表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/194

 最弱スライムとはいえ、あれほどの小さな傷が致命傷になるわけも無く、傷口は粘り気の強い液体で塞がった。

「ほらな、平気だっただろ?」

 寄り添っている小さな姫君を安心させようと、体の表面に笑顔を模る。

 銀の瞳が2ミリほど緩み、安堵の溜息が聞こえた。

「ンなことより、黒幕は、そのムナノーってやつだったわけだ。」

「ムナノー=ヒッツ卿。家、零落。」

「だから、『婚姻外の子』を手に入れようとしているのか。お前についてくる特典は、貧乏爵には魅力的だろうからな。」

「婚姻、いや。」

 ユリは僅かに身をくねらせ、頬をうっすらと赤らめた。

「婚姻、イケメン、希望。」

 そのかわいらしい恥じらいに、イケメンから程遠い生き物は身悶えた。

「イケメンったって、色々あるだろうがよ。」

 小首が小さく傾ぐ。

「……イケメン力、3000以上。」

「なんだよっ! 『イケメン力』って、何が基準なんだよっ!」

「ムナノー、マイナス1200イケメン。」

「解った。そのムナノーってやつが好みじゃないってのは良くわかった。」

 スライムは呼吸器液をゴボリと鳴らして溜息をついた。

「で、どうすんだ? このままだと、その変態ムナノーに……ゴニョゴニョ……」

「ヤられる?」

「『オンナノコ』が、そういうことを言うなああああああ!」

 スラスラの眼球液を、銀の瞳が覗き込んだ。

「キズモノ、嫌う?」

「ガキが……そういうイタいこと言うな。」

 うろ覚えで腕の形を作り、その頬に優しく触れてやる。しかし、ずるりと不恰好な棒状の肌に大人しく頬を擦り付ける少女の姿が、スラスラをさらに落ち込ませた。

「やっぱり、トレース……するしかないのか。」

「スラスラ、婚姻。」

「ああ、嫁に行けなかったら、俺がもらってやるよ。『気が長い』と書いて、スライムと読むんだ。お前がちゃんと大人になるまで待ってやるからな。」

「大丈夫、待たせない。」

「……? いや、俺はロリコンじゃないからな。無理だぞ。」

 ふっと微かに唇を上げた少女の笑顔に、ほんの一瞬、『大人のオンナ』の色香が薫る。

 その不安定な艶っぽさに、スラスラの心臓液が大きく跳ねた。

(いや、いやいや、待てよ、俺! 幼女! 相手はよ・う・じょ!)

 どくどくと全身で脈打つ感情と戦う男に、ユリはキュッとしがみついた。

「ムナノー、いや。」

「うう……俺だって、お前が変態の餌食になるなんて嫌だ。」

「ヤヲ、呼ぶ。」

「!」

 小さな唇からこぼれた名前……その一言で火がついたように荒れ狂う気持ちが、『嫉妬』だということが、スラスラを悩ませる。

(ガキ相手に盛ってんじゃねえよ……俺。)

 しかし、その花のような唇は、忌々しい名前を今一度呼んだ。

「ヤヲ、戦う、強い。」

「ぐ……そりゃあ、お強いだろうよ。なんたって、護衛長サマだ。」

 国の要人……それもトップクラスの専用護衛を勤めるような男だ。おまけに、種族的にも……一般的に『平和を愛する』と書いてエルフと読むらしいが、ソレは微妙に間違っている。エルフは身体能力が異常に高く、その平和を脅かしたがゆえに『たった一人のエルフ』に滅ぼされた国の話なんて、ざらに聞く。

 ましてハーフエルフは、より人間に近い思考を持つ。ソレは時として醜悪なまでの強さをもたらすとも言われている。

 『平和を愛する破壊神』と書いてエルフと読むのが正しい。

 それに比べて、『平穏無事を愛する人畜無害』と書いてスライムと読む身では、できることも自ずと限られている……

 スラスラは壁際を這い進み、微かな風を探した。どんなに小さな隙間であろうと、表につながってさえいればスライムの体を阻むことは出来ない。

「ここだ!」

 捜し求めていた微風かぜを感じ取った彼は、今一度ユリを振り返った。

「ヤヲってやつを呼んできてやる。三時間……いや、二時間だ。二時間だけ辛抱しろ。」

 ユリの顔が安堵に緩むその様に、透明な体液がどくどくと、黒く染まり行くような錯覚を感じる。

「俺は、そのまま退場させてもらう。どうせ戦いの役にも立たないんだし、もともと巻き込まれただけだ。文句は無いだろう?」

 幼い姫君がうつむき、全ての表情が隠された。

「別れ……解った。」

 感情すらも殺してしまったように、淡々と抑揚の無い声音が響く。

「スラスラ。」

「ん?」

「感謝。」

 ぞわり、と外皮をなでるような後悔に、そのスライムが呻いた。

(こらえろ、今ならまだ引き返せる……幼女偏愛ロリータに堕ちる、その前に!)

 ゴポリゴポリと波立つ心臓液を押さえて、スラスラはユリに背を向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