第二話 過去の話
私がニートになったキカッケはとても単純。学校に行くのが嫌になったからだ。
大好きな美術系の高校に進学した私は幸せな毎日をおくるはずだったのだが・・・。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
話は私の小学生時代にまでさかのぼることとなる。
小学生の頃の私は活発なほうではなかったものの、それなりに学生生活をエンジョイしていた。
中休みになると友達とおしゃべりして、放課後になると鬼ごっこをして、雨の日には友達とトランプなんかしちゃったりして。
そしてなにより私は絵がうまかった。
だから学年では絵といえば私みたいなところがあったのだ。
絵を描いたらほめられた。凄いねって言ってくれた。
あぁ、私はみんなから必要とされているんだ。私はここにいてもいい存在なんだ。
中学にあがりその状況はいっぺんした。
もともと内気な性格な私。どんどんおしゃべりする友達が減っていくのは、今考えたら当たり前のことだったのかもしれない。
漫画やアニメの世界では、そんな私に声をかけてくれるイケメンが現れたりするのだろう。
しかしやはり、現実と漫画の世界は違うのだ。
強がりな性格の私は、友達なんていらないと自分に言い聞かせていた。
・・・いや、言い聞かせなくてはやっていけなかったかもしれない。それほど絶望的に友達がいなかったのだ。
「はいじゃあ誰かとペアになってー」
体育なんかでよく聞くこのセリフは私の心をむやみに傷つけた。
プライドだけは高い私は、クラスメイトに媚を売って「次の班分け一緒にやろうよ~」なんて口が裂けてもいえるわけがない。
なんなら、クラスメイトは全員屑だとさえ思っていた。
こいつらは裏では嫌い同士だったりするくせに、表面上だけ仲良しこよしをしているただの惨めな弱虫だ。
とにかく私は強がりだったのだ。
自然と私は読書をするようになっていった。
いかんせん友達がいないと、毎日が退屈で退屈で仕方なかったから。
頭の中ではなにもかもが自由だ。
どこにだっていけるし、なんにだってなれるし、空だって飛べる。
ドラゴンと戦って死ぬことはないし、思い切って告白してふられることもない。
中学生活という暗くて息苦しいトンネルの先に、わずかにさしこむ日の光が見えた気がした。
そのとき、既に私は漫画家になることを決心していたのだった。
「漫画家?無理無理。あのな、漫画家っていうのはほんの一握りの人しか・・・」
父に相談した過去の私を今すぐ殺しに行きたい。
私の心のなかで決心はしたものの、前に押し出してくれる人がほしかったのだ。
母にはもう言った。
「え?・・・あぁ・・・やってみたら?」
無理だと顔にかいているじゃないか。ただの子供の戯言としか思っていないのだろう。
とはいえその時の私はとにかく漫画家になりたかった。
気がつくと、私は文具屋で漫画家セットを手にしてレジを探していた。
中学3年生になった私はなおも漫画をかき続けていた。
だが最後までかききったことはない。途中で違う話に切り替えて、途中に違う話に切り替えて・・・の繰り返し。
だけど確かにそこには楽しさがあった。
だから私はかきつづけたのだ。
学校のほうはあいかわらず。
友達は一人もいない。唯一、たまに会話するえみちゃんとは友達がいないもの同士で結成された、その場しのぎ隊のメンバーってだけで仲がいいわけではない。
あ、もちろんそんな名前は私が勝手にこころの中でつけただけなのだが。
とりあえず少なくともペア決めでおろおろすることはなくなった。
漫画家になりたかった私の進路は芸術系の高等学校。
反対はされなかった。しかし肯定はもっとされなかった。
私はとにかく絵がもっとうまくなって漫画家になりたかったのだ。
必死に勉強した。英語は苦手だったけど数学は凄く得意だったので、満点をとるつもりで勉強、勉強の毎日。
こうして無事、私は第一志望の高校に合格することができた。
三年前の冬の出来事だった。
さて、無事高校生となった私だが、果たして高校デビューできたのか。
はい。残念ながらできませんでした。
友達を作るために変なプライドは捨てて話かけまくった結果、クラスではうざがられました。
友達を作るために吹奏楽部に入った結果、しんどくて半年でやめたので部員から嫌われました。
クラス替えがないこの学校で、他のクラスに友達を作るのは至難のわざ。
過去をやりなおせるならいつに戻りたい?
なんて質問を、会話が途切れたときにされることが一度はあるだろう。
そんなこと聞いてどうすんの?馬鹿じゃないの?なんて思ってた私だけど、今なら満面の笑みで答えるだろう。
「生まれる前に戻りたい!」
友達ができないだけならまだよかった。
いや、むしろそんなことは実はどうでもよかったのかもしれない。
私の絵にたいするプライドは、その高校でズタズタに引き裂かれた。
幼少の頃から絵がうまいと言われて育ってきた私は、それなりに絵なら誰にも負けないという自身とプライドを持っていた。
小学生の頃、他の奴が絵をほめられているのを見ると、わざわざ見に行って「私のほうがうまいし!」などとまるで、学園ドラマにでてくる小物のようなセリフを吐いていたぐらいだ。
小さいながらも賞をとったこともある。
そんな私より絵が下手な人は、その学校に一人たりともいなかったのだ。
たえられなかった。
絵が否定されたらいったい私に何が残るというのだろうか。
私はこの世界で必要とされているのだろうか、私はここにいていいのだろうか。
私は・・・わたしは・・・。
一年生の冬、私は学校に行かなくなっていた。
そんな私の机の上には、もう使われなくなって乾いたインクがついたペンが、どこか寂しそうに転がっていたのだった。