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第二十一話 『無理』というのはね、嘘つきの言葉なのよ

「下僕。私の髪の毛、洗いなさい?」


 そう言ってエレオノーラは俺の方に歩み寄ってきた。

 裸である。


「いやいや! い、一緒に入るのは百歩譲って良くても、適度な距離感っていうのが大切じゃないかなっ?」


「……ええ、分かったわ。距離感を大切にしましょうか……数センチくらい?」


 驚きの近さである。

 俺の『適度』と彼女の『適度』には大きな差異があるようだった。


 シャワーを浴びる俺の前に、彼女はぺたりと腰を下ろす。


「ほら、早く」


 それから、銀色の髪の毛をぐいっと近づけてくるのだ。


「さすがに、これはやりすぎというか……ちょっと『無理』かなって思うんだけど」


「『無理』……? なによ、昨日も一緒に入ったでしょう? 体だってルーラに洗ってもらってたじゃない」


「『触られる』のと『触る』のは大きく違うんだよ……」


 倫理的に、俺はそう思っている。

 しかしエレオノーラは不満そうだった。


「……私、父が亡くなってとても寂しいわ」


「ぐはっ」


 大ダメージである。

 それを言われると、罪悪感が押し寄せてきた。


「ごめんなさいとしか言えないです……」


「まだ年端もいかない女の子なのよ? 人肌恋しいわ……温もりが足りないの。父が亡くなったから、誰とも触れあえなくなっちゃったわ。昔はよく、父に髪の毛も洗ってもらってたのに……」


「ぐふっ」


 更なる追加ダメージ。

 こんなこと言われると、彼女のお願いを断るのは不可能だった。


「お、俺で良ければ……髪の毛、洗ってもいい?」


 逆にお願いすると、エレオノーラがニヤリと笑った。


「洗いたいの?」


 おっと、立場が逆転したみたいである。

 今度は俺が懇願しなければならないようだった。


「うん、洗いたいです」


「『無理』ではなかったのかしら?」


「……エレオノーラの髪の毛なら、洗えます」


「そう? なら、しょうがないわね……髪の毛、洗わせてあげるわ」


「ありがとうございます」


 なぜか俺の方がお礼を言うことになっていた。


 くっ、魔王を討伐したことに後悔はないが、それを娘であるエレオノーラに突かれるのは痛い。


 どんな要求だろうと聞かずにはいられないのだ。


「早くなさい?」


「失礼します」


 シャワーをかけてから、シャンプーを手に取る。


 大切なのは手のひらで泡立たせることだ。原液を髪の毛につけて、そこから泡立てるのはあまり良くないと聞いたことがある。髪の毛が傷むらしい。


 俺は男だし、知識はあっても面倒で実践したことないが、エレオノーラは女の子なので気を付けることにした。


 銀色の髪の毛は一本一本が細くて綺麗である。

 当然、乱暴に洗うことはできなくて、優しく髪の毛を洗った。


「力加減はどう? 痛くない?」


「んっ……上手よ。合格だわ」


「なら、良かった」


「ええ。父より遥かに上手よ……父は加減とか知らなかったし、小さい頃一度一緒に入った時とてもひどい目にあったわ。それ以来、父とは絶対にお風呂入らなかったくらいよ」


「え? さっき、父の温もりがなんとかって言ってたよね?」


「…………下僕、愛しているわ」


「誤魔化されないよ? まったく……まぁ、いいんだけど」


 魔王の娘は結構したたかである。魔王と一緒に入っていた云々は結局嘘らしい。


 俺の弱みに付け込むのが非常に上手かった。


 マニュとはまた違った意味で、俺を困惑させるタイプである。


「ふふっ……下僕、私の髪の毛、きちんと洗えてるじゃないっ」


 エレオノーラはとても気持ちよさそうだった。

 機嫌も良いみたいで、声もいつもより少し弾んでいる。


「やっぱり、『無理』というのは嘘つきの言葉なのね」


 だからなのか、普段は言わないような冗談を口にしていた。


「下僕は私の髪の毛を洗うのは『無理』と言ったけれど、なんだかんだ実行できてるわ。『無理』ではなかったということで、つまり下僕の『無理』という言葉は嘘ってことよね?」


「うーん……それはちょっとおかしいような」


「おかしい? 何が、おかしいのかしら?」


「『無理』っていうのは『不可能』って意味じゃなくて、『実行が難しい』って意味合いの言葉だと思うんだけど」


「そうなの? なら、父の言葉は間違ってたのね」


 なんだ、魔王の言葉だったのか。

 確かにあの魔王なら言いそうだった。


「そういうことだから、別にエレオノーラに触るのが嫌ってわけじゃなかったよ? ただ、エレオノーラみたいにかわいい女の子に触るのは、恥ずかしいってだけだから」


 勘違いしないように率直な気持ちを伝えると、エレオノーラは小さく体を揺らした。


「ふーん? なら、許してあげるわ。だから、もっと『かわいい』って言って」


 どうやらかわいいと言われたことが嬉しかったみたいである。


「……かわいい」


「いやん、照れるわ……でも、気分はいいわね。これからはことあるごとに言ってもらおうかしら」


 少し恥ずかしいのだが、まぁ彼女が喜んでくれるならそれでいいかもしれない。

 それでもやっぱり、一緒にお風呂はまだ恥ずかしいので、遠慮してくれると嬉しいんだけど。

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