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「こいつを試す前に教えろよ。お前、『あのお方』の何だ?」
「……本人、って言ったら?」
銃口に睨まれながらも、ケウィに慌てるそぶりは全く見られない。
そしてそれは、銃を構えるギガントの姿をした男も同じだった。
「ま、可能性はゼロじゃねぇと思ったけど、本当にご本人サマ登場とはね。」
「スライム、僕の演技は完璧だったはずだ。なのに、何故気がついた。」
「確かに、お前の演技は完璧だった。だが、キャラが善人すぎたんだよ。」
「む?」
「普通なら、あの道を通るのなんざ、せいぜいがこの村の農夫か旅の行商人ぐらいだろうよ。下手すれば誰にも会わない可能性だってある。なのに、お前はわざわざ助けを求めに行った。それは、あそこにヤヲ隊が居るのを知っていたからだ。」
「それだけで善人じゃないと決め付けてしまうのか。思ったより浅はかな男だな。」
「お前は、悪党のクセに善人ってモンがわかっていないな。ヤヲを見ろ。あいつなら間違いなく、後先考えずに洞窟に切り込んでいくぞ。」
「脳筋だからな。」
「俺の相棒をあんまり馬鹿にするなよ。ヤヲだってもちろん考えるだろうさ。だが、小難しいことは考えない。ただひたすらに、目の前で困っているものを救う事だけを考える。それが俺たち悪党と、本当の善人の違いだよ。」
「くっくっく、優秀だな。魔族でなければ、僕の配下に欲しい男だ。」
側で見守っていたヤヲが巨人斬に手をかけた。
「僕に刃を向けるのは止めたほうがいい。『婚姻外の子』はその大半が僕に忠誠を誓っている。馬鹿な人間どもは気づかないが、既にウラでは僕こそが『聖王候補』なんだよ!」
がががっと銃声が響き、黒橡の筒口から一筋の硝煙くさい煙があがった。
足元をえぐった弾痕を踏みしめて、ケウィがにっこりと笑う。
「聞こえなかったのか、スライム。僕は……」
「心配するな。よーく聞こえた。だが、俺は新入りなんでな、『聖王候補』がどれほど偉いのか良く解らねぇ。」
「スラスラ、婚姻外の子の大半を手中に収めているって事はですねえ……」
「解ってるよ、ヤヲ。ユリは『魔王候補』だ。下手したら魔族と人間、真っ二つになっての大戦争だろうな。」
スライムが再び引き金に指をかける。
「だから、『よく解らない』と言っているんだ。馬鹿な新入りが勝手な思い込みで暴走するだけのこと。俺の首を差し出して謝っておけ。」
「なるほど、じゃあ私は『主への忠心ゆえに判断を誤って』ってことにします。」
鞘から抜かれた刀身が陽光を照り返した。
「ふん、ミョネっ!」
ケウィの声に応えて、草むらがざざざっと鳴る。日の光に映える美しい褐色の姿が飛び上がり剣化した腕が振り下ろされた。
素早く踏み込んだヤヲが巨人斬の刀身を立て、その剣閃を弾き返す。
「きゃうっ!」
大きく弧を描いて宙を舞う体を猫のようにくるっと返し、ミョネはケウィのすぐ傍らにずざっと着地した。
「強くなったね、隊長。だけど、たった二人っきりでボクたちに挑もうって言うのかい?」
スライムが答える。
「人数を合わせてやったんだよ。そっちも二人、こっちも二人。ちょうどいいだろ?」
「へえ、でも残念。こっちは二人じゃないんだよ。」
ミョネが見事な谷間から、手のひらほどの小さな箱を取り出した。
「これが何かわかるぅ? 魔物遠隔操作機って言って……」
そこについているボタンを押す。
「……あれ?」
「どうしたよ、ミョネ。」
「あれ? あれ?」
かちかちと、何度も強くボタンを押す。草むらがガサリと音を立てて揺れた。
「来たね。見るがいい、ボクの魔物軍団をっ!」
ガサリ、ガサリと足音を立てて、一頭の下向牛が歩み出る。ゆっくりとスライムに歩み寄ったその生き物は、数回くふくふと匂いをかぐと、もう興味をなくしたのか、のそのそと再び草むらに姿を消した。
「大した魔物軍団だな。」
「くっそぅ! こんなことって!」
腹立ち紛れに地面に叩きつけられた小さな箱がばかっと壊れ、中から複雑に絡まりあったコード類がこぼれる。
「おいおい、物に当たるなよ。貴重な錬金術の遺物だろ?」
もちろん、スライムの言うとおりだ。それは錬金術によって組まれた装置で、魔物たちの魔力を喰う性質を利用して呼び寄せる、擬似魔力発生装置だった。
「何をしたっ! スライム、お前、何をしたっ!」
「聞いてなかったのか? 俺のダチは優秀な技術者だと言ったはずだぞ。それと同じものを、より強力に改造してもらった。お前が手なずけた魔物たちは今頃ユリの所に集まって魔力を食わせてもらっているさ。あいつの魔力は底なしだからな、さぞかし満腹していることだろうよ。」
「ぐうううううう!」
ミョネの両腕、そして両脛に魔力が集まってゆく。
「こうなったら、肉弾戦あるのみっ!」
一振りの刀のごとく、体を大きくしならせて飛び掛るミョネ。
ぎん!と金属音が響き、巨人斬ががっちりとその一閃を受け止めた。
「あなたの相手は私ですよ。よそ見しないでくださいね。」
にっこりと微笑むその綺麗な顔に、ミョネが歯をむき出した。
「上等っ!」




