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母の面影などひとかけらも無い……ただの土くれ人形が狂ったように暴れまわっている。
「母さん!」
娘の悲鳴混じりの叫びすら既にその耳には届かない。
墓泥棒が投げたダイナマイトは長い腕に弾かれ、空中で虚しく爆風に変った。
「ありったけのマイトを叩きつけてやれ!」
叫んだ男の頭を固く乾いた土の腕が掴み上げ、一瞬の躊躇も無く握りつぶす。
「ひいいいい、助けて……」
逃げ出した男の懇願が聞き届けられることは永遠に無く、ごしゃっとつぶされた頭部がだらしなくあたりを汚した。
「ヤヲ、とりあえず退け!」
ミョネの声に弾かれたように草陰に飛び込むヤヲ。その腕の中で、剣は女の体へと姿を戻した。
ヤヲは自分の上着を脱ぎ、その裸身にかけ置いてやる。
「私にできることは?」
その上着を手早く纏いながら、ミョネは静かに首を振った。
「ああなったらもう……あんたの事なんか解らないだろうよ。下手に出て行ったら、ごしゃっとされるよ。」
「どうするつもりですか?」
「あいつは、どんなになってもボクのことだけは傷つけない。そういう風に組呪されているんだ。」
すい、と立ち上がったミョネは草むらを抜け出し、震えている男たちを庇うようにゴーレムの前に立ちふさがる。
「母さん、こいつらはもう、墓に近寄る気は無いよ。もう……止めよう?」
土くれの首が、ちょっと傾ぐ。
「そう、ボクの言うことが解るよね。これ以上、無駄に血を流す必要はない。うちに帰って……そうだ、ひさしぶりに、母さんのホットケーキが食べたいな。」
お粗末な口元が、ゆっくりと微笑みに変ってゆく。
「ホットケーキ、焼いてくれるよね?」
表情を緩めたゴーレムがゆっくりと手を伸ばす……そのとき、男たちの一人が動いた。
「ホットケーキなら、俺がここで焼いてやるぜぇ!」
ダイナマイトの導火線を短く折り曲げ、根元近くに火種を押し付ける。
「危ない、ミョネ!」
ヤヲが草むらを飛び出すよりも早く、かっと強い光がはしった。
ほぼ同時に爆音が響き、巻き上げられた粉塵と煙があたりを閉ざす。
「ミョネ、ミョネ……ミョネええええええ!」
ヤヲは、煙を掻き分けるように走り出した。




