第九十一話 ~スタンピード編~
「お姉ちゃん。ちゃんと反省してる?」
「ハイ……反省してます……」
『私は周りの迷惑を考えずに大声で騒ぎながら走り回りました』と書かれたフリップボードを首から下げて正座させられて、モルガーナはミツバに怒られている。
泣きながら反省を促される姉って、どう見ても姉の面目が丸つぶれだ。初対面のルナなんてドン引きしているし。
「アニーさん、サオリちゃん。うちのお姉ちゃんがご迷惑をお掛けしました」
「お、おう。大丈夫だ。にしてもいつ見ても本当にできた妹さんだな……」
「姉がこれだとしっかりせざるを得ないんだよ?」
「うぅ……妹にこれ扱いされたよ……」
「今回はモルちゃんの自業自得だと思うわ……」
疲れた様子のサオリが呆れたように呟く。筋肉質で大柄なサオリでは、この人混みの中を歩くのは苦だったのだろう。
苦笑いをしつつ、俺は皆にルナを紹介する。
「この子はルナ。魔族領で仲良くなったプレイヤーだ」
「ルナです! よろしくしやがれです!」
シュタっと敬礼っぽい何かをしつつ、ルナが元気に挨拶をする。魔族領で出会ったプレイヤーを連れてきたという事で初対面の三人三者三様の様の反応を見せる。
「驚いたな……魔族プレイヤーなんて初めて見た。思ったより人に近いんだな。いや、よろしく。俺はアニー。剣士ジョブだ」
と、素直に目を丸くして驚くアニー。
「あら可愛いお嬢さんだこと。アタシはサオリよ。ヨロシクねルナちゃん。」
と、楽し気に笑うサオリ。
「ま、魔族プレイヤー!? エルフとどっちがロマンかですっごく悩んだあのランダム排出の魔族!? しゅごい! しゅごいよ! ルナちゃんはランダムで一体どんなしゅぞぶえへぇ!?!?」
「ごめんねー。これはボクのお姉ちゃん。危ないから近づいたら駄目だよ?」
と、いつもの様に暴走するモルガーナ。今さっき怒られたばっかりと言うのにこの人は……。ある程度落ち着いたところで改めてモルガーナは自己紹介を始める。
「コホン。私は誇り高きエルフにして異端なる大魔女!。名をモルガーナ・サイト・マーリン! よろしくロマンを同じくする同士よ! ……あ、名前は普通にモルガーナでいいよ」
「魔女ですか? ってことは魔法使い!? スゲーです! カッケェです! 」
モルガーナの言葉にこれまでドン引いていたルナは興奮気味にはしゃぐ。何か感性に引っ掛かるものがあったのだろう。二人ともINT極振りとDEF極振りで似たようなステータス振りをしているしな。何か通じるものがあるのだろう。
「ところで、メイの後ろにいるその二人は誰だ? 何処かでみたことがあるような気がするんだが……」
「あぁ、そういえば、その子達メイちゃんがサーカスをしている時に一緒に出ていいなかったかしら? 」
「あー! そういえばさっきから誰も突っ込んでいなかったけどその子たちNPC……コホン。現地の子達だよね!? 一体どうしてメイ君と一緒にいるのかな!? かな!?」
前のめりになって問い詰めてくるモルガーナに驚き、リーノとルーノの二人は俺の後ろに隠れる。この二人、そこまで人見知りだったか? 二人の様子を見てみると人見知りをしているというよりもモルガーナの圧を面倒がっているって方が近いか。
「この子達はリーノとルーノ。知っていると思うけど、俺が弟子入りしていたサーカス団の団員で、今は俺の手伝いみたいなことをして貰っている。ちなみになんでそんな事になったって聞かれても、成り行きとしか言えないからな?」
「リーノ」「ルーノ」
「「よろしく」」
俺の後ろに隠れつつ二人が小さく挨拶する。モルガーナはもっと詳しく聞きたそうにしているものの、そこで抑える。無理やり聞いても二人に嫌われるだけと判断したのだろう。プレイヤーと殆ど大差ないといっても二人は一応、NPCだからな。友好度とかがあったら、減少するのが目に見えているし。
「それで、スタンピードだっけ? 一体何が起きているのか詳しく教えてくれないか?」
「おやぁメイ君。私のメールを見てなかったのかな? この素晴らしく強化された私のジョブについて知りたくは……ア、ハイ。ちゃんと言います」
