第九十三話 ~スタンピード編~
「この中に地雷プレイヤーがいるぞぉ?」
会議も纏まりつつあり、そろそろ解散になるという所でそんな声が室内に響く。
その声の主の方にプレイヤー達の視線が集まっていく。声の主は小柄で猫背気味のヒューマンの男性だ。
固まった空気の中、まとめ役であるマーリンがその男に問いかける。
「すまないが発言の意図が不明瞭だ。場を荒らしたいだけであれば控えて貰いたいのだが?」
「おいおいつれねぇなぁ。俺ってば善意で言ってやってんのに。このままじゃあ一人だけズルく得するヤツがいるんだぜぇ?」
マーリンの窘める言葉を気にずる事無く、その男は嫌味な笑みを浮かべたままだ。一人だけ得するヤツ? 一体どういうことだ?
「あ~、コイツよく見たら【鑑定厨】だわ。誰だよコイツを呼んだ奴」
「うげ。【鑑定厨】ってアレだろ? 勝手に人のステータス鑑定して勝手にスキル情報とかステータスビルドを売り払ってる奴」
全員いぶかし気な様子でその男を見ているが、プレイヤーの一人がそのプレイヤーについて知っていたのか嫌そうにつぶやく。そのプレイヤーの言葉を聞くと、彼を知っているらしき人物は一斉に嫌そうな顔を人混みの後ろの方に隠れようとしている。それだけ嫌がられるような人物なのか?
いや、それよりも鑑定? そんなスキルがあったのか? 初めて知った……ちょっと待て。なんだかすごく嫌な予感がする。
「鑑定スキルとか初めて知ったんだけど。何それ?」
「俺が代表して答えよう。鑑定スキルは対象の名前や種族の他に、ステータスが見れるようになるスキルだ。初期の下位鑑定から使い物になるまでが異常に長く、上位鑑定まで持っているのは彼奴位なものだ。もっとも? 鑑定スキルとい言っても、上級鑑定まで上昇させても攻撃危険度(物理)・攻撃危険度(魔)・攻撃難度・逃走難度という四つの指標でザックリとしか分からないがな。確か、黒で表示されると危険度最大。あの要竜のようなレイドボスクラスのような勝ち目のない敵が該当する。。そこから赤、黄色、青と色が変わっていき、そして最も弱いのが___」
「白、だなぁ。始まりの町のスライムクラス。で、だぁ。いるんだよなぁ! この中に、全項目真っ白の地雷野郎がぁ!」
そう言って鑑定厨と呼ばれるそのプレイヤーは嗤いながら指を指す。真っすぐに、俺の方へと。
「攻撃危険度の物理、魔の二つが真っ白ってことは、STR、INTが始まりの町近辺のスライムクラスであることを意味する。他にも攻撃難度白はDEFが、逃走難度白はAGIがスライム並。初期値ってことになるんだよなぁ。他のステに割り振ってる可能性あるっちゃあるが……スキルが何一つとして鑑定にヒットしなかった所を踏まえると考えにくい。つ・ま・り~! レベルすら上がっていないクソ雑魚ニュービーの癖に参加してぇ! 甘い汁を啜ろうとしているって事になるんだよなぁ! 」
ここにいるプレイヤー達全員に聞こえる様に自分の考えを演説する鑑定厨。その声に扇動されプレイヤー達の忌避の視線は、鑑定厨から俺へとみるみるシフトされていく。
やられた! STR・DEF・INT・AFI。およそ戦闘に必要とされるステータスが軒並み初期儀ってことを強調して言われてしまえば、レベル1であると思われても仕方がない。
モルガーナやアニー達が反論しようと口を開くが、声を出すことなく悔し気に口を閉じる。ここで反論してしまえばDEXに割り振っている事や俺のレベルについてを言わないといけなくなる。そうなると、必然的にDEXとレベリング効率の話をしないといけなくなるし、DEX特化の俺の存在はある意味金より希少な存在になってしまうかもしれない。レベリング効率が倍にも三倍にもなるってなったら暴動どころじゃすまないかもしれない。それを二人は恐れたのだろう。俺だってそう思う。
「マジかよ。寄生がいたのかよ。胸糞わりぃな」
