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ヌクチヒの村が田舎であるがゆえ、捜索は意外に困難であった。
背の高い草むら、茂った梢、使われなくなった小屋……風来坊一匹隠れるには十分すぎるほどの場所がある。
……ミョネはおろか、おじいさんすら見つかっていないというのに……
ユリの二回目のデートに付き添うヤヲは、超がつくほどに不機嫌であった。
「今朝からスラスラを見かけませんね。」
「ミョネ、探す。」
「確かに、指揮を執るとは言っていましたけど! 今日ぐらいはユリ様のお側にいればいいのに、あのトーヘンボクは!」
今日はチョーカーをつけて子供の姿ではあるが、スライムが見立てたボーイッシュなショートパンツに小さくフリルのついたガーリーなシャツは嫌味なく可愛らしい。小さな腕を精一杯に伸ばしてバスケットを抱えている姿には、だれかれ構わず庇護欲をくすぐりまくる愛くるしさがあふれている。
「もし、ウェカケダセ様がただのロリコンだったりしたら、どうするつもりでしょうね!」「お……」
「お?」
「ヤヲ、居る。」
「はあ? もちろん、私が命に代えてもお守りいたしますけどね。」
田舎道のど真ん中でユリを待っていたケウィは、その愛くるしい姿を見ると屈託のない笑顔を浮かべた。
「やはり、そのお姿も可愛らしいですね。」
「お弁当。」
「ああ、また作ってくださったんですか。お昼が楽しみです。」
両手に余るほどのバスケットを精一杯差し出す姿に、ヤヲが見かねて手を伸ばす。
「これはお昼まで、私が預かっておきます。」
「それでは僕たちは、少し散策でもしましょうか。」
ヤヲが気を利かせて少し離れた。ケウィはユリと並んで歩き出す。
「ところで、婚約の返事をいただいてもいいですか。」
「婚約、ない。」
「ノーですか。理由を聞かせていただいても?」
「……」
「スライムさんのことは、もう諦めてはどうです? 今日だって、あなたが僕とこうしているのに、側にも居ないじゃないですか。」
「……」
「ユリさん! 僕の目を見て。」
ケウィががっしりと小さな両肩を掴み、ユリを自分のほうに向ける。銀の瞳がゆっくりと上がり、その男をじっと見据えた。
「僕をじっと見て。ほら、もう目が逸らせないでしょう。」
男の銀色の瞳が魔力に妖しく輝き、小さな少女を映している。そして唇はゆっくりと動き、魔力の香る言葉を紡ぎだす……
「スユミヤケ=マーセ=ハナウササハ=デェミーセ=シウィハジ=ヲ=ウィヒク(君はもう僕の虜。この呪縛から逃れられない。)」
それを聞いた『ユリ』が大きく口元をゆがめ、にやりと笑った。
「やっぱり、魅惑魔術か。」
「その声、スライム!」
「夕べ、猛勉強したんだ。術式の構造までは解らなかったが、ナウサ(虜)か、デェミーセ(呪縛)、どちらかの単語がチャームには必ず入る。まあ、二つとも入れてくれるとは思わなかったがな。」
化けの皮をはがされた男は清純そうな笑顔を脱ぎ捨て、代わりに冷酷な薄笑いを纏う。
「面白いよ、スライム。ミョネからの報告どおり、面白い男だ。」
「素が出ちまってるぜ、ぼっちゃん。」
「自分で暴いておいて、よく言うよ。それより、僕のチャームをどうやって防いだ。しっかりと目を見ていたよな?」
「ああ、これ? 本当の目だと思っちゃった?」
ユリの姿をしたスライムは、銀色の眼をぐりぐりと不規則に回して見せた。
「俺らスライムってなぁ適当な生き物だからな。目玉の所にあるのが、どうしても眼球液じゃなきゃならないって事はねぇ。」
ヤヲが後ろから悲鳴を上げる。
「ユリ様のお姿でそんな不気味な事を……」
「あー、はいはい。悪かったよ、お兄ちゃん。」
ずるりとギガントに変化する彼に、ヤヲがバスケットを投げた。
「さすがヤヲ、解ってるじゃねえか。」
ふたを引きちぎるようにして取り出したものは腰布と、つや消しの黒橡色をした短機関銃。じゃき、しゃきっと小気味良い音を立てて構えたその銃口が、間違いなくケウィに向けられた。
「ほう、錬金術か。どこから手に入れた。」
「錬金術に詳しいダチがいるんだよ。ちなみに、そいつは優秀な技術者でもあるからな、これは対魔族用に改造済みだ。」
がちりと発弾の準備が整う。
だがケウィは一つも慌てることなく、こき、こきと首を回していた。