含みのある言い方でドヤるモルガーだったが、ニッコリとほほ笑むミツバを見てすぐにドヤ顔をやめる。こうなるのは分かり切ってるんだからやめとけばいいのに。
「スタンピードが起きる。ってプレイヤー達が集まってきているけど、実際は確定って訳じゃないよ。あくまでも噂だよ」
「噂? それじゃあ噂の為にこれだけの人が集まってきているのか?」
「信ぴょう性が高いからだよ。その噂の出元はここの大司教NPCだよ。そのNPCが言うには明日、魔王軍の先兵として魔物の大群が襲ってくるらしいんだよ。でも、話を聞いた誰もクエストが発生したかったの。だから、あくまでも限りなくスタンピードが起きるフラグだろうっていう噂。」
なる程な。プレイヤーが言ったのではなくてNPCが言っていたのなら例えどれだけ眉唾物の話で合っても、ある程度の信ぴょう性があるわけだ。
にしても、魔王軍? あっちにいる間は魔王軍が動いているだなんて誰もそんなこと言ってなかったよな。まさかあのウサギの王様が関係していたり……いや、普通にあり得ないな。ウサギだし。
「ルナ。何か魔族領にいた時にそんな話を聞いたことがあるか? 魔王がどうとか」
「うーん……聞いたことねーです。でも、ルナはずっと引き思ってたから知らねーだけかもしんねーです。ロゼねーちゃんとかなら分かるかもしんねーです」
そう言うと、ルナはフレンドメールを用いてロゼに連絡を入れる。これであっち側で何かやっているといいけど。
ルナとのやり取りをみてアニーは感心するようにわらう。
「そうか。あっちにパイプがあるのならそっち経由で裏どりすることもできるのか」
「むぅ……魔族領のことを聞きたい気持ちとどうせなら自分の目でみてみたいって気持ちが戦っているよ……。でも、魔族側が関与が明白になるのはいい事だと思うよ。スタンピードの有無を別にしてもね」
「それじゃあその返答が返ってくる前にメイちゃん達も本部に行ってみましょうか」
本部が何かを訪ねてみると、どうやらスタンピードに対して攻略組を始めとするトップのプレイヤー達が同盟を組んで対策をとっているらしい。
あの攻略組も関与していると聞くと少しだけ警戒してしまうが、俺達が要竜を倒してからはジョブやステータスの強要は比較的に大人しくなっているらしい。
なんでもクランリーダーがソロの可能性に目覚めたらしく攻略どころではないとか。あのリーダー、効率と攻略しか頭にないって感じだったし、好き勝手やってるんだろうなぁ……。バロンも苦労していそうだ。
「メイ君。分かっていると思うけど、本部に行っても例のアレは絶対に喋っちゃいけないよ」
「分かってるさ」
珍しく真剣な顔をしたモルガーナが念を押すようにそう言った。
DEXの高さが会得経験値の上昇、ひいてはレベリング効率の向上に繋がること。そして、俺がDEX特化でその恩恵がパーティーメンバー全員が得られるってことは絶対に広めちゃいけない。何せ、レベル200オーバーになってもまだDEXに割り振ってるんだ。レベリングのお供としては俺の存在は余りにもデカすぎる。ぶっちゃけ勧誘の嵐が起きてもおかしくない。
今後このゲームを続けていくのならば、絶対に知られてはいけないだろう。
「最近はアニーちゃんの活動もあってか、剣士ジョブの人口も増えてきているわ。どうせ作戦の為と言っても自己申告程度なのだし、ステやジョブを言いたくなかったら、短剣使いと偽ってもバレないはずよ」
「あぁ。今ここに集まってきているプレイヤーにも結構な数の剣士を始めとしてタンク以外の近接ジョブがいる。まぁ、一部厄介なプレイヤーがいるのも事実だけどな。メイが短剣使いっていうくらいなら何も問題ないだろ」
要竜を討伐した後にアニーが剣士普及活動に力を入れると言っていたけど、その成果が実を結んだらしい。まぁ、これまで攻略組が倒せなかったエリアボスを倒したプレイヤーが直々にそのジョブを普及させているんだものな。人口が増えるのもうなずける。
何とか誤魔化せそうだと安堵しつつ、俺達はスタンピード対策本部へと向かった。