「まったくだ。魔人領にいった希少なプレイヤーっていうから戦力としても期待してたのによ」
「いや待てよ。それでも初心者でも参加しようって前向きなのはいい事だろ? ……寄生が地雷だってのは否定しないけど」
「ほらぁ! 皆だって地雷と肩を並べるのは嫌だろう? 俺は間違ってねぇよなぁ? これに対して弁明はあるかなぁ地雷くーん?」
「ちょ、ちょっと待つです! メイにーちゃんは弱かねーです!」
「おやぁ? 本当にそうかなぁ? DEF特化型のルナちゃ~ん?」
「……へ?」
顔を赤くして鑑定厨に抗議をしたルナが呆ける。当たり前だ。マーリンにはステータスは見せたが他のプレイヤーには一切見せていないんだ。自分しか知らないこと筈の事を、全く知らない赤の他人に当然のように知られていれば驚きを越えて、怖い。
怯えの色をにじませ始めたルナに、にやけ顔の鑑定厨はそのまま言葉を続ける。
「プレイヤーネームルナ。種族は魔人族。魔法が得意で全体的に種族ステが高いんだなぁ? 三種類のステが黄色を示してやがる。だが、攻撃難度__DEFだけは黒判定でレイドボスクラスだぁ。ここから推察するに、ルナちゃんは防御特化型、それも黒の濃淡的にDEFに特化した硬度優先タイプのプレイヤー。だなぁ? 」
「ひぅ!」
「ちょ、ちょっと待て! ステータスビルドは個人情報だろ!? こんな大勢いるところで言うことないだろ!?」
「んん~? なんでだぁ? このゲームはセルフストーリーオンライン! 何をやろうが個人の勝手だぁ。運営様が推奨している事率先してやって何が悪いんだぁ? 竜殺しのアニーさんよぉ」
いっそ怯えるルナを庇うようにアニーが前に出るが、どこ吹く風の鑑定厨は今度はアニーの個人情報を得意げに暴露し始めた。
「プレイヤーネームアニー。種族はヒューマン……これはまぁ普通だからいいとしてだぁ。攻撃危険度、攻撃難度、逃走難度、全てにおいて濃いめの赤。それも全く同じ濃淡だぁ。本来ならばあり得ねぇ高水準だが……トップがレイド組んでも倒せなかった要竜を倒して、大量の経験値が入った事を考慮すると……あんた、ガチで全ステに平均取ってたんだな?」
「……ッチ。噂に違わず胸糞悪い奴だな」
「お褒めにあずかり光栄だなぁ。まだあるぜぇ? さっきのハイエルフのねーちゃん。攻撃難度も逃走難度も真っ白の癖に攻撃危険度だけはガチで真っ黒だ。あんた、INT極振りだろぉよぉ」
「……っ。いつもはそれが自慢なのに、人に自慢げに自分の事を言われるのは嬉しくないよ」
飛火してステータスを暴露されたモルガーナが眉を潜めて嫌悪感を露わにする。明らかなマナー違反をしているのはあっちなのに、この場の流れを牛耳っているのもあいつだ。このままじゃ二人も、下手をするとミツバやサオリの事もばらされかねない。
今問題になっているのは俺なんだから、俺が何とかしないと……。俺は意を決して一歩前に出て、祝福を発動させる。使う祝福は勿論ヘイトを集まる方だ。
「いやぁ申し訳ない! 実は初めたばかりでな? なんか最近できた新しいエリアに行ってみたり、色々エンジョイしてたんだけど、もっと面白そうな事やるらしいだろ? 混ぜてくれよ!」
「はぁ? てことはお前、ホントにニュービーなのか? なら一体どうやって魔族領まで行ったのか? あそこを超えるのだって普通にキツいだろ?」
「それはホラ。他にも魔族領にいった奴の後ろを歩いて……おんぶにだっこ? あ、それが誰かはここでは言わねぇよ? のぞき見する変態がいるっぽいし、寄生してたとはいえその人に迷惑かける訳にも行かないっしょ?」
「言うねぇ? じゃ認めるんだなぁ? 自分が寄生だってよぉ」
「と言うか、この場で否定したら納得して貰えるのか? ボク寄生プレイヤージャアリマセーン!」
煽る様にそう言うと、一気に注目が一気に俺へと集まる。狙った通り、アニーやルナ達への注目も俺へと集まっている。ただ、これ俺が悪役なんだよなぁ……。いったい何処のラノベの展開なんだか。
