第十一話 『みんなのお家』ができた経緯
「ルーラ。そろそろ、みんなのことについて聞いていい?」
ちょうどいい頃合いだと思った。
ルーラ以外の彼女たちはぐっすりと寝ている。
その間に、みんなのことを聞いておこうと思った。
「どうしてサキちゃんはサキュバスの村にいないの? アンラ・マンユがどうやって封印を解いた? エレオノーラはどんな手段でゲートをくぐってこの人間界にやって来れた?」
まず普通に考えて、この状況はおかしい。
小さな家に四人の幼女が住んでいる。しかも四人とも家族でも親族でもない、他人だ。
加えて、彼女たちは各々が特別な身の上である。
疑問は、ここに来た当初からずっとあった。
「ルーラも……辺境の村娘が、どうやってここまでたどり着けたの?」
正直なところ、四人がここにいることには違和感がある。
サキちゃんはサキュバスの村で大切に育てられていた。あの村が、この子をたった一人で旅に出すとは考えにくい。
アンラ・マンユ――マニュはしっかりと封印されているはずだった。俺が倒した直後、力尽きて眠りについたところを俺自身が確認している。
エレオノーラは、魔王の娘だ。人間にとっては疑いようのない敵であり、討伐対象でもある。魔界から人間界に繋がるゲートだって、見張っている兵士がいるのだ。無傷でくぐり抜けられるわけがない。
ルーラはとても遠い地の村にいた女の子だった。あの場所からこのカントリー王国までたどり着くのは、普通の村娘には不可能である。
「みんなこと、教えてほしい。これから一緒に生活するんだから、きちんと分かっておきたい」
ここで生活させてもらうのだ。
しっかりと、みんなのことを知って仲良くなりたかったのである。
「……わたくしのお答えできる範囲で、よろしいでしょうか?」
「うん。お願い」
ルーラは少し気乗りしないようではあったが、俺のお願いを聞いてくれた。
ゆっくりと、彼女は語り始める。
「まずわたくしは、旅をしてここまで来ました。ご主人様には信じられないかもしれませんが、普通に旅をしたのです」
「ここまで来るのに魔物の生息地も多いのに、一人で来れたってわけ?」
「一人、というわけではありません。道中で出会ったのが他の皆さまなのです」
つまり、ルーラは旅の途中で三人と出会い、一緒に旅をしてここまで来たと言っているようだった。
「最初に出会ったのは、マニュ様でございます。彼女は何者かの手で封印が解かれたらしく、ご主人様を探していたそうです。それからわたくしと行動を共にすることになりました」
「……誰が封印を?」
「申し訳ありません。それをお答えするのは難しいです」
つまり、分からないらしい。
なるほど、マニュはたまたまルーラと出会ったのか。確かにルーラの村とマニュが封印されていた地点は、そう遠くもない……色々と気になる点はあるが、理解できなくもなかった。
マニュがいれば、ある程度の魔物も追い払えるだろう。
そう考えると、ルーラがここまで来れた理由も説明がつく。
「エレオノーラ様は、何者かの手引きで魔界から人間界にやって来たそうです。身よりもないのでご主人様を頼ろうとしていたみたいで、目的が一緒だからとわたくしたちと旅をすることになりました」
「……その何者かはやっぱり答えられない?」
「はい。申し訳ありません」
そして魔王の娘が人間界で目立たずに動けたのも、協力者がいたからのようだ。
エレオノーラの顔は人間界に知れ渡っているわけでもないし、魔界のゲートに駐在する兵士たちをくぐり抜けたら……隠れることも可能かもしれない。
まぁ、納得できなくもなかった。
「サキ様については、ちょっと言いにくいのですが……村が、壊滅しておりました。彼女はサキュバス唯一の生き残りで、旅の道中に拾ったのです」
「――サキュバスの村が、滅んだ!?」
無意識のうちに声が大きくなった。
まさかの言葉だったのである。
「な、なんでっ」
「……詳細は分かりません。ただ、何者かの襲撃があったらしいです。それだけしか、わたくしには言えません」
ショックだった。
何より、サキちゃんの事情を思うと胸が苦しくなった。
たぶん、サキちゃんはとても幼いので、村が滅んだこともあんまり理解してないだろう。
しかし、急に知り合いがいなくなってキョトンとしていたはずだ。
そこでルーラたちが拾ってくれたのは、幸運だったとも言える。
サキュバスの村は秘境にあるが、実は人々に知れ渡っていないだけでここから結構近いところにある。
だから、ルーラの説明は筋が通っていた。
「こうしてわたくしたちは出会い、協力して、ご主人様と暮らす家を作りました。そして今に至るというわけです」
……よくよく考えると、不可解な点は多い。
マニュの封印が解けたことも、エレオノーラの協力者も、かなり都合がいいように感じてしまった。
サキちゃんについては、彼女一人だけが生き残る理由も不可解である。
本当はこのあたりも言及したかった。
しかし、ルーラがこれ以上しゃべることを嫌がっているような気がした。
「そっか。教えてくれてありがとう」
だから俺は、何も聞かないことにしたのである。
言いたくないのならそれで良かった。聞かないことでルーラが嫌な気持ちにならないのなら、それでいい。
「わたくしたちは、ずっとご主人様と会うことだけを夢に見ていました。本当に、会えて嬉しいです」
「うん……俺も、会えて嬉しいよ」
とりあえず今は、再会を喜べばいいかなって思った――