第八十八話 ~指輪の謎編~
「第三幕【マジックショー】の開演です。現世を忘れる奇々怪々な奇術の数々。夢の世界をお楽しみください」
座長が楽し気に宣言すると同時に照明が暗転。ステージカラーが黒と白のチェック柄の柄へと変わり、棺桶のような箱がそこかしこに設置された。
座長が道化師であったとも言っていたし、これくらいは予想しておくべきだった。いや、仮にそれを予想出来ていたとしても、ステージのデザインまであっちに掌握されるなんて全くの想定外だ。
当の本人は手にしたトランプをシャッフルするばかりで余裕は一切崩す様子はない。
「さぁ、どうしますか? トランプマジック、ナイフマジック、なんでも揃えておりますよ」
「流石は座長。準備が良い。なら最初は、ナイフマジックなんてどうですかっ!」
「私としては、最初は軽めにトランプマジックをおすすめしますよ?」
手にした黄色の短剣を振るうが、座長はトランプの中から一枚取り出し短剣の軌道上にヒョイと投げる。
すると、その投げられたトランプは煙と共にA4サイズにまで巨大化し、俺の短剣を阻む。更に攻撃を続けるが、座長はひょいひょいとトランプを投げるだけで防がれていく。
というか、そのトランプはなんだ!? そんなスキル俺は知らないぞ!?
「一体それは何ですかね!? 奇術というにはいささか魔法チックじゃないですか?」
「クフフ……。そうでしょうか? タネのあるペテンでさえも、そのタネが分からなければ夢の魔法となんら変わりませんよ。『MAGIC IS MAGIC』とでもいいしょうか。……では、こういうのはどうでしょうか?」
座長はトランプの中からスペードのAを引き抜くと、次の瞬間そのトランプはロングソードのような剣へと変わる。スペード……確か占いでは騎士とか、転じて剣・死を表すんだったか? という事はさっきから盾に使っていたのはダイヤのカードとかか?
座長はそのロングソードで流暢に短剣をさばいてくる。。
「おやおやどうしましたか? ナイフマジックを見せてくれるのではなかったのでしょうか?」
「そういうのなら、その手を、緩めてくれませんか! 」
「クフフ。では、そうしましょう」
「はぁ!?」
俺の言葉に、座長はなぜか剣をトランプに戻し、俺の短剣を受け入れた。一体何のために!?
一閃した短剣によって座長の左手が吹き飛ぶ。だが、その左手は斬られたにも関わらず空中に浮かびピースサインを作っている。
「あぁ! どうしたことでしょう! 斬られた私の腕が浮遊しているではありませんか!? ナイフマジックによくある切断マジックとしては、インパクトは十分でしょう?」
「浮遊までしたらそれはもう黒魔術の粋じゃないですか? それとも変な実を食べてバラバラ人間にでもなりましたか!?」
「そう思うのならば首でも落としてみますか?」
「誰が口車に乗りますか!」
軽々と短剣を回避しながらも、浮遊した左手はトランプを弄んでいる。こんな状況で更に斬りつけてしまったら、五体が空中に浮遊するおかしな状況になってしまう。
どうにかして相手の流れを止めようと、俺もトランプを取り出して投げつける。【フラッシュポーカー】スキルを使って一瞬でも怯んでくれれば御の字だ。
だと思っていたのに、苦笑交じりに座長はスッと右手を前に出す。
「適当に引き抜いたのでしょうが……そのカードがハートとは、貴方も中々運が悪い。ハートは僧侶であり聖杯を表す。といえば、わかりますかね?」
「なっ!? まさか!?」
気付いた時には時既に遅く、俺よりも先に座長が指を鳴らしトランプを利用してしまう。俺が投げたハートのトランプはキラキラとした光へと変わり座長の身体に吸い込まれる。
ゲームにおいて僧侶といえば、回復、除霊、そして、バフ。起死回生の一手のつもりがむしろ自分の首を絞める事になってしまった。
「道化師たるもの、失敗して笑いをとるのは構いませんが……少々間が抜けすぎてはいませんか?」
「返す言葉もありませんね。ならちゃんとカードを選べばいいんでしょう!」
「おや。それはどのカードのことでしょうか?」
次はトランプの中から、相手の益に繋がらそうなスペードを選んで再度投げつける。だが、座長はそれに合わせてさっきから浮遊する左手に持っていたトランプを手放し、俺の真上でばらばらと落とす。
まさか、スキルの誤作動でも狙っているのか? 確かにさっきの俺のミスは間抜けだったのかもしれなかったけど、流石に自分で投げたトランプを発動させられないようなミスをするなんて……いやちょっと待て。
今俺の周辺には大量のトランプが舞っている。爆発だろうと、剣や盾に変化させたり、千変万化の奇術を見せた、あのトランプが。
血の気が一気に引いて行く感覚に襲われながらも、その場から必死に逃げる。間に合え!
