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折れたハイヒール  作者: 猫田ミケ
4/7

4話

「はーっ、お腹空いたぁ」


仕事に集中していると、気の抜けた一条君の声が聞こえた。

確かに、空腹を感じるのでパソコンに表示されている時間を見るともうすぐお昼になりそうだ。

他の人たちも一条君の一言で気がついたのか「あぁ、お昼か」「ご飯食べに行こうぉ~」という会話が拡げられていた。

私もお腹が空いたが、今日中に終わらせたい書類があるのでコンビニで適当に買って食べながらしよう、と思い財布と携帯を手に取り部屋を出た。

ついでにトイレにでも行こうと思い、トイレへ向かい用済ます。

手を洗うのに、先にハンカチを出しておこうと、ポケットに手を入れた。


「あれ?ない?入れ忘れた?」


確かに入れたはずなのに…

私は紙ペーパーが好きではないのでハンカチはいつも持ち歩いているのだが…

しかし無いのだからどうしようもない。

トイレの壁に掛っている紙ペーパーで手を拭く事にした。

本当、今日は良い事がないなぁ…

そう思いながら、早くこの空腹から逃れる為に早歩きでコンビニへ向かった。


「いらっしゃいませー」


コンビニに入ると店員がせわしなく接客をしながら挨拶をしてきた。

私はそれを気にすることなく何にするか色とりどりに並べられた商品を吟味した。

仕事しながら食べるのだ、サンドイッチと野菜ジュースとから揚げでもあれば十分だろう。

うん、と1人で頷き決めた物を手に取る。

昼時なので学生や社会人が多い。

私はまあ、そこまで急いでないし、と心の中で呟きレジへ並んだ。

ふとお菓子の棚に目を向けると、私が好きなチョコレートの新シリーズが出ていた。

限定、新シリーズと言う言葉に弱い私は迷うことなくそれを手に取りまた列へと戻った。

私はレジの前から3人目で、私の前の2人は学生であった。

どうやら、制服を見る限りでは朝同じバスに乗る学生と一緒だった。

男子生徒でどうやら、この子たちもお弁当を買いに来たようでお弁当とさらにおにぎりとお茶をいっぱい持って並んでいた。

こんなにあるんだからから揚げは買わないだろう。

から揚げのケースには後、2つだけになっていた。

いや、隣のレジの人が買って行ったので後1つだ。

大丈夫、大丈夫、足りるよ、足りる。


「じゃあ、俺外で待ってるよ」

「ああ、分かった」


1人、減ったので後、彼が会計を済ませば次は私の番である。

今何分だろうかと思い、壁に掛けられている時計を見てると「から揚げください」と言う声が前から聞こえた。

思いがけない言葉に思わず「えっ」と声が漏れてしまった。

すると、男子高校生は私の方へ向いて向こうも小さな声で「あっ」と声を漏らした。

よく見たらきっと学校で人気であろう彼だった。

彼も私を見覚えがあるのか軽くお辞儀をした。


「もしかして、買う予定でしたか?」


初めて彼の声を聞いた。

いつもバスに乗っている間は喋らないのでどんな声かと思っていたが、案外普通の感じであった。


「あ、いえ、大丈夫…です」


どうぞ、お気になさらずに買ってください。と心の中で呟いた。

やはり、年下は苦手だ。


「いえ、僕いっぱいあるので、お姉さんが…」


お姉さん。その言葉に恥ずかしさを覚えた。

確かに彼にとっては年上なのでお姉さんなのだが、一人っ子のためそう言われたのは初めてだ。


「いえいえ、私は別の頼みますので…」


そう言い私は別のレジへと逃げた。

せっかく譲ったのだから気にせずにそまま買えばいいのに…。

彼の親切に対して思わず毒ついてしまった。

何分か待ってそのまま私の番になるまで下を見ながら待った。


私の番になりさっさと会計を済ましコンビニを出た。


「あの」


と後ろの方で声をかけられた。

振り向くとさっきの彼だった。

もしかして私を待っていたのだろうか。

友達には先に行くように言ったのか先ほどの連れはいなかった。


「これ、どうぞ…」


小さい袋を差し出した。

うっすら映っていたのはから揚げのパッケージだった。


「どうぞ、これ。よく考えたらちょっと多いと思ったので。受け取ってください」

「いえ、そんな…」


正直困る。いくら彼がどんなに奇麗な顔をしていようと私には正直迷惑でしかない。

なかなか受け取らない私に業を煮やしたのか無理やり私に渡して学校へと向かって走り去ってしまった。

確かにサンドイッチと野菜ジュースじゃお昼にならないが赤の他人からもらった物なんて…。

そう思いながらから揚げの入った袋を覗いた。

良い香りが私の鼻をくすぐる。

醤油をにんにくの良い香りが食欲をそそる。

……うん、食べ物に罪は無いのでありがたく頂戴しよう。

少し得をしたと思えばいい、少し浮ついた足取りで会社へ向かった。


机に着きサンドイッチを頬張りながらタイプしていく。

サンドイッチが無くなったら、から揚げを食べようと袋を開けた。

少し頭に彼の顔がちらつき「いただきます」と誰にも聞こえないように呟いた。

全て食べ終わる頃にはもう今日中の仕事は終えていて、書類をコピーし、クリップで留めると斎藤部長の机にある籠に入れた。

一息ついたので野菜ジュースを飲む。

