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世界観とか適当です。
「ほら、金貨二枚だ。はやく頼むよ」
男がそう言って差し出すそれを、私は笑顔で受け取った。そこからはいつも通りの流れ。男は乱暴に服を脱ぎ捨てると、私をベッドに押し倒す。この男はどうやらSっ気があるようで、私が抵抗を見せると下卑た笑みを浮かべるのだ。
「今日のレリスちゃんも可愛いよ」
嬉しくもない、気持ちの悪い言葉に私は吐き気を感じる。けれど私の口から出た言葉はその気持ちとは裏腹に「ありがとうございます」だった。きっと私以外の人にも同じ言葉を並べているのだろう。そんなことを考えてしまう自分が気持ち悪い。
初めてあった時、私が服を脱ごうとすると男はそれを制止した。着ながらしたい、と男は言う。私はそれを気にするはずもなく、ただ、この男の好みはこれなのだと脳に焼き付ける。彼は大事なお客なのだ。好みを把握していればそれだけ需要が高まることを私は知っていた。それから幾度と会ってるけど、相変わらず服は着ながらだった。
薄暗い部屋に男の息遣いと私の喘ぎ声が響く。はっきり言って気持ちが良いわけではない。ただこうしてそれっぽく喘ぐだけでこの男は獣のように昂ぶるのだ。その証拠にさっきから動きがより一層激しくなっている。本当に気持ち悪い。
「今日はありがとう。また頼むよ」
事が終わり、私と男は部屋を出た。彼は颯爽とその場を後にして、私は一人その場に立ち尽くし右手に持っている金貨二枚をぼんやりと見つめる。贅沢しなければ一ヶ月は生きられる大金だ。なのに、嬉しくない。不思議と涙が零れる。もう慣れたと思っていたはずなのに、それは勘違いだった。
泣きながら佇む私を道行く人々はちらりと見るだけで先を急ぐ。誰も私に声を掛けてくれない。誰も助けてはくれない。生きたいなら自分で何とかするしかない。
だから私は体を売ってお金を稼いでいる。短時間で大金が見込めるのだ、やらない手はない。もちろん理由はそれだけではないけど。
私がこの世界に来たばかりの頃、体を売って稼ぐという手段は考えてもなかった。わからないことばかりで何をしようかと考えていた時に、一人の女性が私を拾った。彼女は酒場を経営していたようで、そこで給仕として働くことになったのだ。身の上もわからぬ私を拾ってくれただけでも感謝極まりないことだが、更にこの世界についても教えてくれた。初めは無知な私を訝む彼女だったけれど、何も言わずに私の質問に答えてくれた。
どうやらここは見知った地球のようだ。そしてここは「竜の国」と呼ばれ、人間が暮らす所だという。まさか人間以外の種族がいるのかと問えば、彼女は頷いた。私が元々住んでた「日本」ではなさそうだし、更に言えば同じ地球でもそれが本物だとは限らない。不安で胸が詰まりそうだった。
そんなこんなで三ヶ月。私はそれなりに恩を返せたといえるくらいには働いた。この世界にも少しずつ溶け込み、安定した生活が出来てきた。お客にも顔と名前を覚えられ、私はいつの間にか酒場のアイドル的存在になっていた。順風満帆の生活を送れそうだと確信していた。
そんな頃に事件は起きた。
酒で酔ったお客同士が喧嘩を始めたのだ。これくらいなら日常茶飯事で、いつも彼女が客を宥めて事なきを得ていた。私はこの時もそうなるだろうと半ば呆れた表情でいると、早速彼女が現れた。
「どうしたの、なにがあったの」
彼女は必死に互いを宥めようとしていた。相変わらず大変だな、なんてことを思いながらお客に頼まれたお酒を取りに、騒がしい彼等の隣を通って倉庫へ向かった。はずだった。
私は突然不可解な力に引っ張られ、そうかと思えば今度は力任せに吹き飛ばされた。訳の分からない状況に頭は追いつかず、体中に痛みが生じた。要するに、お酒で酔った一人の客に掴まれ吹き飛ばされたという簡単な状況だったわけだけど、それだけで火の粉は対岸まで届いてしまった。
