第二十二話 あなたが幸せになるために、あなたは私を幸せにしなければならない
体を洗い終えた俺とエレオノーラは、湯船に浸かることにした。
まだルーラたちも帰ってきてないようなので、俺も彼女のゆっくりしている。
「下僕と一緒のお風呂は、なかなかいいわね……これからは毎日入りましょう? 触れ合いっていうのも大切だと思うの」
「ま、毎日は、ちょっと……」
「そんなこと言っていいのかしら? 私のこと、幸せにするのでしょう? だったらお風呂くらい入りなさいよ」
それを言われたら弱い。
「あ、これもルーラの言う『お仕事』になるのじゃないかしら?」
そこも付け加えられたらぐうの音も出なかった。
「タイミングが、合えば……ぜひ」
「ええ、そうしましょう。まぁ、私は朝昼晩の三回は必ず入っているのだけれど、その内の一回だけで許してあげようかしら。優しいでしょう?」
「うん、ありがとう」
エレオノーラには負い目もあるせいか頭が上がらない。
だから、彼女の要求は全て聞くしかないのだ。
俺なんかとお風呂に入りたい、だなんて……不思議な子だと思う。
魔王の娘だからなのか、やっぱり普通とは違うように感じた。
「……エレオノーラ。ちょっと質問していい?」
「いいわよ。おっぱいは最近膨らみ始めたわ」
「どうしてそこで胸の話になるのかは分からないんだけどっ」
一緒にお風呂に入っているのだから、そういう話はやめてほしい。変に意識してしまうと、自分を嫌いになりそうなのだ。
彼女の発言は忘れるよう努めて、俺は気になっていたことを口にする。
「俺のこと、なんでそんなに気に入ってるの? どうして、俺に構ってくれるの?」
そう。
ただでさえ『人間』という魔族の天敵で、しかも彼女の父を殺した俺を、どうしてエレオノーラは『好き』と言ってくれるのか。
それが少し、分からなかったのである。
「その質問に答えるのは恥ずかしいわね。あなたを好きになった理由を言え、だなんて……鬼畜だわ」
「あ、えっと、答えにくかったらいいんだけど」
「……まぁ、知りたいのなら教えてあげる。下僕のお願いを聞けないような、器量の狭い私ではないもの」
彼女は小さく笑ってから、静かに語り出した。
「昨日も言ったのだけれど、『一目惚れ』しちゃったの。人間の分際でありながら、あの父を倒したあなたに、心を奪われた」
これは確かに、昨日も聞いた覚えがあった。
そしてここからは、俺の知らなかった彼女の気持ちである。
「あと、見捨てられなくなったわ」
「え? な、なんで?」
「だって、あなたはとても寂しそうだったもの。たった一人で、仲間も作らず、ただただ魔王である父を倒すことだけを目指しているような人生って、考えただけで胸が苦しいわ」
「っ……」
彼女の言葉に、俺は息を詰まらせる。
確かにその通りだった。俺は『魔王を倒す』ことだけを目指して生きていた。
魔王を倒しさえすれば、幸せになれると勝手に思い込んでいたのである。
お金も一杯もらえて、称賛もいっぱい受けて、順風満帆な人生を歩めると――勘違いしていたのだ。
だから俺は戦うことのみをやって生きてきた。
しかし、いざ魔王を討伐しても、俺の思い通りの結果になることはなくて。
更には、戦うこともできなくなったせいで、何もできない身となった。
人生の目的も、自分の価値も、全てをなくした俺は――とても哀れである。
少なくとも、仮に俺を好きな人がいたとしたら、その人が悲しむくらいには寂しい生き方だろう。
「最初は、やっぱりあなたは人間で、私は魔族だし……好きという気持ちも忘れようと思った。だけど、やっぱりは忘れられなかったわ。だから、あなたの境遇を思うと眠れなくなってしまった」
エレオノーラは俺の頬に触れて、慈しむように優しく撫でる。
その手のひらの温かさに、胸が満たされていくような感じがした。
「そして私は、好きな人のいるところに行くことにした――あなたを、幸せにするために」
俺を幸せにする。
そう決意していたから、彼女は俺に構ってくれるのだ。
俺を幸せにするために、俺のことを好きでいてくれる。
そんなことを、彼女は言っていたのである。
「ふふっ……あなたは私に負い目があるでしょう? 私がいくら気にしないと言っても、私の父を殺したことにずっと責任を感じているわ。だからあなたは、このままじゃ幸せになれない。私を幸せにしてようやく、あなたは幸せになれる」
時折口にする『私を幸せにしなさい』という言葉の理由も彼女は教えてくれた。
全部俺のための言葉だったのである。
「――ありがとう」
無意識だった。
俺は、彼女を抱きしめていた。
深い深い愛情に、胸を打たれたのだ。
「んっ。急だわ……でも、嬉しい。ようやく、自分から私に触れてくれたわね」
俺の抱擁を、彼女は喜んでくれる。
嫌がったりは絶対にしなかった。
それがとても嬉しかった。
ずっと孤独だった。
だけど、エレオノーラや他のみんながいるおかげで、俺はようやく『幸福』というものが何なのか、分かった気がする。
幸せとは、なんて温かいのだろう。
まるで、抱きしめているエレオノーラの体温のように……とても心地良いものだった――




