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 一方のスライムは、銃を構えたまま膠着状態であった。

 大きなギガントの体で構えれば、短機関銃サブマシンガンですら拳銃ハンドガンのようにちっぽけに思える。だが、その弾倉に弾を留めたまま、引鉄にかけられた指は緊張の手汗汁でぬめっていた。

(そっか、あっちも飛び道具だったな……)

 対峙するケウィは両腕に詠唱の陣をまとわせ、突き出すように構えている。

 スライムはへらりとした笑顔を形作って見せた。

「お前、ユリを殺そうとしていたんじゃねぇのか? いまさら口説きに来るなんてどういう風の吹き回しだよ。」

「どうしても言うことを聞かないなら、そうするつもりさ。だが、できれば彼女のことは穏便に手に入れたい。」

「魔族側の半魔半人を手に入れるため、か。」

「ん~、ちょっと違うな。二人で新時代のフンゾンとイターセになるのさ。僕と彼女を残して、世界は刷新される。」

「世界を! 滅ぼそうって言うのか。」

「滅ぼすんじゃない、作り変えるんだよ。」

「なるほど、そのためにツンノーンのロストテクノロジーをほじくり返したんだな。」

 ケウィが、いやらしいほどに爽やかな笑顔を模る。

「あんなガラクタに興味はない。僕があそこで手に入れたのは、もっと素晴らしい福音を奏でるものさ。さすがの君も、そこまでは見抜けなかったようだね、イカケ=ハ=ツンニークⅢ。」

「……その名前は、当の昔に捨てた。」

「何かっこつけてるんだよ。ツンニークが魔王のイスを狙っているってのは、周知の事実だよ。ま、そういうヤリカタで来るとは思わなかったけどね。」

「まおう? そういう?」

「とぼけるなよ。確かに魔王になる女を手に入れれば、実質上の魔王のなったも同然だよな。全く美味いヤリカタだ。」

「俺とユリは、誓ってそういう関係じゃねぇ。」

「へえ、毎晩一緒に寝ているのに? 誰がそんな話を信じるんだよ。」

 ケウィの詠唱陣に魔力が流れ始める。

「スライムとのアレはマニア受けするらしいからな。カラダで堕としたって所だろ?」

 スライムが親指で安全装置を繰る。

「世間知らずのぼっちゃんと思ったが、意外にえげつないことを知ってるんだな。」

「クセトン=ハ=シトーハ=リクミーラ=ス=ウチソ(幾千の風の刃よ、切り裂け)」

 詠唱を待たずに、ががががっと銃口が葬送曲を奏でる。

 巻き上がる風刃と鉛弾がど真ん中でぶつかり合い、派手な爆音の余韻と、かすかな煙を残して四散した。

「びぃっくりしたああああああ。ちょお怖ええええええ!」

 一瞬ずるりと崩れたその形が、ヤヲの姿に変わる。

「だが、コツは掴んだ!」

 がしゃ、と手早く箱型弾倉マガジンを入れ替え、横っ飛びに飛んだそのわき腹すれすれを荒れ狂う風がかすめた。

 ががっ、ががっと短く銃弾を吐かせながら、スライムがジグザグに走り回る。ケウィの放つ魔法は狙いを定めきれず、無駄に地面をえぐり、はじけた。

「素直に的になりなよ、スライム。」

「馬ぁ鹿。ヤヲじゃあるまいし、ハイソウデスカなんて言うかよ。」

 がっと大きな跳躍を決めて間合いを詰めたスライムは、短い銀髪にごりっと銃口を押し当てる。

「王手だな。」

「お互いに、な。」

 詠唱陣を組んだままのケウィの手は、スラスラのわき腹にぴったりと押し付けられている。

「安心しろ、スライム。一撃で逝かせてやるよ。」

「ありがてえ。俺は痛いのが嫌いなんでな。」

 お互い『得物』にぐっと気を込め、にらみ合う……その均衡を打ち破るかのように、傍らの草むらがごそりと鳴った。

 にらみ合っていた男たちは、お互いの隙に気づいてばっと飛びのく。間合いを広げ、詠唱陣と銃口を向かい合わせながらも、視線はがさごそと草むらの中を歩き回る気配を警戒し続けていた。

 草むらから、豚にも似た大きな頭がのそりと顔を出す。

下向牛カトブレパスっ!」

 スライムが慌てて眼球液を逸らした。

 普段は地面をなめるように下げている首が、唐突に上がる。

「ぐっ! しまった。」

 銀髪の男は視線を外しそこなった。魔力の銀に輝く瞳が、首の上がらない獣が上目遣いに睨む、血走った眼と真っ直ぐにぶつかる。人間なら即死するほどに濃厚な邪眼の力がケウィの魔力を砕き、指の先に至るまでを痺れによって支配した。

 さらにのっそりと草むらから歩み出てきたうろこの生えた背中から、ユリ【大人型】が飛び降る。彼女はヤヲの姿をした男に迷わず飛びつき、その名を呼んだ。

「スラスラ!」

「何で来たんだよ! 危ないっつたろ。」

「スラスラ、痛い、嫌い。面倒、嫌い。」

「良く覚えてンなぁ。確かに以前はそうだったけどよ……」

「死ぬ、良くない。」

 肩口に顔を埋めるようにして、銀色の髪が揺れている……髪だけではない。縋りつく細い腕も、男の手のひらに支えられた背中も、全身が喪失への恐怖に震えている。

「死ぬかよ。死んだらお前に会えなくなるじゃねぇか。」

 男は震える体を抱きしめた形のまま、ずるりと弾力のある姿に戻った。

「今だって、痛いのも面倒なのも嫌いだがな、それ以上に、今の俺は……」

 スライムの言葉を遮って、ヤヲの声が響く。

「戦闘中に何をやってるんですか、このバカップル!」

「バっっ! カップルじゃねえし。」

 少し離れてミョネの猛攻を受け流し続けているヤヲには、微かな疲労が見え始めていた。

「くっ! タフですね、ミョネ。」

 受け損なった切っ先が頬に細い傷を一筋、刻む。

 それを見たユリが残念な谷間から、小さな箱のようなものを取り出した。ミョネが使ったものと同じ、魔物遠隔操作機リモコンだ。但し、こちらのほうがボタンの数が少しばかり多い。

