へぇ~。それは凄いな。俺はメイ。確かにこの二人とは知り合いだけど、まぁただ運の良かっただけで、俺はただの短剣使いだよ。よろしく」
「いや、作らない名工が装備を作った時点でただのプレイヤーじゃないんだけど……まぁ良いわ。ヨロシク」
「ところで~、そんなポーション王さんが一体何の御用でしょうか~?」
「あぁ、そうだったわね。実は、薬草系だけじゃなくて毒草系の素材も持っていないか聞きたかったよ。スタンピードってくらいなら経験値を稼ぐチャンスだし、毒ポを作っておきたいのよ」
そういう事か。つまりスタンピードを期にレベリングをしたいからその為のアイテムを作る素材がほしいと。ロゼのお客さんってことか。
確かにスタンピードイベント中であればたくさんモンスターが出てくるだろうし、生産職でもレベリングしたいプレイヤーもいるか。
毒のアイテムを使えば戦闘に不向きな生産職でもモンスターを倒すことはできるだろうし。ロゼに貰った毒のアイテムはやたらと効果高かったし、それを本職の錬金術師が作ると思うとぞっとしないな。
「そういう事でしたら~問題ないですよ~。幸いにも毒草の方が品ぞろえが良いですし~」
「本当? ありがとう! メイカーの街、加工系ジョブの生産プレイヤーはたくさんいるんだけど、流石に農家系のプレイヤーは少なくて困っていたのよ。エルフのプレイヤーに聞いても毒のある植物の生産は乏しいっていうし、やっぱり毒と言えば魔族よね! あ、種族とか聞いても大丈夫かしら?」
「アウラウネですよ~」
「植物系の魔物!? バリバリの最高相性じゃない! 良かったらフレンドになって貰えるかしら」
「勿論喜んで~。あ、それと私からも頼みたいんですけど、実はこんな素材がありまして~__」
白衣の女性、もといヒュギーは嬉しそうにロゼと商談や共同研究の予定なんかを進めていく。なんだかまたもや蚊帳の外になってしまったな。
見て回るにしても俺は生産職って訳でもないからな……。面識があるのもレプラだけだし。
困っているとレプラに袖を引っ張られる。何事かと思ったらレプラが小さな声で耳打ちしてきた。
「メイ殿。本人は喋っていませんが、ヒュギー殿がポーション王と呼ばれる所以は他にもありますぞ。実は、アニー殿やモルガーナ殿らが一部売却した要竜の素材の内、要竜の竜血を落札したのが彼女なのですぞ。それでエリクサー以上の効果のポーションを作ったのが本来の由来ですな」
「そうなのか? それはまた……すごい話だな……」
「そうですぞ。オークションでも要竜の素材はスタート価格が50万スタートがデフォですからな。ヒュギー殿は二つ名がつけれられる前からトップだったと言って過言ではないですぞ」
まさかあの素材を使った人物と出会えるとは……と言うか、要竜の素材たっか! 要竜の素材ならアイテム欄にまだまだ大量に死蔵しているんだけど。いざとなったら売却するものありかもな……
「ポーション王がいるという事は他にも有名な生産者がいるのですかな?」
「いるわよ。ドワーフ領からはクラン【竈の焔】のクランリーダーとその幹部連。エルフ領からはクラン【樹木工】が総出で来ているわ。生産職ではないけれど、メイカーからも【笛の人】が来ているわね」
「ほう! 笛の人まできているのですかな!? それはまた珍しい! であれば戦闘職連中も楽に戦えますな」
笛の人? それは二つ名か何かなのだろうか? 名前からするとバッファー系の支援職っぽいけど、レプラが驚くって事は割と有名なプレイヤーなのだろうか?
「おいおい! どういうことだよ! たかが中級ポーション一本がどうして700Gもするんだよ! 前に買った時は300Gだったぞ!?」
「だからさっきから言ってるだろ! それはNPCメイドのポーション価格なんだって。プレイヤーメイド品は品質補正があるんだから割高になるのは仕方ないだろ?」
「知らねぇよ! 俺は700Gは高いって言ってるんだ! 倍以上じゃねぇか! 300Gで売れよ!」
「だからそれは……はぁ。めんどくせぇな」
レプラに笛の人というプレイヤーについて聞こうとした束の間、そんな叫び声が聞こえてきた。声の方を見てみると、売り場を構えるプレイヤーと戦闘職らしきプレイヤーが言い争いをしている。どうやらポーションの値段でもめているみたいだけど……確かに700Gは高いと思うけど。だけど、周囲の生産職プレイヤー達の様子を見ると、どこか呆れた様子でその争いを眺めているようだった。
「またかよ。いい加減学べよな」
「需要と供給も分からないキッズならしゃーねぇよ」
「掲示板でもちゃんと書いたんだろ? 需要過多によるポーションの価格高騰の話。ならあの戦闘職が情弱ってだけだろ」
あぁ、そういう事か。今はスタンピードイベントで結構長めの戦闘になりそうだもんな。そりゃポーションの値段も上がるか。中級ポーションで倍以上になるって事は、上級や最上級ポーションの値段は相当なものになりそうだな。
一人で納得していると、ヒュギーはこめかみを抑えて不機嫌そうにため息をついた。
「はぁ……最近多いのよ。ああいう輩。元々戦闘職の方が多いから少しずつ価格自体高騰していたんだけど、今回のイベントで爆発的に高騰したのよ。高いと不満が出るのは分かるけど、それなら薬草の一つでも採取して来いっての」
「あ~。なんかすまん。俺も薬草は採取したことない」
「貴方は別にいいわよ。ロゼさんを連れてきてくれたのって貴方が知り合いってのもあるんでしょ? おかげでポーションの供給量をなんとか増やすことができそうだわ」
若干罪悪感に襲われたけど、ヒュギーの言葉に少しだけ救われた。いや、そもそも俺はポーション自体使っていないからプラスマイナス0どころか、元々0なんだけども。
言い争いは最終的に絡んでくる戦闘職の相手をする事を面倒くさがった売り手側が値引きに応じ幕を閉じた。GMコールの類が存在しないし、暴力沙汰になれば生産職が戦闘職に勝てる訳もない。仕方がないと言えるけど、どうにももやもやするような終わり方だった。
流れ始める不穏な空気……




