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ヌクチヒは小さな村だ。
広大な田畑の間にポツリ、ポツリと点在する農家。村の入り口には小さな食料雑貨店と、駄菓子屋、寂れた飲み屋が数軒あるだけの村人曰く『商店街』。
宿屋などあろうはずも無い。
ヤヲ隊は村の広場を借りて、そこを野営の地とした。
「なんでお前も居るんだよ。」
スライムはにこにこと夕食を待つ銀髪の男に、不服の声を向けた。
「お前はどっかの農家に仮宿があるんだろ。」
「ええ、でも皆さんがせっかく夕食に誘ってくださったので。」
「ぐうううう、今夜はなぁ……」
辺りに野菜の煮物を煮込む、暖かい香りが漂っている。
今日の食事当番にはユリが居る。主自らが料理など他の王族の部隊では考えられないだろうが、料理好きのユリはその役を何よりも楽しみにしている。そして、今ではその料理の才を認めた隊員たちも、小さな主が腕を振るう日を何よりも楽しみにしていた。
「喰ったら、腰が抜けるぞ。」
「ええ、覚悟は出来ています。それでも憧れの女性の手料理なら……」
「逆だ。すぐにでも嫁に欲しくなるぞ。」
ケウィが、ボッと音がするほどに赤くなった。
「およよよよ……お嫁さんになんて……ユリさんは本当に、憧れの女性ってだけで……」
「俺に遠慮してるなら、お門違いってモンだ。俺はあいつの寝台で、あいつは俺の主。それ以上でも、それ以下でもねぇ。」
「でも、随分と親しげに……」
「中性的生物だからだろうよ。こんなぶよぶよ、あんたら人型の魔族から見れば男も女も感じねぇだろ?」
「そう……ですか?」
「だから、お前の邪魔をするつもりはねぇ。だが、一つだけ聞かせろ。」
スライムがぐいっと伸び上がってケウィの顔を覗き込む。
「お前、真性幼女趣味なのか?」
「ええええ? いえ、あのお姿も可愛らしいですよ、もちろん。でも、僕が以前夜会でお見かけしたときは、ちゃんと大人の姿で……」
「どっちのユリを抱くつもりだ。」
「だっ! 抱くとか抱かないとか……そういうことじゃなくてですね、そりゃあ、これを機会にお近づきになれればとは思っていますけど……」
「ふん、ま、いいんじゃねぇの。」
スライムはずるりと身を引いた。
「俺の飯はテントに運ぶように伝えてくれ。」
「えええ? どういうことですか。」
「こういうことだよ。」
柔らかい体がケウィを押し上げ、ドン、と突き飛ばす。調理中のユリの前に押し出された彼は、一気に赤面する。
「後は自分でガンバレよ。」
ぽそりとつぶやいて、スライムはその光景に背を向けた。
「すごいですよ、スライムさん!」
シチューの皿を持ってテントに飛び込んできたのは、ケウィ自身だった。
「ふん、何がすごいんだ。」
受け取った皿を横に置いて、スライムがずるりとケウィを見る。
「『以前、夜会でお会いしましたよね』って言ったら……あ、食べないんですか?」
「後で喰う。それより、どうした。」
「『覚えている』って! 僕のこと、覚えてくれていたんですよ!」
「それだけか?」
「はい?」
「それだけのことで浮かれて、ここに来たのかっ!」
「はいい?」
「戻ってユリと会話しろ! いや、口説くにはまず、女の話を聞いてやれ。」
「だ、だって、何を話題にすれば……」
「お前、絵草子は読むか?」
「絵草子ですか、少しは読みますけど……」
「あいつは、ああみえて絵草子愛好家だ。特に今ハマっているのが『V・バスターズ』でな、話を振ってやれば何時間でも解説してくれるぞ。」
「バンパイア、バスターズですね。ありがとうございます!」
「『ば』じゃねぇ、『ヴァ』だ! ヴァンパイア! そこを間違えると、それだけで三十分は話されちまうぞ!」
爽やかに駆け出していく背中を見送ってから、スライムはやっと、シチューの皿を取り上げた。
「あーあ、冷めちまってるじゃねぇかよ。」
いつもならシチューは、熱々好きの彼のためにユリ自らがよそってくれる。こんなにジャガイモばかりごろごろ入れたりしないで、どの野菜もバランスよく、でも肉だけは内緒で多めに……
「……いい嫁になるだろうよ。」
スライムはずるりと皿に顔を突っ込んだ。




