第十五話 サキがあそんであげるねっ!!
サキちゃんが起きた頃には、散歩に出ていたマニュもお風呂に入っていたエレオノーラも朝食の席に着いていた。
遅れて、俺も未だに寝ぼけ眼のサキちゃんと一緒に席に着く。
朝食はパンと米が用意されており、おかずも多種揃っていた。
ルーラはメイド服を着ているだけあって料理が得意みたいである。どれも美味しかった。
「やっぱり、ごはんをいっぱい食べてくれる人がいると作り甲斐がありますね。お昼も楽しみにしてくださいませ」
そんなことを言われては、期待せずにはいられなかった。
美味しいごはんが食べられるのは、何よりの幸せだと思う。
「それで、本日のご主人様のお仕事についてなのですが」
朝食を終えて身支度を整えたあたりで、ルーラが今日の業務について指示を出してくれた。
「何をやればいい? 家事でも、買い物の荷物運びでも、庭の草刈りでも、何でもやるよ?」
「いえ……家事はわたくしがやるので結構です。買い物は、エレオノーラ様とマニュ様が本日の担当となっております。お庭の草刈りはまだ大丈夫です」
俺の提案はことごとく却下された。
それではいったい、何をやればいいのだろうか。
首を傾げたところで、ルーラがこんなことを言うのだった。
「ご主人様のお仕事は――サキ様に遊んでもらうことです」
と、いうことで。
「パパ! きょーはサキがあそんであげるねっ!!」
俺は、サキちゃんに遊んでもらう仕事に従事することになったようだ。
――サキュバス。
亜人種という、人間の姿をしていながら人間でないとされる彼女たちは、昨今の世の中では迫害の対象となっていた。
特に純血主義の貴族は酷い。
亜人は魔物と同種だという暴論を平然と口にする輩もいるほどだ。
一応、王国としては亜人種の迫害を禁じているので表立った事件はないが、それでも亜人種にとって人間の世界は住み心地が悪いことは事実である。
エルフ、ドワーフ、そしてサキュバスといった種族は普通の人間では見つけ出せないような秘境で暮らすようになった。
ちなみに、亜人種と魔族はちょっと違う。
亜人のルーツはあくまで人間なのだが、魔族のルーツは魔物である。
人が魔物のような性質を持った生物が亜人であり、魔物が人のような性質を持った生物が魔族と言えよう。
だから魔族の中には人間を食べる種もいるし、明確な殺意を示す者も存在する。
エレオノーラは狂暴ではないが、だいたいの魔族は人間を食料か遊び道具としか思ってないので、俺たち人間も対抗しているというわけだ。
世界は広い。
様々な種族が生息している。
その中で一番、立場が悪いのは――もしかしたら、サキュバスだったかもしれない。
彼女たちの種族には『女性』しか存在しない。
子供を産むためには、他種族の男性が必要なのだ。
故に、他種族からは最も煙たがれていた。
性に惑わし、堕落させる。
そういった印象が強くあるようなのだ。
とはいえ、そういった偏見は俺にはない。
何度かサキュバスの村にはお世話になったことがある。彼女たちは露出こそ多かったが、普通の女性だった。
確かにエッチだったかもしれないが、忌避するほど悪い種族じゃない。
だから、何者かの襲撃を受けて村が壊滅したと聞いた時は、とてもショックだった。
せめて、俺がその場に居合わせていたら――なんて後悔するのは、もう遅いだろう。
俺に出来ることは、唯一生き残ったサキちゃんを大切にすることくらいである。
この子が望むことなら何でもやる。
そんな心構えはあった。
「サキちゃん、何して遊んでくれるの?」
「えっとね~……おうまさんごっこ!」
「え? お馬さんごっこだよね? なんでお洋服脱いでるの!?」
「……? おうまさんごっこは、およーふくぬぐんだよ? パパ、しらないの?」
「いやいや、それはおかしいから……サキュバスのお馬さんごっこ、絶対にお馬さんごっこじゃないからっ」
だけど、裸のお馬さんごっこを許容するのはできなかった。
サキュバスの村の皆さん、ごめんなさい。
いくらサキュバスでも、小さい子にこんなこと教えるのはダメだと思います。
「もうっ。パパ、わがままはダメなんだよっ?」
スカートを脱ぎかけていた彼女は、むくれたようにほっぺたを膨らませる。
俺はスカートをしっかりと履かせながら、とりあえず謝っておいた。
「ごめんね……別の遊びにしてくれる?」
「……んっ」
サキちゃんはそっぽを向きながらも、おもむろに頭を向けてきた。
まるで『撫でろ』と言わんばかりの態度である。
要求通り、ピンク色の髪の毛に触れた。
優しく左右に動かすと、彼女は気持ちよさそうに表情を崩した。
「んにゃ……しょうがないな~。サキね、やさしーからゆるしてあげますっ」
それから満面の笑顔を浮かべてくれるのだ。
「じゃあ、おままごとしてあげるね! パパ、うれしーでしょっ?」
「うん……ありがとう。いい子いい子」
今度は髪の毛をくしゃくしゃにするように撫でると、サキちゃんはいよいよ幸せそうに抱き着いてきた。
「えへへ~。サキ、パパになでなでされるのだいすきぃ」
こんなに、かわいい子に育つなんて。
きっと彼女は、サキュバスの村でもみんなに愛されていたのだろう。だからとってもかわいくて無邪気な女の子に成長しているのだ。
彼女を愛したみんなはもういないかもしれない。
でもこれからは、俺が村のみんなの分まで、愛してあげたいなって思うのだった――