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今回の主役はあの寝台の彼ではなく、金髪金眼の護衛隊長ドノ……なのだが?
夜の崖上を、松明を掲げたヤヲ隊の面々が走り回っている。
「部隊は三つに分けろ! 本隊はここでユリを護衛しつつ待機! 一隊は夜目の利くものを。回り込んで、崖下に出る道を探せ!」
隊長不在の隊を動かすべく、スライムが大声で指示を出す。
「残りの一隊は翼のあるもので編成! ここから直接崖下に降りろ!」
「そうはいっても、こんな夜中、しかもこんなに木が茂っていちゃあ、俺達だって上手くは飛べないぞ。」
慎重派のスライムには、二次災害だけはどうしても避けるべきだと解っている。例え落ちたのが大事な相棒であっても……
「くっそう! 朝まで待つしかないのか……」
深く暗い谷底を覗き込んで、スライムは歯がゆさに喉液を鳴らした。
「無事でいてくれよ、ヤヲ!」
右の肩口を流れる血河の源を強く押さえて、ヤヲはそびえ立つ岩肌を高く見上げた。
細い月明りに頼りなく照らされた宵闇の中、しかも黒々とシルエットを描く生い茂った木々の間からでは、自分が落ちたその崖の頂上を見ることすら叶わない。
「悔しいけれど、スラスラの言うとおりでしたね。」
廃都市ミクスーまでに近づくにつれ、崖に張り付くように辿る道が多くなっていた。慎重なスライムは、大回りしてでも他のルートを探すべきだと主張したが、既にミクスーは目と鼻の先。何日分もの道程を後戻りするやり方には反対の声が多かった。。
それに、ヤヲには少しばかり自信があった。彼が生まれ育った通称『エルフの谷』は名の通り谷間に小さく開けた集落だ。崖道が子供の頃から遊び場だった彼にとっては、この難所のどこを通ればいいか、どのように歩を進めれば安全か、その全てが解っていた。
だから、もちろんここへ落ちたのは自分のミスではない。
……いや、過信に溺れた私のミスですね。
過信ゆえに、崖通しに慣れていない者がいることを忘れていたのだから。そんな隊員の一人が足を滑らせたのを庇って、彼はこの奈落のような崖下に落ちたのだ。
「まあ、落ちたのが私で幸いでしたけど。他のものなら、怪我だってこの程度では……」
強がっては見せても、傷口はどくっ、どくっと心音にあわせて血を吐き出すことを止めようとはしない。
いかに強靭な肉体を持つハーフエルフとはいえ、これだけの失血が只で済むわけがない。
「夏なのに……今夜は随分と冷えますね。」
思考が混濁の泥沼に沈んでゆく……薄れ行く意識の中、がさ、と草を踏み分ける足音を聞いたような気がした……