「アーティ風に言えばこう言うのでしょうね。人の心を動かすは、臓物から震わせる爆音と燃え広がる紅き煌めき。それ即ち爆発の美学也。ならばこそ__【ロマンティック・エクスプロード】」
パチン、と指を鳴らした瞬間、舞い散るトランプは一瞬にして赤くはじけ飛ぶ。ただ怯ませる【フラッシュポーカー】とはわけが違う。ダメージのある確かな爆発だ。
ステップスキルで必死に爆発のダメージ判定のある範囲から逃げることはできたが、爆風には巻き込まれ吹き飛んでしまう。
「いたた……っくそ! 座長はどこに!?」
「こっちですよ」
後ろから__というよりも、耳元から座長の声が聞こえてきて思わずその場を跳びあがる。
だが、座長は攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、近くに立てかけられた棺桶の後ろへと隠れる。
座長を追いかけてその棺桶の裏を見るが、座長の姿はどこにもいなかった。
「いない!? 一体どこに!?」
慌てて消えた座長を探すと、この棺桶から反対側の棺桶の裏から姿を現す。
「クフフ。瞬間移動……というのは、マジックとしては面白いとは思いませんか?」
「……面白すぎます、よ!」
ステップスキルを連続で発動させて一気に距離を詰める。だが、座長は笑みを浮かべたまま、今度は棺桶の中へと入っていく。
追いつき棺桶の中を開けた時には、棺桶の中はもぬけの空だった。本当に瞬間移動とでも言うのだろうか?
「それなら、座長は今度はどこに!?」
「貴方の後ろに、ですよ」
「~~~!?!?」
座長がまたもや背後に現れて話し掛けてくる。ステップスキルを使って距離をとるが、座長は手にしたトランプから一枚、ゆっくりと引き抜いた。
マジックショーでは何をされるかわかったもんじゃない。座長が何かする前に早く演目を勧めないと……!
「さ、最終演目! 【アクロバットショー】!」
「クフフ……そうですか? では、これはもう必要ありませんね」
演目が変わった事を確認すると、全てのトランプを手放した。あのまま使っていたら確実に俺は座長にやられていたであろうに。いつの間にか五体満足に戻っている座長は余裕の笑みを浮かべたまま。確実に遊んでいる。
座長が指を鳴らすと、証明が暗転。次に明るくなった時には棺桶はなくなり、代わりに綱渡りや空中ブランコと言った様々な機材へと変わる。
「アクロバットであるならば、こんなことはどうでしょう?」
「絶対アンタ遊び始めてるだろ!? 【ステップ】!」
全長数メートルはある大玉を転がし、俺に迫ってくる座長。ルーノとリーノとの追いかけっこを思い出しながら必死にステップスキルで大玉から逃げる。
このままでは追いつかれると、ステージ上に設置されたトランポリンを使い空中ブランコへと逃げる。
大玉からは逃げる事が出来たが、座長は大玉から跳び綱渡りの綱へと昇る。不安定な綱の上ならばと、俺は片手でブランコに捕まりつつ、もう片方の手で短剣を投げるが座長に効果はない。
簡単に投げ返されて、空中ブランコの糸が切られる。そのせいで俺は地面に落ちてしまった。受け身をきちんととったためにダメージ判定はないものの、何をしても座長の余裕を一切崩せないことに最早笑えてくる。
「クフフ。遊んでいる、ですか。その通りですね。あまりにも私の予想通りに動いてくれるのですから、思わず遊んでしまいましたよ」
「ストレートに言われてしまったら返す言葉もありませんよ。というか、強すぎません? これだけやっても手も足も出ない。もうお手上げですよ」
「おや? それならばショーを終えますか? 貴方の目には諦めの色は見えないですが」
座長の言う通り、俺は最後のチャンスを狙っている。何故ならまだ成功スキルで積み上げたステータスが残っているからだ。もう少し回数を稼いでやれば、あるいは座長に追いつけるかもしれない。
後ろ手に短剣を取り出して機会をうかがう。
「いやいや。よく考えてみてくださいよ。これだけやっても座長の余裕を崩せないでしょう? なのに、ショーは既に最終局面。はっきり言ってチェックメイトだ。この状況で盤面をひっくり返す方法があったら教えてほしいくらいですよ」
「おや? 貴方はまだ持っている筈です。最後の最後まで温存していたとっておきの切り札を。最も__」
一瞬で距離を詰めて座長が俺の前に現れる。最初に戦った時と同じ場面だ。相手はあの時同様手ぶら。俺は迷わず【オーバーリアクション】を発動させる。
座長の攻撃を無効化した瞬間、短剣でカウンター。最後の勝ち筋はこれくらいだ!
