前世はゴリラ
彼を知るものは必ずこういう「ゴリラ」と。
決して本意による悪口などではなく、彼の外見的な印象がそうさせてしまうからだ。
恵まれた体格に、物理法則を捻じ曲げた様な筋肉の付き方、毛深い体に角刈り頭。
彼をみて「ゴリラ」と言わずしてなんというのだろうか。
それが、からかわれる原因や、イジメの原因になっているのならば問題にもなるだろう。しかし彼本人が、自己紹介をする際に、自分をゴリラと呼んでくれと言うのだから、そう呼ぶしかないのだ。
ある日、彼の人生は唐突に終わってしまう。
だが、彼の人生の最後はとても満足できるようなものでは無かった。
ゴリラの人生最後の日。その日は中間試験の実施日であり、それを終えた放課後の事である。
ゴリラと友人は明日も続くテストに向けて、勉強会なるものを行うとしていた。
「なぁゴリラ、明日のテスト勉強どこでやんべ?」
「あれじゃないか? どっかのレストランみたいな飲食店で」
「店どーすんだよ。この間追い出されたじゃんか」
ゴリラと会話をしているのは、見た目が対象的なヤンキーの様な男であった。
一般的な高校生と言える体格であり、茶髪に着崩した制服。
ゴリラが服を着たゴリラであるなら、友人はドロップアウトしそうなヤンキーであった。
「それは……仕方ないだろう。頭の良いお前と違って、俺の課題が終わらないんだから」
「頭なんて良くねーよ。授業聴いてノート取ってりゃ平均点より上は取れんの」
どうやらヤンキーは見た目と違って、酷く一般的な生徒の様だった。
「それは勉強の出来る奴のセリフだ。頭の悪い俺と違って、お前は頭良いんだから」
見た目と中身は反比例とはよく言うが、ヤンキーの男は格好以外は優秀な生徒であるようだった。
「そりゃあ、ゴリラが授業中にバナナ食って寝てるからだろーがよ。テスト前の週に1回でも、授業中バナナ食ってなかった事あったか?」
ゴリラは好物でさえもゴリラらしい。キャラ付けなのだろうか!
「そりゃあ当たり前だ。授業は食事をする時間じゃないからな」
「お前全部の授業で食ってたじゃねぇか! 毎回匂うんだよ教室中に!」
ゴリラはどこまでもゴリラであった。
「筋トレとバナナは相性がいいんだぞ?」
「いや知らんて。つーか筋トレよりテスト勉強だよ、テスト勉強」
「俺の今年の目標を知っているか? 筋肉向上だ。テストよりも筋肉だ!!」
ゴリラは脳筋ゴリラでもあるようだった。
「いやだから知らんて。このままだと留年すんぞ? 来年で俺ら受験だべ?」
「テストなんぞに筋肉は引かぬ!」
なんでこのゴリラ進級できたの。
「はぁ……バナナやるからさっさと勉強すんぞ」
「ウホッ。それを待っていたんだ」
誰かこのゴリラもうどうにかして。
そんな二人の(?)会話を遮るかのように、パァーとクラクションの音が周囲を切り裂く。
突然、一人と一匹は音の方へと全力で走り出す。トラックの前に飛び出した子供を救わんとする為に。
「俺に任せとけ!うぉおおおおお」
縄張りを守るかのように、全力で走り出し叫ぶ姿は、まるで本物のゴリラのようであった。
急ブレーキをかけるトラックと、怯えて動けない子供の間に、人を超えた速さでゴリラは割り込む。
ガゴンッ!と大きな音が鳴り、残ったのは、焼けたゴムの臭いに、フロントバンパーのひしゃげたトラック、そして仁王立ちするゴリラであった。
「大丈夫か少年?」
何が起こったのか理解できない少年に、ゴリラは優しく話しかける。何事も無かったかの様に。
「だ、大丈夫です……あ、ありがとうございました。」
困惑しながらも少年はなんとかお礼を言えたようだ。
お礼を聴くと、ゴリラは満足そうに地面へと倒れこむ。
いくらゴリラと言えど、トラックへぶつかり、そのまま止めるのに、無傷という訳にはいかないようだ。あくまで人間なのだから。
生きていることが奇跡と言っても差し支えないだろう。立つ力が入らないだけで、意識はしっかりとあるのだから余計に。
が、奇跡には不幸がつきものである。そして奇跡は何度も続かない。
急停車したトラックの後方を1台の乗用車が走っていた。当たり前の様に、車は急に止まれない。乗用車は止まれずに、トラックへと突っ込んでいく。
玉突き事故の産物。そう表現したらいいのだろうか。止まっていたはずのトラックは、乗用車に押し出され前に進む。たった少しの距離であったかもしれない。
しかし、地面へと倒れこむゴリラの首を刈り取るには十分であった。
ゴリラは――彼は意識のある状態で首をタイヤに押し潰される。痛みの中で最後に見たのは、真っ赤に染まった自分の体であった。
連投でござる