 ぐっとユリがボタンを押し込むと、四方から地響きにも似た音が近づく。

 良く聞けば、それはひづめの音、肉球の音、爪の音……無数の魔物の足音がどどどど、と大地を揺るがす。ざ、ざ、と草むらが踏みしだかれ、大小さまざま種種雑多な魔物が周りを取り囲んだ。

「ボクの……ボクの魔物軍団っ!」

 ミョネががっくりと膝を突く。

「さて、今後の旅の安全のためにも、お前たちには消えてもらおうか。」

 ずるりとした腕が、未だカトブレパスの眼毒にしびれて動けずにいるケウィに向けて短機関銃サブマシンガンをあげる。

「いいのか? 人間と魔族、真っ二つになっての大戦争が始まるぞ。」

 毒にしびれる舌は少しもつれているが、銀髪の男は明らかに微笑んでいた……ぞっとするほど冷たく。

「知ったこっちゃねぇ。ここでお前を逃がしたりしたら、ユリがまた……わぶっ!」

 銃を握る体に、ユリがしがみついた。とっさに逸らされた銃口が、ががっと短く、無意味に地面をえぐる。

「戦争、よくない。」

「いや、だが……お前の安全が、だな……」

「スラスラ、いる。」

「はあ? あんまり頼られてもなぁ……俺が最弱スライムだって知っているだろ。」

「スラスラ、いる!」

「うううう、解ったよ。」

 ガチリと安全装置をおさめたスライムは、体を精一杯に伸ばして、守ろうとするかのようにユリに巻きついた。

「今回は痛み分けってことにしようじゃねぇか。」

「随分と寛大だな。僕を野放しにすればどういうことになるのか、その女は解っていないらしい。」

「それは後でゆっくり教えておくさ。とりあえず現時点で、戦争の火種を作ることは避けたい。それが俺の主の願いだ。」

「……今回、僕にミスがあったとしたら、それは君の力を少々見くびっていたことだ。次はこうはいかないよ、イカケ=ハ=ツンニーク。」

「その名前で呼ぶな。」

 ゆらり、よろりと立ち上がりながら、ケウィが続ける。

「愚鈍な魔族と、脆弱な人間など滅びればいい。そして、錬金術師たちの望んだ世が始まるのさ。」

「訳の解んないこと言ってねぇで、さっさと消えろよ。でないと、俺の気が変わるかも知れねぇぜ。」

「解っているさ。おい、ミョネ!」

「ぐうううう……けっ!」

 ヤヲに鋭い一瞥をくれてから駆け寄ってきたミョネに支えられ、ケウィは頼りなく歩を進めた。それでも、嫌味じみた捨て台詞をユリに刻み込むがごとく、顔だけで振り向く。

「一つだけ忠告しておくよ、ユリ。君が望もうと望むまいと、いずれこの国は戦火に包まれる。そのための準備はもう始まっているのだからね。」

「リヲ=ウェヤハ=ヒウィリェノユヒチク=ラ『スラスラ』ジ=ナヨノ=セヲウェキ(やれるものならやってみなさいよ。スラスラが止めてくれるわ。)」 

「へ? 俺が何?」

「イニツ=ハ=コウィン=ニーカナサ=アキイウユセ=ムー=ウィ=ヒクサナホ(私の選んだ男を、あまり見くびらないことね。)」

「ふん。新時代に、君の魔力は是非とも欲しい。また来るよ。」

 ミョネに支えられて情けなく歩き出すその男を追うものは、一人としていなかった。

「はああああ~、怖かった……」

 ずるりと崩れ落ちたスライムに、ユリががばっと抱きつく。

「ツンニーク? スラスラ、イカケ=ハ=ツンニーク?」

「昔の名前だ。今はただのスライムだよ、俺は。」

 ユリが、微かに上気した頬を柔らかい体に強く押し付ける。

「デェナ=キヒ=ニアイェノ=ク=イツニ(ずっと、あなたを待っていました。)」

「あ? 解んねぇよ、現代語で言ってくれよ。それに、大人の姿でそんなに抱きつかれると、いろいろと……やばいンだって!」

 なだらかな腰の曲線、控えめな美乳、それに、すらりと美しい太もも……ぎゅうと押し付けられて、その女性的な形のままに歪んだスライムが微かに外皮を赤く染めた。

「いや、やっぱり、もう少しこのままで……」

 ユリの後ろから、ヤヲがぐるりとチョーカーを首に回す。

「あ、ヤヲ! てめえ……」

 しゅおおおおおと、微乳がさらに平らに縮んだ。

 小さくなったユリはたぷんと跳ね上がり、ぽすんとスライムに受け止められる。

「毎度毎度の事ながら……もったいねえなぁ。」

 スライムが大きな溜息をついた。


ボーナストラックに、小話追加!

登録ありがとうの感謝をこめて・・・

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