とある旅人と夜の宴
ハロウィンの概念がない異世界でハロウィン作品を書くと、こうなりました。
厚い雲に覆われ、空は月の輝きすらも失せた、深い漆黒に染まっている。
闇に包まれた世界では、灯す明かりが必要だ。
――一部の者たちを、除いて。
「魔法使わなきゃならないってくらい真っ暗な夜の方が、僕らはすごしやすいよねー!」
あはははっ! と笑う成人前だろう少年には、両側から頭上へと伸び、頭の左右を飾っている、角が二本。
「そりゃそうだ! 昼間なんて目がいてぇだけだぜ!」
腕を組み深くうなずく男には、背を覆う、隠しようも無い皮膜の翼。
「当然ですわ。わたくしたちは、夜を愛する神の眷族」
妖艶に微笑み、周囲を魅了する美女には、薄く開かれた口元から除く、鋭い牙。
「いかにも。それこそが〝魔族〟と呼ばれる、我らが真の在り方ゆえ……」
暗闇に溶け込む黒のローブ姿の人影には、かぶったフードのがらんどうに二つ、ゆらりと揺れる、青い炯眼。
全員が人型をとる魔族――魔人、と呼ばれる存在である彼らは今、微かなせせらぎを送る小さな川のそばで、今宵の素晴らしさを語っていた。
皆揃って、向ける視線の先は同じ。今まで彼らだけがいたその場には、つい先ほど、客が一人加わっていた。
「なるほど……。つまり魔族の皆さんにとっては、今宵のような夜ほど快適なものはない、ということなのですね」
穏やかな男声。静かな微笑みには、隠されない好奇心が表れていた。
美しい旅人の青年は、エストレア、と名乗った。
とある目的のために世界を旅しているのだと告げた彼に、魔人たちは面白そうな顔をする。
本来ならば軽い挨拶の後に別れたであろう彼を引き止めたのは、他ならぬ魔人たちであった。
こんな闇の深い夜に、自分たち以外の者が出歩いている。
そこに、純粋な興味を示したのだ。
そうして、この小さな宴に招いた旅人が、自分たちの好奇心を満たすに足りうると判断するやいなや、少年の姿をした魔人がこう切り出した。
「ねぇ、エストレア。君って魔法が得意なんでしょ? 折角だから僕らに見せてよ」
無邪気な笑顔に賛同する声は少なくは無く。
旅人の青年自身もまた、断る気は無く。
「承りました。――では、この素敵な闇夜に相応しき魔法を、一つ――」
そう言葉を紡いだ彼のそばに、ボッ! と音を立て、火の玉が現れた。
続けざまに、ボッ、ボボッ、と出現音が響く。
幾つもの橙に輝く灯火が、彼を中心とした空中にゆらりと浮かんだ。
おぉ! と湧く歓声に、青年が笑みをこぼす。
魔法劇は、ここからが本番であった。
ゆらゆらと己が体を揺らす火球たち。
それは、一斉に更なる上空へと上り、円を描き始める。
灯火それぞれの位置が異なる故に、綺麗な円形にはならないそれは、一方で巨大な炎の球体を形作る、円舞とも見てとれた。
揺れ動き、されど正しき円を刻む――その様は、まさに見事と語るべき。
月光さえ無き闇夜だからこそ映える、鮮やかにして美しき、炎の円舞。
人気の無い小川の近く。
楽しげな歓声は、夜明け前まで続いた――。