「てめぇ、俺達のレリスちゃんになにしやがる!」
そう言って男は私を投げた男に殴りかかった。もう収拾つかなくなり、店は大乱闘状態。誰がこの状況を収めるのかと店の隅っこで縮こまっていると、一発の銃声音が鳴り響く。
辺りは一瞬で静かになった。物音一つなくなった酒場はまるで時が止まってしまったかのように思えた。けれど、そんなことはなかった。ばたん、と何かが床に落ちる音が響く。皆が一斉に注目する。そこにいたのは床に伏せる一人の女性。
「えっ……」
無意識に声が出る。その女性を中心に赤い何かが床を伝って広がっていく様は、見慣れていて、けれど生まれて初めて見る光景だった。私はうまく立ち上がれず、赤ん坊のように拙い足取りで女性の元へ駆け寄る。
彼女は死んでいた。
それはあまりに突然で、あまりに非現実的だった。彼女を殺したのは誰だ?彼女を撃った奴は誰だ!周りをぐるりと見渡すも、それらしき人物はいない。逃げた。それが私には堪らなく悔しかった。どうしてこうなってしまったのか、今までと何が違ったのか。
結局、彼女が死んでしまってから私はその家を追い出された。酒場も後を継ぐ人間がおらず潰れてしまった。残った銀貨数枚ではとても生きてはいけない。それに、あの事件のせいで生きる気力すらなくなってしまった。でも生きなければ。その為には働かなければならない。しかし今の私は15歳程度の幼い少女だから、雇ってくれる店なんてどこにもない。あの酒場は特別だったのだ。
私は道中で見つけた安い宿屋に泊まることにした。もう疲れた。とにかく眠りたかった。
皆が寝静まった夜に、微かに聞こえる小さな音。それはゆっくりと、確実に私の方へ近づいてくる。私は一人で利用しているから誰もこの部屋には入ってこないはず。しかし音は近づいてくる。やがてそれは私のすぐ近くで停止した。私は恐る恐る目を開くと、見たことのない男が立っていた。声をあげようとするもすぐに大きな手で口を抑えられ、呼吸がまともに出来なくなりパニックになる。
男は耳元で「騒いだら殺す」とだけ言うと、その手をゆっくりと離した。彼の右手には刃物が握られその刃先は私を捉えて逃さない。こんな状況は初めてで、心臓はバクバクと音を鳴らし瞳孔が開き口が乾く。私の眼は刃物と男を交互に見るだけで、自分から行動することなど出来るはずもなかった。
男は刃物を握る手を緩めることなく、私に一つの要求をしてきた。
「服を脱げ」
緊迫した状況の中、男の言葉に我が耳を疑った。それはあまりに意外で、頭の中が一瞬で真っ白になった。当然ながら私に拒否権はない。断れば何をされるかなんて分かってる。遅かれ早かれ、男の要求は、つまりそういうことなのだろう。
いつまで経っても脱ごうとしない私に我慢ができなくなったのか、男は手に持っていたナイフで私の服を切る、なんてことはしないでそのナイフを私の首元に当てながらそれはそれは器用な手付きでもう一方の空いている右手を使って服を脱がしていく。
私はこの時初めて、女の体である自分を恨んだ。もしこの世界に来る前のように男であったならばこんな事態は起こらなかったはずだ。この世界に来て、どうしてこうなってしまったのかは分からない。わからないならば慣れるしかない。三ヶ月、長いようで短かったあの環境に身を置いていたからこそ体には慣れる事ができた。しかしだからこそ肝心なことを私は忘れていたのだ。この状況はそんな私に対する答え合わせのようなものなのかもしれない。
そうして私は全てを失った。でも、失った代償に気づけたことがあった。
「この体は私の体じゃない。私の体じゃないんだから、どうなったっていい。犯されたのも私じゃない。これは偽物の体なんだから。私は、私は……」
それから、私の生活は一変した。