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いくらヤヲの姿を借りているとはいえ、剣技に関しては普通。
それでも、前衛が弾き飛ばし、中衛に殴り飛ばされ、激しくいきり立った一角兎の群れを切り抜けることが出来たのは、ケウィのおかげだろう。小さな衝撃波をまとうほど高速の突きは、同時に数匹の兎を刺し貫き、吹き飛ばし、切り裂いた。
「どうにか、酒宴がひらけそうだな。」
肩で支えあい、焦げ臭いにおいをさせながら帰って来た男たちを、ヤヲ隊が総出で出迎える。テントから飛び出したユリは、ヤヲの姿をした黒い甲冑の男に、真っ先に飛びついた。
「スラスラ!」
「馬鹿。しがみつく相手が違うだろうよ。」
スライムは小さな体をひょいと引き剥がすと、ケウィに抱き渡す。
ちょこんと銀髪の男に引き渡されながらも、ユリはスライムから視線を離しはしなかった。
「スラスラ、怪我。」
「おおっ? 本当だ。」
アルミラージの鋭い角がかすったのか、手首の少し上にぱっくりと開いた傷口から透明な液体が、指先を伝って滴り落ちている。
「ヤヲの姿で助かったぜ。水袋だったら死んでたな。」
「寝台?」
「ああ、傷さえ塞がれば……」
ぺろりと体液をなめあげたスライムが、ヤヲを模った顔で厳しい表情を見せた。
「いや、傷が治るまでは無理だな。すまないけど一週間ほどは辛抱してくれ。」
「夜……」
「大丈夫だ。俺がテントの外で一晩中見張ってやる。怖いモンなんか近づけやしねぇよ。」
スライムがユリの眉間に薄っすらと寄った皺を、軽く指で弾く。
「それよりも、何かつまみでも作ってくれよ。酒宴にはやっぱり、お前の料理が無いとな。」
テントの表から酒に浮かれた馬鹿騒ぎの声が聞こえる。
小さなピンクのウィプスに照らされて一人酒を楽しむ彼は、もちろんヤヲの姿のままだった。その腕には痛々しく白い包帯が巻かれている。
「やっぱり、ここに居ましたね。」
追加の酒瓶をぶら下げてきたその男に、スライムは歓迎の笑顔を見せる。
「気が利くな、ヤヲ。」
「あちらで飲まないんですか?」
「ああ、まだケウィも居るしな。」
酒瓶と共に腰を下ろした彼は、自分と同じ姿をした男に溜息をついた。
「食事も一緒に出来ないほど信用できない男に、ユリ様を渡すつもりですか。」
「ケウィはいいやつだ。だが、俺のどこかであいつへの疑いを捨てきれないんだ。」
「嫉妬ですか。」
「そうじゃねぇ。今日、アルミラージと共にミョネが居た。」
「!」
「もちろん、ケウィも兎退治に参戦してくれたしな、疑うほうがお門違いってやつかも知れない。だが、あまりにタイミングが良すぎる。」
「……調べて見たほうがいいですね。」
「もちろん、ケウィがクロだと決まったわけじゃねぇ。オオゴトにするなよ。」
スライムが飲み干した杯に、ヤヲは黙って酒を注いでやる。
表では、小さく虫が鳴き始めた。
「では彼がシロだと解れば、ユリ様とのお付き合いを認めるんですね。」
「俺はただの『寝台』だ。主の色恋にとやかく言える立場じゃねぇよ。」
ぐいっと酒を煽る彼に、ヤヲが鋭いまなざしを向ける。
「ウェカケダセ様から、正式にデートの申し込みがありました。」
「ぐほっ!」
飲み込みかけていた酒が気道液に流れこみ、スライムは激しく咳き込んだ。
「あなたの口利きだそうですね?」
「あれは、社交辞令って言うか、場の流れって言うか……」
わたわたと言い訳する彼を責めるかのように、ウィプスがふよふよと飛び回る。
「ユリは、断ったんだろ?」
「いえ、承諾なされました。」
「ぐ……」
手にした杯を所在無く揺らして、スライムがつぶやく。
「あいつが……良いって言うなら、仕方ねぇじゃねえか……」
透き通ったその液体はピンクの光をわずかに反して、ゆらりと揺れていた。




