第十二話 明日から本格的に『甘やかされる』お仕事が始まりますので
「ご主人様は、この家でずっとダラダラしていてください。それがお仕事なのですから」
深夜、俺とルーラは外でおしゃべりをしていた。
あまり盛り上がっているというわけではないが、不思議なことに彼女とのおしゃべりは長く続いた。
「いやいや、そういうわけにはいかないから……でも、当面はゆっくりさせてくれると嬉しいかも。怪我が癒えたら、少しずつ動けるようになりたいなぁ」
「……そんなに、怪我は酷いのでしょうか。お風呂場で見たところ、目立った傷跡はなかったように見えたのですが」
「うん。見た目は大丈夫なんだけど……体内の魔力が、暴走してるんだ」
人間には魔力というエネルギーが宿る。
それは通常であれば一定の速度で循環しているのだが、俺の体内魔力は暴走している状態だ。
「魔王との対決で無理しちゃったみたいで……全身が思い通りに動かせないんだ。日常生活はどうにかなるんだけど、ちょっと無理したらすぐに痛くなる」
リミッター、と表現したら分かりやすいかもしれない。
魔王との戦いでこのリミッターを解除したまま長時間戦い続けたばっかりに、俺の魔力は常に暴走状態になっていたのだ。
魔法はもちろん使えないし、余剰エネルギーが全身に負荷をかけているから厄介である。
「しばらくしたら状態もマシになってくると思う
「……もし怪我が治ったら、その時はここから出て行くのですか?」
ルーラが少し不安そうに表情を曇らせる。俺がどこかに行くと思っているらしい。
出て行くつもりはないので、慌てて言葉を付け足した。
「出て行かないからっ。体が動かせるようになったら、ギルドでクエストを受けたりしてお金を稼ぎたい。みんなに、少しでも還元できたらいいなって、思ってる」
俺は彼女たちに感謝している。
こんな俺を受け入れてくれたのだ……しっかりと恩返しがしたい。
金銭的にも、せめて体が動かせるようになったら、俺にかかった費用分くらいは稼ぎたいと考えていたのだ。
「そういうことなら、良かったです」
ルーラは安堵の息をついて、微笑んだ。
「お金のことは気にしないでいいですよ? エレオノーラ様が、魔王城から高価な宝石をたくさん持って来てくれました。お金はものすごく有り余ってます」
「……そ、そうなんだ」
お金に困っていた俺からすると、今の発言は反応に困った。
分かった、とは言いにくい。確かにあるのだろうけど、やっぱりただ甘受するだけは個人的に気持ち悪い。
「だけど、みんなのためになりたいから……あんまり意味はないだろうけど、自己満足のためにそうさせてほしいかも」
率直に考えを告げると、ルーラはコクリと頷いてくれた。
「お気持ちはとても嬉しいです。ですが、『がんばる』ことは業務違反ですので、ほどほどを心がけてくれると助かります」
がんばらなくていいと、ルーラは言っていた。
なんだか力が抜ける言葉だった。
「がんばらないことを、がんばればいいの?」
からかうようにそう言うと、ルーラは困ったように視線を泳がせた。
「それは、その……ご主人様は、意地悪です」
彼女は少しむくれたように唇を尖らせる。
「わたくしは、『がんばる』という言葉が嫌いです。だってそれは、『無理をする』と言っていることと同じだからです」
「……そうなんだ」
「はい。だから、ご主人様には『がんばらないこと』を厳命します。業務違反をした場合には、わたくしが拗ねますから」
「拗ねるのは、ちょっと困るかも」
苦笑しつつも、気分は穏やかだった。
純粋な思いがとても嬉しい。心がほっこりしていた。
「ご主人様は何も気にしないでくださいませ。魔王を討伐して、数えきれないほどの人々を救ったのです……もうそれだけで十分でございます。後は、余生をのんびりすごすべきです。何不自由なく、ただ生きてください」
肯定の言葉が心に染みわたった。
魔王討伐の依頼を出した姫様も、ギルドも、ただただ淡々としていた。
事務的な態度はあまり気分の良いものではなかった。
俺はもしかしたら、もっと褒めてほしかったのかもしれない。
努力を認めて欲しかったのかもしれない。
その欲望をルーラが満たしてくれた。
本当に、彼女は――優しい子である。
「ありがとう」
改めてお礼を口にすると、ルーラはよしよしと俺の頭を撫でた。
小さい女の子に小さい子扱いされているみたいで恥ずかしかったが、気持ちが嬉しかったので抵抗はしないでおくことに。
「気分は、落ち着きましたか? もう眠れそうですか?」
「うん……ちょっと、眠いかも」
気分も安らぐと、不意に睡魔が俺を襲った。
これならぐっすり眠れそうである。
「それなら、どうぞお眠りください……わたくしは後片付けなどしておきます」
「分かった。おやすみ、ルーラ」
「歯は磨いて眠ってくださいね? あと、明日から本格的に『甘やかされる』お仕事が始まりますので、覚悟しておいてくださいませ」
「……そ、そっか。うん、覚悟しておく」
そして俺は家の中へと入る。
歯を磨いて布団に入ると、すぐに眠ることができた。
心はとても穏やかである。
久しぶりの、熟睡だった――