ルクスルナの首都の一角、一等地の建物を借りたその本部には俺のウサギ革装備とは比べ物にならない程高レアリティの素材が使われた装備を纏うプレイヤーが数多く居座っていた。
第一に装備に目がいってしまったが、プレイヤー達は前の様に杖と盾の二種だけではない。身の丈程の大剣やアニーのような長剣、他にも槍を持ったプレイヤーと多種多様な武器を装備している。ものの見事にバラバラだ。
初めて会った時、アニーが語っていたとおりの、様々な武器を使う多様性に満ちた世界がそこにはあった。
「お、おい。あれ、竜殺しのアニーじゃないか? ほら、あの要竜を倒した」
「本当だ。他にも歩く厄災のモルガーナもいるぞ。隣の道着姿のでっかいのも竜殺しのメンバーだろ? ほら、確かサオリってやつ」
「隣の道着姿の可愛い子は誰だ? サオリの弟子的な?」
「あっちの双子はプレイヤーか? ていうか美人率高くね?」
「十字架背負った褐色幼女……ハァハァ」
「「「お巡りさんこいつです」」」
アニー達を見たプレイヤー達がざわつき始める。攻略組が果たせなかった要竜討伐を離したメンツならそりゃあ人気も出るか。元々アニーとモルガーナはトッププレイヤーとしてある程度認知度があったらしいし。
ちなみにこの場にルーノとリーノの二人は連れてきていない。NPCをパーティーメンバーに入れていることが分かれば必ず詮索されるだろうし、何よりその連れているのは俺だと俺に注目が集まってしまう。面倒毎を避けるためにもこの場には連れてこない方が良いと判断したわけだ。
って、これだけ大勢の中を歩けば普通に俺も目立つな。このままだと俺も要竜討伐メンバーか?って何かと追求されても困る。
せっかく手に入れたスキルだ。モルガーナを指定して【星影姫の祝福】を発動。モルガーナにヘイトが集まり目立つようになる代わりに俺がハイド状態__著しく影が薄くなる。
モルガーナにはちょっと悪いけれど、元々モルガーナは目立つからそこまで変化はないだろう。
慣れているのか周りの声を気にしないアニー達三人は、どんどん奥へと進んでいき一番奥の椅子に座るプレイヤーの前へと行く。あれは……確かSSO攻略のクランリーダーか? 前と違い眼鏡をかけてインテリ感が上がっているけど間違いない。クラン【SSO攻略組】リーダーのマーリンだ。
「フム。珍しい顔ぶれだな。いったいどうした?」
「あぁ。スタンピードの参加プレイヤーの追加だ。格闘家のミツバ。短剣使いのメイ。そして魔族プレイヤーのルナだ」
「ほう?」
マーリンの目がきらりと光る。人族領側では珍しい、いやもはや希少といっても過言じゃないレベルの種族のプレイヤーを連れてきたのだ。反応しない訳がない。周りにいるプレイヤー達も大きくざわついている。
ルナに注目が言った事で俺とミツバが空気になってしまった。アニー、たぶんこれ狙ってやったな?
「フラグ元によると魔王軍の侵攻という話だったのを分かっていて連れてきたのか? あるいは、魔族側では侵攻がイベントとして起こりその先兵としてそのルナと言うプレイヤーが送り込まれたとも考えられるが?」
「ルナはそんな話聞いてねーです! 楽しそうだったから参加しに来たです!」
「では、君のステータスを見せて貰えるか? 何、嫌であれば種族とジョブだけで構わん。」
「えっと……」
ルナがこっちをチラリとみる。マズいな。ルナのレベルは俺が無理やり引き上げたことによって物凄く上昇している。レベルを見られてしまったらどうやってそこまで上げたか追及されるかもしれない。
俺のDEXの事は秘密ってルナに言っているから言うに言えないって所か。ただ、幸いにも魔族領の環境なんて今の人族領プレイヤーは誰一人として知らない。これなら何とか誤魔化せるかもしれない。
ルナに対してコクリと頷いて見せる。
「これがルナのステータスです!」
「む。魔人族……完全にヒューマンの上位互換のような種族だな。ただ魔法関連のステはエルフのそれに近い。しかし、守護僧侶? 聞いたことの無いジョブだな。……何!? レべル99オーバー!?」
「「「何ぃ!?」」」
もはや他のプレイヤー達も大いに食いついた。レベルに関してはやっぱり皆気になるのだろう。張本人でなければ俺だって気になる。
