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 石を砕いたコンクリートという粉で作られた大きな建物ビルが何のためのものなのか、今では知るものすら居ない。元は全ての窓にガラスがはめられ、光を反してきらめく『カイシャ』という、一種の王宮だったと考古学者たちは言う。

 ここで一番多く出土するものは『スマホ』という小さな装置で、残されていた精密絵画しゃしんから、これを握り締めるのが当時大流行していたことが解っている。

「何かのおまじないだったんですかね?」

「さあな、超古代人の考えることは、よく解ンねぇ。」

 今では住む者すら居なくなったこの町に残されたビルは、天に向かって突き刺さるようにそびえ立ち、その足元に薄暗く影を落としていた。

「まあ、宿も無いが屋根はある。そこらの建物に適当にもぐりこめば、テントもいらねぇしな。」

 馬車から降りるユリを、スライムがぽよんと受け止める。

「雨も降りそうですし、ありがたいですね。」

 手かせ足かせで拘束されたミョネを『お姫様抱っこ』したヤヲが、荷馬車からすたりと飛び降りた。

「ちょっと待て。」

「はい?」

「そいつは……捕虜なんだよなぁ?」

「そうですよ。」

 大事そうに女を抱えた腕が、きゅっとその体を引き寄せる。

「だから、拘束を解いてあげることはできませんが……せめて、屋根のあるところでゆっくり眠ってくださいね、ミョネ?」

 唇がつきそうなほどに顔を寄せて囁く姿に、スライムは心液の中でつぶやいた。

(ヤヲが壊れてる……)


 ミョネ=ラメーヤハは、自分に対するその男の態度に戸惑っていた。

 大事な女を抱くような、優しい腕。恋人のように顔を寄せての囁き……

(思わせぶりなことをするくせにさ!)

 今、その金髪の隊長ドノは就寝の準備をするユリにつきっきりだ。

「ユリ様! ちゃんと寝る前には歯を磨いてください。」

「面倒。」

「駄目です! 虫歯になったらどうするんですか!」

 逃げ惑う幼子を抱え上げる腕は主従を越えた親密さにあふれている。ぎゅっと無遠慮にまわされたその力強さに、ミョネの気持ちがぐっと沈む。

そんな彼女にスライムがずるりと這いよった。

「何て怖い顔をしてるんだよ。まさかあれにやきもちか?」

「ボクがっ! 何でやきもちなんか焼くんだよっ!」

「そんなに怒るなよ。あんなのただの兄妹喧嘩……いや、そんなことはどうでもいい。お前、ヤヲと何があった?」

「何って……」

 ミョネがぶわっと赤くなる。

 実を言うと、あの一夜にナニも無かったわけではない。自分が守ってきたものを失った喪失感と寂寥に耐えかねて、誘いをかけたのはミョネの方だ。そして、いくら純情とはいえ、いっぱしの男である隊長ドノはそういう『慰め方』を知っていた……それだけのことだと彼女は自分で納得している。

 それに、全てを失ったミョネには、他に『お礼』に差し出すものは何も無かった。バレバレの不器用なやり方ではあるが、自分が悪者になってまで生かしてくれようとする優しさにつりあうだけの対価など、この世にあるはずが無い。ただ少しでも感謝を伝えたかっただけ……

 赤くなったり、青くなったり、また赤くなったり……ぐるぐると思い惑うミョネに、スライムはぽそりとつぶやく。

「エロ仕掛けか……」

「色仕掛けだろっ! それに、別に仕掛けたわけじゃ訳じゃ……う……無かったり、無くなかったりするんだけど……」

「まあ、ヤヲが無理やり……って訳じゃなさそうだな。」

「あたりまえっ! あんな優しい男に、そんなコトする度胸があるもんかっ!」

「へえ? ベッドの中でもお優しいってか。」

「この好色生物スライムがっ!」

「何とでも言え。ただ、一つだけ忠告しておいてやる。もし俺たちを騙すつもりなら、ヤヲに手を出したのは失敗だな。なにしろああいう馬鹿で真っ直ぐなタイプは……」

 ざん!と音がして、巨人斬の澄んだ輝きがスライムの目の前に突き立てられた。

「ユリ様がお呼びですよ、見境無スライムし?」

「ヤヲ? 落ち着けよ。俺は別にこいつを口説いていたわけじゃ……」

「そんなことは、一言も聞いてませんよぉ?」

 にこにこと近づいてくるきれいな顔立ちに、スライムが胴液を震わせた。

「ゆゆゆゆユリが呼んでるんだろ、俺は行かなきゃなンねえからよぉ。」

 ずり、ずりと逃げ去るその背中を見送って、ヤヲはくるりとミョネを振り返る。

「さて、二人でずいぶんと楽しそうでしたねぇ。」

「はぁ?」

「あなたが狙っているのは私の命でしょう? よそ見しないで、しっかりと私だけを狙ってくださいね。」

 かちんと巨人斬を収めたヤヲは、ミョネをひょいと抱き上げる。

「ちょっと、ボクをどこに連れて行く気?」

「あなたには私と寝てもらいます。見張りにもなるし、一石二鳥ってやつですね。」

「待って、ちょっと待って! もう一鳥は何だよおおお!」

 そえられた彼の腕はあくまでも優しく、かすかなもどかしさが、ミョネを甘く傷つけた。


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