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スライムは今、洞窟の天井を埋め尽くす無数の触手と対峙している。
のたうちながらこちらを窺っている触手は、どれも大人の腕ほどの太さはあろうかという醜悪な代物だ。すでにヤヲ隊の精鋭数人が捕らえられ、あるものは両手で、あるものは片足を吊るされ、捕食者に捕まった哀れな虫けらそのままに成すすべなくもがいている。
「くっそがっ! 触手ってもっとこう、エロいモンじゃねぇのかよ。」
洞窟内に取り残された数人の隊士同士、背中を寄せ合って応戦してはいるが頭数的にも不利は目に見えている。
「せめてヤヲでも居てくれれば!」
ここで彼らが危機に陥っているなど、隊長は夢にも思わないだろう。軽い『オトコの遊び心』でここに来た彼らは、洞窟のことを誰にも内緒にしていたのだから……
事の起こりは小一時間前……ヤヲ隊は街道脇に小さな湧き水を見つけ、しばしの休息をとっていた。馬達は新鮮な草を食み、女たちは湧き水でお茶を楽しむ。皆が草の上に思い思いに体を伸ばし、のんびりとしたひと時を過ごしていた。
そんな中、スラスラを筆頭に数人の若い隊士は、車座になって鼻の下も伸ばしていた。
「……で、このあたりの洞窟に卵を産みつけたらしい。」
「それって、この間すれ違った旅人の話だろ、信用できるのかよ。」
「でも、本当なら見てみたいよな。」
彼らが話題にしているのは触手……オトコの憧れ……
マニアックな魔物であるそれは、手のひらサイズのものが『ソウイウオミセ』で飼われているのをときどき目にする。頼りなく触手を振って羽虫などを喰う、臆病で大人しい生き物だ。もともと岩に着床するための触手基を小石に着けて育てているせいもあるが、野生のものでも子供の腕程度にしか育たない。
「それでもこう、つるりとオンナに巻きつくところを想像するとさぁ……」
「巻きつく……」
スライムの脳液が、妄想で泡立つ。
……ユリ【大人型】の素直で伸びやかな脚は、男心をくすぐるには十分な色気がある。
(あの足首に……)
触手に変えた自分の体を絡ませるチャンスが無いとは……言い切れない!
「よし! 見に行ってみよう。なに、見るだけだ。ぱっといって、ぱっと帰ってくりゃぁ、誰にも気づかれねぇさ。」
本当に居るとは思っていない。若さゆえの妄想話ってやつだ。
だが、近くの洞窟に足を踏み入れた彼らは、すぐに己の妄想を呪う事となる。
「んだよ、このでかさっ!」
触手基は洞窟一面を覆っている。どこにもつなぎ目が無い所を見ると、群生ではなくて一個の個体だということだ。
「すすす、スライムっ! トレースするんだろ!」
「ばばば馬鹿言うなっ! こんなでかい奴が飲めるか!」
立ち尽くす男たちの前に、憧れの『触手ちゃん』がだん!と音立てて振り下ろされる。シュルシュルと這い回る触手が洞窟の入り口を塞いだ。
「うわあああ!」
情けなく吊り上げられる一人の隊士……
「大人しい生き物なんじゃ無いのかよ!」
「確かに、小さい奴は大人しい。が、虫を食うってことは……」
スライムの外皮が青ざめる。
「……肉食だ。」