【oh……失敗】
「………え?」
「切り札として縋るには、いささか脆すぎたようですがね」
不意に【成功】スキルが途切れたことを伝えるメッセージが流れ、俺の身体がガクリと重くなる。
座長の手には一枚のトランプ。まさか、あれで小突かれただけで成功スキルが途切れたのか? たったそれだけのことで?
「クフフ。理解ができないといった様子ですね。オーバーリアクションは打撃攻撃に対し過剰反応する、いわば殺陣のスキル。さて、トランプでの攻撃は打撃攻撃と言えるのでしょうか?」
「……」
ダメージを受けないという破格の効果。それは、純粋な戦闘職でもなんでもない道化師が持つにはあまりにも大きすぎる効果だ。
だからこそ、効果範囲の縛りは厳しく設定されていて、物理攻撃の判定すらないトランプ一枚でその穴を付けるという事なのか?
「貴方は最初から【成功】スキルを重ねる事を第一に立ち回っていた。いえ、恐らくこれまでずっとそのスキルに頼ってきたのでしょうね。ですが……切り札というのは、それに依存してはならない。それはもはや足かせでしかない」
「……仕方ないじゃないですか。こうでもしないと戦闘職と同等になんて戦えないんですから」
「ふむ。まずはそこからの意識改革が必要なようですね。そもそもそんなもの、道化師にとってはただの手札の一枚に過ぎないと」
そう言うと、トランプを手際よくシャッフルしながら更に言葉を続ける。
「そもそも、数多の成功を積み重ね、最後に特別な事を成すというのは、物語の主人公のような人間の役割です。我々道化師は、彼らのような人種の人生を面白おかしく脚色してあげる事が役割です。それは数多の手札から適切なカードを切っていくような生き様。切り札とは道化師ではなく、成功を成す主人公のものであると知りなさい」
「主人公すらも自身の手札とでも言いたいんですか? そこまで行くと、もう何の話がしたいのか分からないんですけど」
「クフフ。いずれ知ることです。今は黙って聞きなさい。道化師は、主人公なり得ない。我々は、物語を装飾するアクセサリーであり、レールを捻じ曲げ読者を困らせる厄介者である。つまりはわき役であり続けなければならない。それが分かれば、今はそれでいいでしょう」
そこまで言うと、トランプを剣へと変えて俺に突きつける。【演目設定】を再設定するには、リキャスト時間があまりにも足りない。成功スキルもリセットされている今、俺に出来る事は何もない。
完全に詰んでいる。
「さて、完璧に詰んでいると思いますが……どうですか?」
「「待って」」
「リーノ……ルーノもか?」
薄暗がりのステージの上に双子たちが現れる。そして何故か、俺を庇うように座長の前に立ちふさがってくれた。
これには流石の座長も驚いたのか軽く目を丸くしている。
「一体何のまねですか? リーノ、ルーノ。まだショーは終わっていませんよ?」
「座長の試練は道化師の試練」「今の座長は……何役?」
「………ほう。なる程。その様な解釈をするわけですか」
三人が話を続けるが、俺だけ蚊帳の外だ。一体どういうことだ? 二人が訴えかける様に語るが、その意味が分からない。
分からないでいる俺を察してなのか、座長が説明をしてくれる。
「私は継承の試練という名目で、道化師の在り様を語り教えるつもりでした。勿論、試練のクリア条件は私に勝つ事だったのですが……これまでの貴方の設定した貴方の演目。さて、主役はどちらだったでしょうか?」
「それは……設定者本人? ……あ」
【演目設定】スキルを使ったいわば主催者は俺だ。だけど、俺はずっと後手後手で、実質流れを支配して主役となっていたのは座長の方だった。
「偉そうに在り様を語っておいて、遊びに度が過ぎて自身の役職も忘れて主役気取りの大立ち回り。これでは道化師としては失格ですね」
「でも、そんなの殆ど屁理屈じゃないですか。そんなのでもいいんですか? あ、いや。正直勝てる見込みが全くないんで、自分で言うのもなんですけど」
「クフフ。こういう時は実はそれを狙っていたとでも大口を叩けばいいのですよ。それに言い出しっぺは既にこれで満足しているようですしね」
リーノとルーノはコクコクと首を縦に振る。
「半人前にしては」「よく頑張った」