内心泣きそうになりながらもヘラヘラと笑いながら手を合わせて腰を低くする。
「あれー? 皆の視線なんだか痛くね? そんなに寄生地雷ダメだった? いやー悪い悪い。謝るわー」
「っち。こいつ駄目だわ。まるで向上心が見えねぇ。ガチの地雷じゃねぇか」
「あー私無理。こういう人見ると蕁麻疹がでそうになるわ。出来ればスタンピード中も顔出さないでほしいわね」
「あの魔人族の子を連れてきたのも寄生するためじゃね? とんだクズだな」
「ごめんごめんって。んー、でも連れてきた手前放置するのも悪いな。じゃ、クズ的には人任せしておこうか。そうだな……あぁ、さっきの剣士の人? この子頼んでいいですか?」
そう言ってアニーにルナを頼む。ありがたい事に、察しの良いアニーはこれだけで察してくれたようだ。無言で頷いてルナを引き取ってくれた。
「良いのか? スタンピードってたって現状はあるのかないのか眉唾だ。例え周りが何と言おうが参加してもいいと思うぞ?」
「いや、確かに効率と成功の可能性を考慮すれば確かに初心者は抜けていた方が良いだろう。流石にスタンピードの名を語るなら初心者を守る暇はないだろう」
「おい! マーリン!」
「む、何故だ? 初心者とはいえキャラデリは痛かろう」
窘めるバロンだったが、マーリンは真顔で首を傾げる。言い方はアレだが一応マーリンも善意での言葉なのだろう。どこまでも合理性を優先するようなSSO攻略組のリーダーらしいな。
「元々斥候系じゃ大した役にもならないしな。じゃ! 俺は普通にスタンピードは観戦してるから! 頑張ってな!」
そう言って俺は会議室を後にした。勢いに任せたはいいけど、この後どうすっかな……
『メイ君! 何もできなくてごめん! スタンピードホントに不参加なのかな!?』
『すまないメイ。下手に手を出せば悪手と判断して何も手を出せなかった。スタンピードはどうするんだ?』
『ごめんねメイちゃん。アタシも何もできなかったわ。同盟としてのスタンピードの動きは逐一メールで流すから安心して? それと、今ミツバちゃんがそっちに向かったわ』
メニューを開くと皆からメールが届く。あの場を収めるにはこれが一番だったから気にしなくてもいいのにな。サオリは同盟側の動きを流してくれるらしいし、スタンピードには単騎で参加すれば問題ないだろう。
それと、ミツバがこっちに向かって来ているらしいけど……あぁ来た来た。
「センパイ! いいの? なんだかよく分からない内に悪者にされちゃったみたいだけど。本当にあれでよかったの?」
「別に問題ないぞ? ……むしろ都合がよかったかな?」
「都合がいい?」
そう。どちらかと言うと今回の流れは都合がいいのだ。今回の件で、いい感じに俺が初心者で寄生しようとするプレイヤーとして認識された。これで、むしろ俺は不用意にパーティーを組む必要がなくなったし、レベルアップに感づかれる可能性も減る。
だから、むしろこれで隠すのが楽になったわけだ。
それを素直にミツバに話すと、何故か呆れた目で見られた。解せぬ。
「はぁ。なんだか変に注目集めようとしてたから心配してたのに損したよ……じゃあセンパイは特に無理してる訳じゃないの?」
「してないんだよなぁこれが。あ、俺は明日は一人で動くけどミツバはどうする? モルガーナ達の方で動くか?」
「う~ん……お姉ちゃんたちについてくとなるとあの変な人にまた会いそうだし、センパイと行動するかな」
あの鑑定厨と呼ばれていた奴な。確かにアレと一緒に行動することになるのは嫌だろう。俺も嫌だし。だけど、あの鑑定スキルは厄介だな。今回は何故かスキルに関しては触れられ無かったたけど、次もそうだとは限らない。何か鑑定対策を見つけておかないとな。
この日は鑑定対策になるものを探して終了。そしてスタンピード当日___




