第二十四話 業務目標は『わがまま』を言うことです
夜、みんなが寝ている隣で、俺はルーラにマッサージしてもらっていた。
彼女は俺の体にぺたぺたと触りながら、こんなことを聞いてくる。
「ご主人様……本日のお仕事はいかがでしたか?」
どうやら業務報告を求めているらしい。
「何か不満などありましたら、教えてくださると嬉しいです。変に疲れてはいないでしょうか? 無理はなさってはいないでしょうか? 遠慮鳴らさず率直な感想を言ってくださいませ」
雇用主なのにルーラは俺のことを最優先に物事を考えているようだった。
でも、みんなに不満なんて……とんでもないことである。
「今日は楽しかった。みんなと一緒に過ごせて幸せだったよ……変に疲れてもいないし、無理もしていない。この生活は想像以上に、充実してる」
ありのままに感じたことを彼女に伝えた。
「この家に来れて良かった」
そんな俺の言葉は、ルーラにとってかなり喜ばしいものだったのかもしれない。
「……そこまで言っていただけたら、何よりでございます。ご主人様を幸せにすることが、わたくしたちの意思ですので」
声を弾ませて彼女は俺の頭を撫でていた。
そういえばエレオノーラもお風呂で同じようなことを言っていた。
みんな俺のことを大切に思ってくれている……だから俺自身も、自分のことを大切にしなければならないだろう。
「逆に聞いていい? 俺の働きぶりはどうだった?」
今度はこちらからも評価を聞いてみることにした。
個人的にはとても素晴らしい働きぶりだったと思う。実は自信があった。
「ダメダメですね」
しかしルーラは俺の働きぶりにため息をついていた。
えぇ……予想外である。
「ぐ、具体的にどのあたりか教えてくれると、今後の勉強になります」
俺としては『甘やかされる』という仕事をやり遂げた気でいた。
サキちゃんに遊んでもらって、マニュに散歩してもらって、エレオノーラと一緒にお風呂に入ってもらって、ルーラにマッサージしてもらった。
ついでに言うとごはんも食べさせてもらったし、今だって寝かしつけてもらっている。
こんなにされて『甘えていない』と評されるのは、ちょっと納得がいかなかったのだ。
その理由を問いかける。
ルーラはトントンと俺の肩をたたきながら、いかに俺が無能であるかを教えてくれた。
「まず初めに、ご主人様はためらいすぎです。特にスキンシップに対して過剰に反応しすぎかと……なんだかんだ、くっつかれるのはお嫌いではないのでしょう? なら、つべこべ言わずに受け入れてくださいませ」
「ぐふっ」
言われてみれば、思い当たる節はあった。
最終的には受け入れているとはいえ、俺はまずためらっていた気がする。『いやいや』『ちょっと待って』が会話の初めにつくことが多いので、そこを修正するべきだとルーラは言っていた。
「わたくしとしては、サキ様のようにたくさんスキンシップしてくれると嬉しいです」
あの子並みに俺がくっついたらセクハラになるような気がするんだけど。
――なんて考えてしまうことが、そもそもダメなのだろうか。
俺と彼女たちでは距離感が違うみたいである。
「か、改善します」
「もちろんです。しっかりしてくださいませ」
なかなか難しい問題だが、今後は意識して修正したいと思った。
「あと、こちらの顔色を気にしすぎです。波風立たないようにしているつもりかもしれませんが、わたくしたちは決してご主人様を見放したりしません。もっとわがまま言っていいのですよ?」
「ぐはっ」
それもばれていたのか。
ルーラの言う通り、俺は常にみんなの表情を観察している。常に彼女たちには笑ってもらおうと、無意識かもしれないがそう思っていたのだ。
「もっとわたくしたちを困らせてください。ご主人様のための苦労なら、苦労になんてなりません」
果たしてそれが良いのかどうかという問題はさておき。
要するにルーラは、俺の自主性を高めようとしているのだと思う。
ただ受け身でいても、与えられる幸せを甘受するだけでそれ以上はない。
もっと積極的にならないと、ルーラが理想に描いているであろう俺の幸せは訪れないと、そう言っているのだ。
「ご主人様の課題は『わがままを言う』ことですね。いっぱい甘やかされることがお仕事なのですから……わたくしたちに、もっと甘えてください」
当たり前だけど、甘えなければ甘やかせない。
つまりはそういうことなのだろう。
なんて――心が温かくなるような言葉なのだろう。
厳しいようだがまったく厳しくない。むしろ優しすぎる言葉に、自然と頬が緩んだ。
そうだ。彼女たちにもっと頼っていこう。
ずっと一人でいたから、他人と一緒に過ごすことに慣れてはいない。でも、自然に振る舞えるくらいにはなれるよう意識しよう。
もっと俺の意見も言って、彼女たちにもっと俺のことも分かってもらおう。
そうしたらきっと、今より幸せになれるかもしれない。
みんなも、楽しいと感じてくれるかもしれないのだから。
「ふぅ……ご主人様とお話しできて、満足しました。そろそろ眠りましょうか」
ここまで話したところでルーラは手を止めた。
どうやらもう就寝のようである。
「分かった。おやすみ、ルーラ」
「おやすみなさい、ご主人様」
挨拶を告げて、俺は目を閉じる。
こうして、俺は眠りについた。
この家に来て二日目の仕事が終わったのである――