「いや、でも、本当に良いのか? だいぶ無理のある屁理屈だし、そもそも俺が勝てる見込みは全くなかったし」
「そもそも正攻法で勝てるなんて」「はなから期待していない」
「はなからって……はは。そうかぁ……」
そんな期待していないようなことを課せられていたのかと思わず乾いた笑いが出てしまう。
座長は手にしていたトランプへと戻し、そのカードを俺へと投げ渡す。そのカードはスペードかと思ったら、ケタケタと嗤う道化師が描かれたジョーカーだった。
「二人が良いと言うのならクリアでもいいでしょう。成功スキルに頼りすぎている所はありますが、ある程度基礎はできていますし、ある程度の矯正はしました。試練は合格という事で良いでしょう」
ステータスを確認すると大量のスキルが増えていると共に、指輪の最後の項目が解放されている。まずは、指輪のステータスを確認する。
【双星の祝福】※メイ専用アイテム
スキルのリキャストタイムが1割短くなる。
称号【三流芸人】を所持しているため、更に一割短縮。
称号【二流芸人】を所持しているため、更に一割短縮
称号【黒猫の継承者】を有しているため、追加効果開放
称号【一流芸人】を所持しているため、リキャストタイムを更に一割短縮
スキル【星影姫の祝福】
特殊なハイドスキル
スキル【星輝姫の祝福】
特殊なヘイトスキル
これは……強い、のか? いや、十分強いけど思っていた強化の方向性と違うな。これまでスキルの時間関係の効果ばかりだったからその方向での強化だと思っていたのに。
特殊なハイドとヘイトスキル……あぁ。リーノとルーノを表しているのか。
「これで指輪の強化は終わり」「うれしい?」
「あぁ、とってもな。ありがとう」
「「……そう」」
二人はそれだけ呟くと座長の後ろに隠れてしまった。相変わらずずぶといんだか繊細なんだかよくわからない二人だ。
【スキル:アシスタントコールにてNPC【リーノ】、NPC【ルーノ】をコール可能になりました】
突然なったアナウンスに思わず肩が跳ね上がる。アシスタントコール? そんなスキルは知らないぞ? もしかしてさっき増えたスキルのうちのひとつなのか?
いやそれよりもだ。コール可能って一体どういう事だ?
ステータス画面から確認しようかと思ったが、その前に座長に肩を叩かれる
「メイ。黒猫のサーカス団座長クロの名において、試練の達成を宣言します。ま、大負けに負けて、ですがね。二人の言葉を用いれば未だ半人前とでも言いましょうか。そこでですが__この子達に補佐を任せましょう」
「補佐? この子達ってリーノとルーノに? いや、待ってください。そもそも補佐って何のことですか?」
「あぁ。その説明も必要でしたね。今回の件で、のれん分けとでも言いましょうか。座長の役目も果たせるようになりました。一人で全ての役割をこなせるのであれば話は別ですが……先も言った通り未だ貴方は半人前。とてもではないがサーカス“団”とは言えません」
これまでの座長の戦い方を思い出す。座長一人でマジシャンだろうがナイフマンだろうがどんな役割も一人でこなせていた。所謂1人大サーカスだ。
俺がそれと同じことができるのかと言われると……うん。座長レベルだなんて無理だわこれ。
二人が仲間に入るって言うのであればものすごい心強い。
「でも、良いんですか? そんな引き抜きみたいな真似してしまって」
「クフフ。私の心配よりも自分の心配をしたほうが良いのではないですか? 」
「え? __あだだだだ!」
「私達に不満をいうって」「いい度胸してる」
双子たちが苛立たし気にゲシゲシと脛を蹴ってくる。痛さに負けて数歩下がっても追撃の手を__足を?緩めない。
別に二人に不満があるわけでは無いのに!
「二人には不満はないですって! ただ、サーカス団の方に何か不都合が出たらいけないと思ってだな」
「それならそうと」「はやく言え」
「だからなんで脛を蹴るっ!? 理不尽だぁー!」
指輪の秘密を聞きに来ただけっていうのに、道化師ジョブの戦い方について深く考えさせられたり、スキルが増えたり、挙句に仲間まで増えてしまった。
ミツバに何かに呪われているって言われたときは否定したけど……あながち否定できないかもしれないな。