冷たい液体が喉を潤す。

ガチャっと戸が開く音がしたのでドアの方に斎藤部長がいた。

思わず、顔が赤くなりそうだったが気にするなと頭に叩き込み何でもないように振る舞った。

斎藤部長が自分の机に向かうためには私の後ろを通らなければならない。

なので斎藤部長は何もなかったかの様に歩きだし、私の後ろで止まった。

思わずドキリとした。

皆は食堂やファミレスで食べて帰るのがほとんどでつまり今部屋に居るのは私と斎藤部長の2人だけである。


「これ、お詫びだ」


そう言われながら机に置かれたのは新シリーズのチョコだった。

思わずの出来事に斎藤部長を見た。


眉間に皺を寄せ「こういうの好きじゃなかったか?」と自信なさげに聞いてきた。

本当はさっき買いました。なんて言うのはアレかなと思い「ありがとうございます」とお礼を言った。

それで満足したのか私の頭を撫でると自分の机へ向かい、会議に使う書類をいくつか取り出し確認をするとまた部屋を出て言った。

あの斎藤部長がこんなことするんだ…。

先ほど貰ったチョコを眺めていた。


「いっちばーん!」


大きい声がして肩が揺れた。

ドアの方を見るまでもなく明らかに一条君だ。

振り返るとキョトンとした顔でこちらを見て「あれ、いたんっすね」と一言。

いつもの私ならいらっとしているだろう、しかし今回は何故かそうは思わなかった。

何も言わない私を特に気にするまでもなく席に戻ろうとしていた。

ふっと思い先ほど私が買ったチョコを手に取り「一条君」と声をかけそれを投げた。

若いからなのか、それとも神経が鋭いのか慌てる様子もなく難なく受け取った。


「最近頑張ってるから私からのご褒美」

「え!まじっすか!」

「嘘」

「えー…。男心遊んじゃ駄目っすよぉ~」

「ただ、ダブっただけよ。いらないの?」

「いえ!ありがたくもらいます!」


そんな一条君にクスクス笑ってしまった。

一条君は何か腑に落ちない顔をしていたが、気にしないようにした。

私は頬杖をつきながら斎藤部長から貰ったチョコを少し眺め一口食べてから、仕事に取り掛かった。

数十分もすると皆自分の席に戻って仕事を始めた。

仕事に集中するのに必要な時間なんて必要なく電話の音、会話、タイプ音に気にすることなく自分の仕事に取り掛かった。


時計を見たのはもう7時半を過ぎていて人でいっぱいだった部屋は数人しか居なかった。

時間も時間だし、ここで切り上げて帰ってもいいがもう少ししても良いだろうと思いパソコンと書類に目を通した。


「藤本さん」

「はいっ」

「私もう帰りますけど、藤本さんはどうしますか?帰ります?」


数人いたのにもう私を声を掛けてくれた彼女しか居なかった。

人数が減っていたのに気付かなかったことに驚いた。

そんなに集中していたのか…と思ったのと同時に斎藤部長に怒られたのが効いたのかもしれない…と思い私は苦笑いをした。


「もうこんな時間だったんですね…。気づきませんでした…。」

「藤本さん、集中してましたもんね。まぁ、斎藤部長に怒られたら、皆そうなりますよ…」


と眉を下げて彼女は苦笑いをした。

どうやら経験者だったようだ。


「もう少しで終わりますので先に帰ってください」

「そうですか?遅いので気をつけてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「後は藤本さんと斎藤部長だけなので」

「え?」


私は思わず斎藤部長の席を見た。


「まだ戻ってないんですよ。一度戻られたんですけど何か不備があったみだいで…」

「そうなんですか…」

「大変そうですよね…。では私は帰りますね。お疲れ様です」

「あ、はい。お疲れ様です」


彼女は私に挨拶をすると手を振って帰って行った。

私も見えていないのは分かっているが手を振り彼女を見送った。

さて、早く終わらそう。

私は仕事を進めながら今日は何を食べようかと考えるのであった。


「よし、出来たぁ~…」


ぐいっと体を伸ばしふぅ、とため息を吐いた。

ちゃんと保存されているか確認をしてパソコンの電源を切った。

荷物を鞄の中に入れ終わると席を立つ。

その拍子に彼女から言われたことを思い出す。

猫が夕日を見ているイラストが描かれた伝言用のメモに、「今日は色々ありがとうございました。後は部長で最後です。藤本」と書き、斎藤部長の机の目立つ様な所へ置いた。

少し間を置いてから折角チョコを貰ったんだし、と鞄の中に入れているお菓子の入ったポーチを取り出しその中から大好きなコーヒー味の飴を一緒に置いた。


「お疲れ様でしたー」


誰も居ない部屋に向かって、足は家へと向かわせた。

会社の玄関には夜勤の警備員さんがいて朝の人よりも若い人だ。


「お疲れ様でーす」

「お疲れ様です。気をつけてくださいねー」


時間が時間なためそう声を掛けてくれた。

私は彼に軽くお辞儀すると彼も軽くお辞儀をしてくれた。

それを見て私はそのまま家へと足を向けた。

さぁ、明日は待ちに待った休みだ。

特に予定もないのだが休み、ただそれだけで足が軽くなる。

鼻歌を歌いながら帰る私は一体どの様に見えていただろうか。

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