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 馬達はくびきから解かれ、女隊士など背に乗せてご機嫌で歩いている。

 馬の代わりに荷を引くのは、『元気の余っている』男たち。洞窟での一件を聞き及んでいる他の隊士たちは、生暖かい笑いで彼らを見守っていた。

 荷台に腰掛けたユリは無邪気に揺れながら、ギガントの姿を借りたスライムの背中に話しかける。

「触手、トレース?」

「別に、トレースしようとした訳じゃねえよ。」

 隣につながれた男がぼそりと訴える。

「嘘つきが。お前、とびきりエロい顔してたじゃないか。」

「エロい、触手、トレース……」

「どうせ、姫サンに絡みつく妄想でもしていたんだろ。」

「絡む?」

 スラスラは大慌てで両手を振って、その『真実』を誤魔化そうとする。

「ち、違っうからな! お前みたいなぺたんこに、そんなマニアックな……」

「ペタンコ……」

 ぷ、と小さくむくれたユリがギガントの背中に飛びついた。

「馬鹿っ! 危ないだろうが! 大人しくそっちに座ってろ!」

「いや。」

「じゃあ、せめてちゃんと掴まっていろ。」

 大きな手のひらが小さな体をよいしょっ、と引き上げる。肩車に乗せられたユリは満足そうに大きな頭をキュッと掴んだ。

 ぽこ、ぽこと歩速を落として下がってきた栗毛馬の上から銀髪の男が微笑む。

「随分と仲がいいんですね。」

 見上げれば、屈託の無い子犬のような笑顔が眩しい。活動的な感じのする美青年なのに、どこと無く品のある物腰が生まれの高貴さを物語っている。

「あんた、洞窟で……」

 ぱか、ぱかと逆隣りに馬を下げたヤヲがスライムを叱りつけた。

「『あんた』なんて呼ばない! ケウィ=カヤノ=ハキ=ウェカケダセ陸兵中尉閣下。もちろん、『婚姻外の子』ですよ。」

「いや、軍人としてはまだまだ駆け出しですよ。それに、『聖王候補』としても末席ですしね。」

 はにかんで笑うと、嫌味の無い爽やかさがさらに際立つ。

「で、その陸兵中尉様がなんで、こんな、ど田舎をうろついているんだよ。」

「スラスラ!」

 隊長の強い声に、スライムは怒られた子供のように首をすくめる。

「ウェカケダセ様は国命でこの地に視察に参っているのです! それに、あなたの命の恩人ですよ。きちんとした礼をもって接してください。」

「いやいや、本当はすぐに助けにいけたら良かったんだけど、僕の武器はご覧の通り細剣レイピアでしょ? あいつを相手にするには少々不利で……でも、たまたま助けを求めたのが君達の隊で良かったです。」

 声までもが爽やかなその男に、ユリがぺこりと頭を下げた。

「感謝。」

「俺も、礼は言っておく。えーと、うえかけ?」

「ケウィで結構です。堅苦しいのは嫌いなので。」

「じゃあ、ケウィ。あんたがここに来た国命ってのは? あの馬鹿でかい触手と関係あるんだろ?」

「ええ、実はここ数年、このあたりの魔物が凶暴化しているという話がありましてね。そのための調査ですよ。」

「軍人とはいえ、『婚姻外の子』のあんたに? そんなの下っ端にでもやらせておけばいい仕事じゃねぇか。」

「志願したんですよ、ちょっとした疚しい理由でね。でも……」

 明るい銀色の瞳が切なく揺れ、肩車にちょこんと座ったユリを見つめる。

「……手遅れでしたね。」

 その視線を横で見ていたスライムが、痛みを堪えるようにグッと奥歯を噛んだ。


 半日ほど馬に代わって荷を引いた男たちは、ヌクチヒ村の広場に崩れるように座り込んだ。

「もう、触手はこりごりだ……」

 ぐったりとしたその前に、ケウィが笑顔でどん、と大きな木箱を置く。

「お疲れ様。イセウィの実です。この辺りの特産品で、ほんのり甘い果汁がたっぷりと含まれているんですよ。」

「おお、有難いっ!」

「こっちにもくれ!」

「はいはい、まだ沢山ありますよ。」

 爽やかな笑顔に手を伸ばす人の群れから、スライムはずるりと抜け出した。その後ろをユリも追う。

 少し離れた木陰に一人で座り込んでいる隊長に、スライムが声をかけた。

「それ、貰ってもいいか?」

 ヤヲの足元には、大きな縞模様の果実が幾つか転がっている。

「テクシの実か。イセウィより甘いが、確かに果汁の多い果物だ。」

 ユリが自分の顔よりも大きな実を、ぽんぽんと叩く。

「そうそう、そうやって甘いのを探すんだ。そんな闇雲に叩くんじゃねぇよ。コツがあってな、ここのへたの辺りを……」

 ヤヲが顔を上げた。

「私に気を使っているんですか?」

「あ? ンなんじゃねぇよ。俺が気を許せない奴の前で物を喰わねぇのは知ってるんだろ。だから、お前がテクシを用意してくれて助かったぜ。」

「ヤヲ(お兄ちゃん)。」

 ユリが飛びきり大きな一つを指差す。

「早く切ってくれよ。俺ぁ干からびそうなんだよ。」

「ヤヲ(お・に・い・ちゃ・ん)。」

「もう、世話の焼ける!」

 そういいながらも、テクシの上を一撫でした巨人斬が鞘に戻る音は、ちん、と小気味よく、嬉しげであった。

 ぱかっと開いた真っ赤な果実に二人がかぶりつく。

「あ、ユリ! でかいほう取りやがったな。」

「成長期。」

「うそつけ! どこが育つ気だよ!」

「乳。」

「無理だ! だからあきらめて、そっちを俺によこせっ!」

 ヤヲがあわてて二人の間に割って入る。

「ケンカしない! まだ沢山ありますから。」

「おう、じゃあ、じゃんじゃん切ってくれ。そのテクシ斬でよ。」

「巨人斬! 銘刀を包丁扱いとは、どんだけですか……」

 いつもどおりのそのやり取りに、テクシを抱えたユリの口元が微かに笑った。


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