10
薄れてゆく煙の中に彼が見たものは、凄惨な、だが愛情あふれる光景であった。
頭を潰された死骸をだらりと片手に下げたまま、ゴーレムはもう片方の腕でその娘をしっかりと抱き守っている。
「怪我は無い? ミョネ。」
土くれに刻まれただけの視線を優しく落とすその顔は、半分ほどが吹き飛んで既に片目しかなかった。
片方だけになった目を優しく見つめ返しながら、娘の唇が固い言葉を紡ぐ。
「さっさとどこへなりと去れ。さもないと、母さんの代わりにボクが斬り捨てるよ!」
生き残った男たちが、なりふり構わず、抜けた腰を引きずって逃げ出す。
ゴーレムがどさり、と大地に伏した。
「おかしいわ……ね。なんだか酷く疲れているの。」
その口元を覗き込んだミョネは、核をなすための呪符が、爆風に引きちぎられているのを見て深く首を振る。
「年のせいだよ、母さん。」
「それに、なんだか目も良く見えないの。もっとこっちにきて、顔を見せて頂戴、ミョネ。」
「それも……年のせいだよ……」
崩れかけた頬に、頼りなさげな手のひらがそっと添えられた。
「母さん、口を開けて。楽にしてあげるから……」
震えながら呪符に伸ばされる指先を、駆け寄ったヤヲが掴む。
「ミョネ、いけません。」
「これだけ呪符が壊れてんだ。このままにしておいたら、暴走する。」
気の強そうな瞳が堪えきれずに、ぽろぽろと毀れだす涙で揺れた。
「例えそうだとしても、あなたがやってはいけません。」
男の指が毀れる涙を絡めとり、そのままぬれた頬を優しく撫でる。
「ミョネ、これから私がすることを、しっかりと見ていなさい。そして私を憎んで……憎んで、生きてください。」
ヤヲはミョネを押しのけ、ゴーレムの顔に手を添えた。グッと耳だと思われるあたりに顔を近づけ、ミョネには聞こえないように囁く。
「これからは、私がミョネを守ります。どんな卑怯なやり方だとしても、たとえ彼女に憎まれようとも……だから、もし彼女が私を赦してくれる時が来たら……娘さんを、私にください。」
「ああ、ミョネ、いい彼氏サンに出会ったのね。」
その言葉と共に、ヤヲは深くくぼんだ口に手を突っ込み、崩れかけた呪符をずるりと引きずり出す。ゴーレムは、完全に……沈黙した。
「母さん、母さん……」
ただの土くれの塊と成り果てたその体を掻き抱いて、ミョネが古代語を静かで不思議な旋律に乗せて呟く……
[揺り篭の中で、眠るあなた。 笑っているのは誰のため。笑っているのは誰のため……]
鎮魂のための子守歌を聴きながら、ヤヲは手の中の呪符を握り締めて、ただ佇んでいた。




