第三十三話 のんびりと緩やかで穏やかな時間
適度に休憩を挟んで歩いていると、やがて目的の地点に到着した。
緑が視界いっぱいに広がる草原地帯であり、かつ周囲から少し盛り上がっている丘にもなっている。
涼やかな風も流れていた。更には都合の良いことに、丘のてっぺん付近には少し背の高い木々が見えた。
あそこの木陰で休むとちょうどいいだろう。
マニュがおススメしていただけあって、とても心地の良さそうな場所である。
「わぁ……パパ! あっち、きれーだよ!!」
更には丘から見渡せる景色も最高だった。
サキちゃんが指を示す方向には、森の奥深くと思われる場所が広がっている。
上から見下ろした自然の風景は、なんだか胸をいっぱいにした。
「綺麗だね。でも、あっち側は傾斜が急で危ないから、あんまり近づいたらダメだよ」
とはいえ、滑り落ちたら怪我してしまいそうである。
俺たちが来た道の反対側は、ちょっとした崖みたいになっていた。
「わかった! パパのいうこときいてあげますっ。けーしゃ? にはちかじゅかないですっ」
俺の言うことを果たして理解しているかどうかはさておき、聞き分けは良い子なので危険なことはしないだろう。
「あ! ちょーちょさんいっぱい!」
サキちゃんはむずむずして我慢できなくなったかのだろう。
俺から手を離して、周囲をふわふわっとんでいる蝶々を追いかけ始めた。
「結構歩いたわね……ちょっと休憩しようかしら」
一方、エレオノーラは木陰に腰を下ろして一息ついていた。
汗で濡れた額をハンカチで拭っている。ちょっと暑かったせいか、汗でワンピースが透けているように見えた。
なんで彼女は下着を吐いていないのだろう……あんまり見ないようにしておこうかな。
「エレちゃん! ちょーちょさんつかまえたっ」
「……かわいいわね。でも、虫って苦手なの。あんまり近づけたらダメよ」
「ふぇ? エレちゃん、すききらいしたらダメなんだよ?」
「それは、まぁ……そうなのだけれど」
「はい! ちょーちょさんあげるっ」
「え? あぁ、ダメね……サキには敵わないわ」
エレオノーラもサキちゃんの純粋さには頭が上がらないようで、蝶々を恐る恐る手で持っていた。
彼女は苦手なようだが、子供と蝶々って組み合わせはかわいく見える。
無意識に頬が緩んだ。
「エレオノーラ様、今シートを敷きますのでそちらにお座りください。お飲み物もご用意しますね」
その隣ではルーラがてきぱきと準備していた。
シートを敷いたり、飲み物を用意したり、バスケットの弁当を並べたりしてくれる。
この子は本当にいい子だ。後でしっかり『ありがとう』って言いたくなってくるような優しさを感じる。
「異常なーし。周囲には何もないよ、おにーちゃんっ」
と、ここでマニュが俺の背中に抱き着いてきた。
最近この子はサキちゃんと同じくらいくっついてくる……というか、胸を押し当ててくる。
俺が平然としているのが気にくわないらしく、からかおうとしているらしい。
本当は色々と思わないことがないわけではないのだが、やっぱり何かを感じたら負けな気がするので、俺は何も気づいてないふりをしておいた。
「このあたりって、魔物の生息地らしいけど見たことないし……もしかしたら、奥の方に分布しているのかもね」
「うーん、どうかなぁ? わかんないけど、おにーちゃんと遊べるならなんでもいいよっ」
その通りだった。魔物のことなんてどうでもいいか。
「それよりね、わたしのパンツどうだった!? おにーちゃんが好きそうなパンツにしてみたんだけどっ」
「……俺、マニュに水玉パンツが好きだと思われてるんだ」
なんか複雑だった。
別にそういう嗜好があるわけじゃないんだけど。
「あんまり好きじゃなかった?」
「いや、嫌いではないんけど」
「ふーん? ……ていうか、おにーちゃんやっぱりわたしのパンツ見てたんだ~?」
「…………」
しまった。聞かれたから思わず答えたのだが、パンツは見ていないと言う方が正解だったか。
ここまで来る途中、彼女はわざとパンツを見せつけてくるのだ。あれだと見えない方が不自然だろう。
「おにーちゃんは変態さんだねっ。後でパンツあげる!」
「ぱんつ!? サキもぱんつあげる!!」
おっと。サキュバスの血を引く女の子がパンツという単語に反応していた。
「パンツは要らないから……ほら、木陰で休もう」
こっちに走り寄ってきたサキちゃんも一緒に、ルーラが敷いてくれたシートの方に歩み寄る。
エレオノーラは既に休んでいた。
「皆さまも、お飲み物をどうぞ……ご主人様も、ゆっくりしてください」
甲斐甲斐しくルーラは俺たちのお世話をしてくれる。
やっていることはいつも同じだ。
でも、場所が違うせいか、普段よりもなんだかやけに楽しく感じた。
――やっぱり、来てよかった。
ピクニックが始まってまだ目的地に到着したばかりだが、既に俺はこんなことを思うほどに……のんびりと緩やかで、穏やかな時間が流れていたのである。




