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折れたハイヒール  作者: 猫田ミケ
5/7

5話

***


「では、解散とします」


生徒会長の号令で皆が席を立つ。


「悪いな芹沢、休日なのに行き成り会議を開いてしまって」


と申し訳なさそうに眉を下げて謝るのは生徒会長3年の熊田先輩だ。

名前の割にほっそりしていてとても優しい先輩だ。


「いえ、大丈夫です。特に予定は無かったので」


そう言うと熊田先輩はほっとした顔で「芹沢が副生徒会長で安心するよ」と乾いた声で笑った。

自分から副生徒会長になったと言うよりいつのまにかなっていたと言った方が正しい。

推薦で名が挙がり特に断る理由も見つからないので受け入れたまでだ。


「あ、そうだ」


そう言うと熊田先輩は鞄の中から何かを取り出した。


「これ、ドーナツ屋の割引券なんだけど使ってよ。もし嫌じゃなかったらなんだけど」


と僕に差し出した。

少し考えて僕は「ありがとうございます」と券を受け取った。


「それ今日までなんだけど僕はまだやる事があってね。行けそうにないんだ。しかし、芹沢って甘いもの好きなんだ?」

「特に、ですね。カレーパンとかあるのでそれをお昼にしようかと思ってます」

「そうか。君に渡して正解だったね。じゃあまた明日」

「はい。お疲れ様です」


僕はそう言うと券をポケットに入れて教室を出た。

ポケットに手を入れた時に布が当たる。

僕はそれをポケットから出して見つめる。


いつも登校する時に使うバスで乗り合わせる女性が落としたハンカチだ。

その女性は僕が乗る前のバス停に乗っているらしくいつも先に乗っていた。

淡いピンクの色がベースでうっすらと花のイラストがついている物。

声を掛けたが気付かなかったようで渡せなかった。

またバスで会うだろうと、鞄の中に入れて置いたがそれが間違いだった。

友達の隼人と昼ご飯を買いに行った時に女性に会った。

その時持っていれば、渡せたのにという後悔でから揚げをゆずった。

それからはいつでも渡せるようにとポケットに入れてある。

……今日は会えるだろうか。

否、今日は休日だから偶然に会うというのは難しいだろう。

ふぅ、とため息を吐きハンカチをポケットに戻した。

その時カサリと音がして、ドーナツ屋に向かおうかと思い学校を出た。


ドーナツ屋に向かうと私服の学生や親子連れが多くなかなか込んでいた。

少し、ぶらぶらすれば良かったかと後悔をした。

こんなに長い間待つ必要もない、そう思い足を出口へと向かおうとした時、聞き覚えのある声がした。


「あー、もう少し遅く来れば良かったかなぁ」


顔を少し上げればハンカチの持ち主の女性だった。

僕は「あ、あのっ」と思わず声を掛けてしまい、少し焦った。

いくらから揚げを譲る時に少しだけ会話をしたからと声を掛けても良かったのか?

覚えられてなかったらどうする?

