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……待ち合わせには少し早いな。
彼は暇つぶしのために駄菓子屋に入った。すすけた木造の店には細かい菓子やタバコ、それに瓦版など、寄せ集めのような商品が、ごちゃごちゃと並んでいる。
スライムは隅のほうに小さく並べられた絵草子を覗き込んだ。
「なにかお探しですかねぇ。」
奥から古びた看板娘が、前掛けで手を拭きながら店先に下りてくる。
「成人向草子も、少しだけは置いてありますよ。」
「いや、そういうのじゃなくて、ガキに土産でもと思ったんだが……」
「子供向けはそれきりありませんねぇ。」
「ユリが読んだことあるやつばかりだな。」
「すいませんねぇ、町のお店みたいには品揃えもありませんで。」
「へえ? 看板娘は、町の大店でもお目にかからないような美人なのにな。」
ヤヲの顔で、上目遣いに微笑む彼は、とびきりセクシーだ。
ばあさんの心に映る彼の背後に、ぱあっと黒いバラが咲き乱れた。
「ま、いいや。そこの飴でも包んでくれ。」
枯れかけていたその乙女心を乱れ咲かせたことなど、もちろん彼は気づいては居ない。
飴の包みを隠しにしまいながら往来に出ると、両手に買い物の荷物を下げたおばちゃんが歩いていた。片方ばかりを重くつめすぎたらしく、ヨロリと足元が崩れる。
「っと、危ねぇ!」
ヤヲの脚力でとんだ彼は、片腕だけでその体を受け止め、支える。
「働き者の女って、かっこいいけどな。」
腕の中から見上げる彼女の心に、ふわりと一輪の黒百合が頭をもたげる。
「少しぐらい、男を頼ったほうが可愛いぞ。」
笑顔で荷物を取り上げるその背後に、ぶわわっと黒百合が咲き乱れて見えた。
少し遅れて店に入ると、二人の男はすでに親しげな様子で三人の村娘と談笑していた。
「悪い。遅れちまった。」
彼が席に着くと、楽しそうに小鳥のようにさえずっていた乙女達が黙り込む。
「あれ? 俺、もしかしてお邪魔だった?」
「とんでもないですっ! 憧れの黒い騎士サマが本当に来てくださるなんてっ!」
「気になっていたんだが、その『黒い騎士』って?」
「同じお顔の騎士様がもう一人、居るじゃないですか。」
「白い甲冑の、まじめで爽やかな白い騎士様と、黒い甲冑の、ちょっと悪くてワイルドな黒い騎士サマ。」
「白い騎士様も、ちょっといいよね~。」
「うそぉ、私、断然黒の騎士サマ。」
スライムがふっと小さな自嘲に微笑む。
「『黒の騎士』か。あいつが光だとしたら、俺はその影だからな……」
乙女達の視界に、ぶわわわわわっと幻の黒い花が咲き乱れる。
「ま、いいや。女将、酒……銘柄? 何でもいいよ、あんたが注いでくれたら、安酒も銘酒に変りそうだ。」
ぶわっと、また花が咲く。
「おおお、安いくせに旨い酒だな。これは直接蔵元に行って、樽ごと買い付けなきゃ出せない値段だ。大将、あんた目利きだねぇ。」
ぶわわっと、訳のわからない花が咲く。
半馬人と隊員Aは、スライムに恨みの目を向けた。
「お前、隊長の姿で女の前に出るの、禁止な。」
「へ、なんで?」
「自覚ナシかよ、たち悪いな!」
「今後その姿で女と口きいてたら、俺たちの敵とみなすっ!」
「なんでだよおおおお!」




