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18

 夕食の席で、ユリは何時にもましてスライムにべったりと身を寄せていた。

「スラスラ、あーん。」

「ばばばばば馬鹿なことをするな! 飯ぐらい自分で食う。」

「けち。」

 シヲッタ(野菜と肉をスパイスで辛く煮付けた料理)の皿を持ったヤヲが、スライムの隣に座る。

「また、私に内緒で作戦を立てましたね。」

「敵を欺くにはまず味方からってことだ。」

「そんなに私が信用できませんか。」

「俺が信用していないのは、お前の素直すぎるところだ。それゆえに、あの場でケウィを騙せるほどの演技ができるとは思えなかった。だが同時に、その素直さを何よりも信頼しているがな。」

「まあいいです。あなたがユリ様と入れ替わったことなど、はじめから私にはお見通しでしたからね。」

「そのわりには、俺のことをトーヘンボク呼ばわりしていたよな?」

 一瞬の沈黙が二人の間に流れた。

「……ほんとうは、『ロリコン』という言葉に反応したとき……」

「ああ、あれはやばかったな。思わず、いつものアレを言っちまいそうになったよ。」

「一瞬、地声でしたからね。」

 ユリが小さく首を傾げる。その頭を軽くなでてやりながら、スライムは残った杞憂を口にした。

「それにしても、結局あの爺さんが何者なのかは解らずじまいか。」

「ええ、この村の住人でないことは確かなようですけどね。」

「あいつはユリのことを知っていた。俺がスライムだということもだ。野放しにするには危険すぎる……」

 スライムの背後から、柔らかに年老いた声がかかる。

「何の危険もありゃぁせんよ。」

 ば!と振り向くと、いつの間にそこに現れたのだろう。柔和な笑みを湛えて、その老人が立っていた。

「わしを探しておったのじゃろう?」

 突然、ヤヲがシヲッタの皿を投げ出し、地にひれ伏す。

「まさか、こちらにおいでだとは……」

 ユリは好々爺然としたその老人に、何の警戒もなく、てこてこと歩み寄っていく。

「ええ? え? まさかとは思うけど、その爺さんって……」

「父。」

 老人は魔王らしからぬ温和さで、ふわふわとスライムに笑いかけた。

「お主は、ヤヲのようにわしに礼を示さんのかね。」

「ここが謁見の間で王としてのあんたと対峙してなら、いくらでも礼は尽くすさ。だが、王座に座っていないときは王だってただのヒト。何を臆することがある?」

「ふむ、爺さんにしっかり躾けられているようじゃな。だが王としてではなく、わしに臆することはあろう?」

「別にねぇよ。」

「そうか、あの晩の合コ……」

「どうああああああ! すんません。そのことはご内密に!」

 スライムがずるりと這いつくばる。爺さんは満足げにふはふはと笑い声を上げてから、自分の目の前に立っている小さな少女の銀髪にそっと手を置いた。

「辛い旅をさせてスマンのう。」

 ユリが首を横に振る。

「ユリ、ごめんなさい。母、殺し……」

「ばかもんが!」

 幾多の戦火を動かしたその声は鋭く、重く、逆らうを許さぬ厳しさでそれ以上の言葉を許さなかった。ユリがびくりと肩から震える。

 ふっと笑顔に戻った老人は、小さな我娘を抱き上げて優しい声を降らせた。

「ユリ、あれは変りモンじゃがちゃんと王族の女じゃった。そういう運命も含めて、全てを覚悟の上でわしの子を産むと決めてくれたのじゃ。そんな女がたった一つ望んだこと、それはな、お前の幸せじゃ。」

「幸せ?」

「お前は今、幸せか、ユリ?」

 銀の瞳がゆっくりと振り向き、ブヨリと広がったその男に注がれた。小さな熱と、微かな恥じらいと、そして……

「ユリ、幸せ。」

「そうかそうか、もっと幸せになるのじゃぞ、ユリ。」

 蕩けそうに甘い眼差しを小さな少女から離したその老人は、表面だけの笑顔をスライムに向けた。

「さて、お前に一つ頼みがあるんじゃが、もちろん、嫌とは言うまいな?」

 それはまさしく『笑顔』と言う名の仮面。その声色の冷たさに、スライムは震え上がった。


「さて、義父ちちとして言っておこう。」

 二人きりになったテントの中で、武人上がりの鋭い眼差しがぶよぶよと揺れながら縮こまっているその男を見据えている。

「未遂とはいえ、浮気は浮気じゃ、今後あのようなことは控えてもらおう。娘を泣かせるようなことがあれば、国家反逆罪として処刑するからな。それから、あの子は王になる血筋じゃ。『婚前交渉』は控えてもらいたい……」

「ちょっと待て! 俺はユリと付き合っているわけじゃねぇぞ。」

「ほう、うちの娘をソデにすると?」

「袖も、裾もねぇよ。言っただろ、『主従の関係』だ。」

「それでいいのか、スライム。」

「良いも悪いも、あいつに手を出してクビにでもなったら、二度とあの笑顔には近づけなくなる……今の俺は、何よりも……それを恐れているんだ。」

「ふむ、百戦錬磨かと思いきや、意外に純情なんじゃのう。」

「ああ?」

「スライム、恋よりも純粋で、でもエロいもの、な~んだ?」

「なぞなぞをしに来たわけじゃねぇだろ。さっさと頼みってのを言えよ。」

「頑固じゃなあ。爺さんそっくりじゃ。」

 呆れきった溜め息を一つ吐いて、魔王は懐から書状折りされた紙束を取り出した。

「難しい用事じゃない。少し回り道にはなるがな、ここより西にある、『人住まぬ都』に、これを届けて欲しいんじゃ。」

「『廃都市ミクスー』! あいつのところかよ……苦手なんだよ。」

 頭をかきむしるようにわしわしと動くスライムに、優しい笑顔が注がれる。

「別に、嫌なら断ってくれても構わんぞ。ただ、合コ……」

「嫌だなんて言ってねぇだろ!」

 スライムがもぎ取るように紙束を奪う。

「……スライム、王なんていうものは存外に不自由だ。なんの縛りもないこの旅で、あの子に世界を見せてやってくれ。」

「俺はつい最近までニートだった男だぞ。そんな大任が務まるかよ。」

「ふん、ならば二人で見てくるがいい。『世界』を。」

 魔王はその全ての威厳と格をもってスライムを見下ろす。

 だがスライムは、それにすら動じることなく、ぐっと体をそらした。

「良く解らんが、この書状は確かに届ける。だが、俺ぁ腰抜スライムけだ。ユリに危険が及ぶようなことがあれば、あいつを連れて真っ先に逃げ出すからな。」


 こうして、スライムの旅は続く。



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