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第三話 これからは支えられる毎日になりそうです

「もしかしたらおなかを空かせているかもと思って、たくさん用意していたのですが……足りなかったようですね。申し訳ありません」


 バスケットに入っていたごはんはとても美味しくて、あまり時間もかからずに食べ終えた。

 量は十分あったと思う。しかし俺は数日間何も食べていなかったので、満腹にはならなかった。


 そのことにルーラは申し訳なさそうにしていた。


「いやいや、謝らなくていいよ……ごちそうさま。すごく美味しかった」


 お礼を口にすると、彼女は照れたようにはにかんだ。


「……お口に合ったのなら、何よりでございます。お家に帰ったら、もっとご用意いたしますので」


 そう言ってルーラは立ち上がる。


「雨……止みましたね」


 ふと空を見上げると、太陽が雲間から差していた。

 空腹もなくなって、更に暖かい日の光を浴びたことで、少しは俺の元気も戻ったみたいである。


 さっきよりは体に力が入った。

 今なら立ち上がれるはず……どうにか起き上がろうと試みて、ぐっと力を込めた。


 しかし、まだ体調は万全じゃないらしい。

 魔王との戦いで負った傷も痛んでおり、立ち上がることはできなかった。


「どうぞ、手をお取りください」


 そんな俺に、ルーラは小さな手を差し伸べてくれた。


「……ありがとう」


 自分よりも年下の女の子なのに、ルーラには不思議と素直に甘えてしまう自分がいた。

 ためらいなく手を取って、立ち上がるのを手伝ってもらう。


「転ばないようにお気をつけください。わたくしにもたれかかっても良いので」


 彼女は小さな体で、俺を一生懸命支えてくれた。


「そろそろ。わたくしたちのお家に向かいましょうか」


「…………あ、そういえば俺、ルーラに雇われたのか」


 今更になって先程の言葉を思い出す。

 ごはんを食べたおかげだろう。さっきよりも少しだけ、物事をしっかり考えられるようになっていた。


「えっと、仕事をくれるのは嬉しいんだけど……甘やかされるのが、仕事になるの?」


 ルーラは『甘やかされるだけのたいへんなお仕事です』と口にした。


「はい……住み込みですが、三食付きでございます。たいへんかと思いますが、お給金は弾みますので、何卒よろしくお願い致します」


「……たいへんではないと思うけど」


 仕事についてもっと詳しく聞きたかったのだが、ルーラの方がこの話題はここで打ち切った。


「お仕事の話は、お家についてからで」


 そこまで言って、ルーラは俺の方に身を寄せてきた。

 そういえば、さっきから手が離れていない。ずっとつながったままである。


「……手は離さなくていいの? 俺、結構汚いのに」


 二人で身を寄せ合って街中を歩きながら、言葉を交わす。


「構いません。勇者様を、支えたいのです……手をつなぐのは、わたくしへのささやかな報酬ということで」


 可愛いことを言う。

 それくらいなら問題はないので、そのまま支えてもらうことにした。


 仕事の話も後でいいだろう。

 とはいえ、それとは別に、ちょっとだけ彼女にはお願いしたいことがある。


「あのさ……」


「どうかなさいましたか、勇者様?」


 首を傾げる彼女に、俺はこんなことを言った。


「その呼び方、変えてくれないかな……もう勇者じゃないし、違和感があって」


 そう。魔王を倒した俺は、もう勇者ではないのだ。


「では、ご主人様とお呼びしてもよろしいですか?」


「え? うん、いいけど……」


「嬉しいです。あなた様のことを、ご主人様と呼びたかったので」


 微笑むルーラに、俺も頬を緩めてしまった。

 本当にいい子である。


「ちなみに、本名はどのようなお名前なのでしょうか」


「一応、俺の名前は『カレス』って言うんだ」


「カレス様、ですか……いえ、やはりお名前で呼ぶのは照れますので、ご主人様とお呼びさせてくださいませ」


 俺の名前を呟くと、ルーラは頬を染めた。

 照れくさいみたいである。勇者じゃなければ呼び方は何でもいいので、好きにしてもらうことに。


「あの……もっと、ご主人様のことを教えていただけませんか? 好きな食べ物、味付け、趣味、考え方など……わたくしは、知りたいです」


「うん、喜んで」


 それからは、俺のことを教えてあげた。


 取り留めのない会話だったと思う。でも、ルーラと話していると時間があっという間に流れるから、不思議なものだった。


 気付けば、もう街の門から外に出ていた。


「ルーラ……ここからは、魔物が出るエリアだから危ないんじゃない?」


「ですが、わたくしたちのお家はこの先にあります」


「え? こんなところに!?」


 普通、住居は外壁に囲われた街か、あるいは柵などで覆われた村に作るのが一般的だ。


 しかし、ルーラの家は魔物の出る危険なエリアにあるらしい。


「色々と事情を抱えている同居人が居りますので……しかし、郊外とはいえ問題ありません。安全は、保障します」


 ……まぁ、街の近くは魔物が出ると言っても頻繁に出るわけじゃない。

 しかも、出たとしてもそう強くない魔物だけだ。


 このあたりの土地は魔物が好まないらしいのである。だからここに街も作られているのだ。


 俺が警戒するほど危険ではないのかもしれない。

 でも、家に到着したら、防御用の設備を整えた方がいいだろう。そのあたりの知識はあるので、役立ってくれたら嬉しい限りである。


 そんなことを考えながら、俺はルーラと一緒に『お家』に向かった。

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