だけど、そこまで驚くことか? 既に第一陣はプレイを始めてかなりの時間がたっているからそれなりのレベルにはなっているだろ? レプラだって確か今は100を超えていたはずだし。
疑問に思っていると、神妙な顔のマーリンが恐る恐る口を開く。
「……レベルが上がる程にレベルアップは困難になるが、SSOにおいてはその難度上昇は別格だ。検証上では、レベル帯の上昇毎に会得経験値まで減っているという報告も挙げられている。俺の知っているプレイヤーの中でも俺のレベル96が最高だ。魔人族に魔人領……実に興味深い」
「へ? そんなにレベル低いですか?」
あ、これはマズい。このまま追及されるのはルナにはちょっと荷が重そうだ。慌ててルナの前に出て代わりに俺が口を出す。
「俺からいいか? ルナを連れてきたのは俺なんだが、魔族領にポップするモンスターは総じてこっちよりも強く、経験値が大きい。それでいてとあるダンジョンにルナと滅茶苦茶相性がいい狩場があってな? それが理由だと思う」
「君がこの魔族プレイヤーの少女を連れてきたのか? それにダンジョンだと? そんなものまであるのか? こっちの大陸にはダンジョンの類は未だ未発見だと思ったが、フム……あっちはこちらとは全く異なる環境となる訳か……。有益な情報感謝すある。後で更にその情報を聞きたいのだが構わないだろうか?」
「このスタンピード騒動が収まったらな。と言っても、俺は短剣使いでシーフ寄りだからそこまで積極的に戦ってきたわけじゃないぞ? 魔族領に行ったのも遊び半分だから、そこまで有益な情報は持ってないから期待しないでくれ」
「それでもだ。うちのクランも最近は魔族領攻略の前に戦略と方向性の練り直し優先しているからな。何だかんだで魔族領側に進んだプレイヤーを俺は把握していない。故にその情報は有益だ」
ミツバが嘘八百とでも言いたそうなジト目で見てきているが気にしない。短剣を使うのは本当の話だし、魔族領に行ったことだって遊びの一環だ。だってゲームだし。嘘は一切言ってない。
それにしてもまだ魔族領に進んだプレイヤーがいなかったのか? 既に要竜を倒したのだし森を越えるのはそこまで難しくないと思うんだけどな。
「よく言うぜ。魔族領攻略に進めないのはリーダーがソロ狩りにいってクラメンがぐだぐだになっちまったからじゃねぇか。少しはクラメン管理をしていた俺の身にもなれってんだ」
「む、それを言われると返す言葉が無いな。だが、すごいのだぞ? これまで大勢のタンクと魔法使いで組んでいたから一人当たりの経験値は少なかったが、ソロだとその経験値が総取りだ。ハイリスクハイリターンは思いのほか心が躍る」
「ったく。すまないな。短剣使いさんよ。リーダーがこんなんで。あぁ、俺はバロンってんだ。よろしくな」
プレイヤー達の合間から出てきたバロンが、まるで初対面であるかのように握手を求めるよう手を出してくる。久しぶりに会ったが、バロンも俺のレベリングのことをしっている。既に顔見知りだってこの大勢に知られたら深読みするプレイヤーも出てくるだろうから、うまくごまかしてくれるようだ。
「あぁ。俺は短剣使いのメイ。よろしくな」
俺もバロンに乗りできるだけ簡潔に挨拶を済ませ初対面を装う。俺はそれだけ告げると後ろに下がりアニーに任せる。
「アニー。もう少しすれば本格的に明日の打ち合わせを始めるが、参加していくか? まとめ役としてはそっちの方がありがたいが」
「そう、だな……」
「出る出る! 絶対出るよ!」
マーリンの提案にこちらを確認するようにこっちをチラリを見る。モルガーナ辺りは積極的に出たがっているみたいだ。
確かにスタンピードでプレイヤーが協力して戦うのであればどのように動くのか聞いておいた方が良いだろう。アニーに対し頷いて見せる。
「あぁ。ぜひとも参加させてくれ」
「そう言ってもらえると助かる。もう少しすると他のプレイヤー達も集まってくるはずだ」
そして、数十分後。プレイヤー達が集うスタンピード対策会議が始まった。
書いてて思った。他の作品だと主人公は有名なプレイヤーになっていくのに、この主人公全力で地味になってく。