いや、でもハンカチを渡さなくてはいけないし…と頭の中がぐるぐると回った。

女性は僕と目を合わすと「あ、」と言って「こんにちは」と挨拶をしてくれた。

熊田先輩、機会を作ってくれてありがとうございます。

今日こそこのハンカチを渡せそうです。

僕はポケットに手を入れてハンカチを彼女の前に差し出す。


「あの、ハンカチ、落とされませんでしたか?」


僕は思いのほか緊張しているようで声が少し震えていた。


***


そう目の前に出されたハンカチは紛れもなく私のハンカチだった。

少し驚いてしまい言葉が出なかった。


「同じバスに乗っているんですけど、その時に落とされたみたいで…。声は掛けたのですが聞こえていなかったみたいだったので…」

「そ、そうだったの…」


と、言うより同じバスに乗っているの知っていたんだ。


「ありがとう。拾ってくれて」

「いいえ。渡せて良かったです」


ハンカチを受け取ると安心した顔をした高校生を見て少し和んでしまった。

そう言えばこの子には2つ貸しがある。

1つはから揚げを譲ってくれた事、もう1つはこのハンカチだ。

何かお礼をした方がいいのかもしれない。

そう考えているとふっと思ったことがあった。


「そう言えば今日は1人なの?」

「はい、生徒会の会議があったのでそれで呼び出されたので」

「そうだったの。お疲れ様」

「あ、ありがとうございます」

「…………」

「…………」


少し間が出来る。

やはり年下は苦手だ。

何を話せばいいのか分からない。

お礼も言ったしさっさとドーナツを買って帰ろう、そう思った時ぐぅ、と大きな音が聞こえた。

何の音かと思えば目の前の高校生が顔を赤くしていた。

時間帯と高校生の表情を読み取るにどうやら高校生のお腹の音だったようだ。

時間は昼時だし、ここに来ていると言うことはドーナツを食べに来たのだろう。

から揚げの恩もあるしここは何か奢ろう。


「もし良かったらハンカチとから揚げのお礼をここでさせて?何か奢るよ」


そう声を掛けると顔をキリッとさせて「いいえ、大丈夫です」と言った。

しかしお腹は正直者らしくまた大きい音で空腹だという事を訴えた。

折角のキリッとした顔がまた赤く染まってしまったのを見て思わず笑ってしまった。


「じょ、女性に出させるわけにはいけないので大丈夫です!」


赤いままの顔を保たせたまま私にそう訴えた。


「女性の前に年上だから、年下にここまでしてもらったんだからお礼しなきゃダメでしょう?だからさせて欲しいな?」


そう、このままお世話になりっぱなしと言うのは大人としてのプライドが許せないのが本音だ。

すると高校生は負けたかのような顔をしてから「じゃあ、お願いします」と小さな声で答えた。


「次のお客さまどうぞー」


店員の声が聞こえたので2人でカウンターに向かった。


「遠慮せずに食べたい物を頼んでね」

「はい……」


そう言うと高校生はショーケースの中に並べられているドーナツを吟味し始めた。

それを見て私もドーナツを選んだ。

これで恩は返した。

年下だが少しだけいつもより話せた気がする。

このお店を出たらこの高校生とはこれでお終いだ。

安心するような少し寂しいような気がした。


……寂しい?


何故寂しく感じるのだ?

そう疑問に思っていると高校生はドーナツを注文し終えていた。

私も慌ててドーナツを注文してさっきのは何かの思い違いだろうと隅に追いやった。


「お会計はご一緒ですか?」

「はい一緒でお願いします」

「こちらでお召し上がりますか?お持ち帰りますか?」


「お持ち帰りで」「ここで」


高校生と声が重なりん?と思い彼の方へ向いた。


「あ、一緒に食べるんじゃかったん…で…すね…」


顔が今日一番真っ赤になり目が泳いでいる。

そうか、私の言い方だと一緒に食べるという考えになるのか。

ただお金だけ出してそれで終わりと思っていたのだが。

そう思って高校生を見ていると「あの…」と店員さんが声を掛けてきた。

そうだ、まだ後ろにはお客さんがいるのだ。


「じゃあ、ここで食べます。飲み物は紅茶で」

「畏まりました。こちらの番号札を持ってお好きな席でお待ちください」


店員さんにそう言われ会計を済まし席へ向かった。

チラリと高校生を見ると下を向いて恥ずかしそうにしながら私についてきた。

何やら申し訳ない気持ちがして心の中で謝罪をした。


***


何故僕は一緒に食べると思ってしまったのだろうか。

僕の反応を汲み取ってくれお持ち帰りからここで食べるという選択をしてくれた彼女の優しさに僕はまた恥ずかしさを感じた。

沈黙が痛く僕は机を見つめてしまう。

きっとこの状況を隼人が見たら笑っていつもみたいに「だからお前は顔と性格が合わないって言われて振られるんだよ!」と言うだろう…。

…隼人が僕と同じ場になったらどんな話をするだろうか。

そもそも、性格と顔は関係無いだろう。

顔が良いからって女性慣れしているとは限らないだろ!

と、居もしない友人の隼人に対してムカムカしていると注文したドーナツとコーヒーが目の前に現れた。

すぐに視線を机から女性の方へ向けると「ありがとう」と店員にお礼を言っていた。

その後、僕が顔を上げたのを感じたのかこちらを向き「じゃあ、食べようか」と言った。


「いただきます」


女性は手を合わせてぽつりと言うとドーナツに手を伸ばした。

僕も慌てて「いただきます」と言ってカレーパンに手を伸ばす。

食べる前にお礼を言わなくてはと思い「あの、」と声を掛けた。


「ん?」

「お名前をお伺いしても良いですか?僕は芹沢優って言います」

「……藤本。藤本沙耶…です」


女性…沙耶さんは少し考えた後に名前を教えてくれた。


「わざわざ奢っていただきありがとうございます。沙耶さん」


そうお礼を告げると今度は沙耶さんが恥ずかしそうな顔をしてそれを隠すように手の甲で口元を隠し「どういたしまして」と優しい笑みを浮かばせた。

それを見た瞬間、僕の心臓が早く動き体中の血液がぐるぐる回るのを感じた。


隼人…僕は年上の人に恋をしたのかもしれない。


沙耶さんは僕の中で起きた変化に気づかずそのままドーナツを美味しそうに頬ぼる。

そんな姿を見ながら心の中で友人に告げた。


***


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