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程なくして駆けつけてきた魔王軍は抵抗すらしない街をやすやすと落とし、ツンノーンは名実共に魔王軍の所轄となった。
スラムの子供たちはコワからなる医療チームに保護され、治療が始まっている。
半強制的な統治をスライムは訝しみ、魔王に書状を当てたが、その回答は『王たるもの、いい人といわれるな。有能であれ』の一文のみという、そっけないものであった。
文面を後ろから覗き込んだ色っぽい淫魔が声をあげる。
「婿としての心構えってヤツね、お義父サマからの。」
もちろん中身は兄スライムだ。弟スライムは遠慮なく険しい視線を投げる。
「なんでそうなるんだよ。」
「だって、あの姫様を狙ってるんでしょ?」
「狙ってねぇし! 俺はあいつの『寝台』だ!」
既に旅立ちの準備は整い、隊員たちは『元優秀なスタッフ』たちと別れを交わしている。彼らは全て親元に帰されることが決まっている。
別れの喧騒の片隅で、コワが深い溜息をついた。
「頑なねえ。」
「『寝台』としてなら、あいつを裏切らないからな。そういう風に育ててくれた爺さんには感謝している。」
「チビちゃん、あんたはね、幸せになってもいいのよ。むしろ、幸せになる義務があるの。」
「心配しねぇでも、今だって十分に幸せだ。あの日、ユリに出会わなければ俺はずっとニートだっただろうよ。でも今は、仲間もいて、気の合う相棒も居て、なによりも……守ってやりたい主に巡り会えた。」
コワが飛び切り優しい視線を弟に向ける。
「今はそれでいいわ。ゆっくりでいいのよ。」
さて、小さな彼の主は……メグとその父親の傍らに立って、サケヤの涙をぼんやりと見ていた。彼は、付き添っているヤヲに何度も哀願する。
「本当に、本当に頼んだぞ。」
「大丈夫ですよ。」
スライムの提案により、二人はここから少し離れた小さな村に引っ越すことになった。例え演技だったとしても、メグの父親が魔族を虐待した事実は消えない。余計なトラブルを避けるための配慮であることはサケヤにも解ってはいた。
「本当の、本当に……」
「大丈夫ですよ。その村までは我隊が全力をもってお二人をお守りいたします。」
「ううう、メグぅ~」
情けない泣き顔を見せるダムピールに、少女は厳しい口調を投げる。
「もう二度と会えないみたいな別れ方はよしてよ!」
「だって、お前は……」
小さな腕が泣き顔をぐいっと引き寄せた。唇が軽く重なる。
「急いで大人になるから! 浮気しないで待っていなさいよね。」
「うう、メグっ! 解った。待っている。何十年だって待っていてやるから、でかくなって戻って来いよ。」
一部始終を見守るユリは目を輝かせ、小さく溜息をついた。
「少女系恋愛絵草子……」
コワと向かい合っているスライムの上に、ユリが飛び乗る。
「二度と、会えない、ない。」
「あ? いきなり何を言い出すんだ。」
「急ぐ、大人、なる。」
「それを外せば、すぐなれるだろうよ。」
「でかい、なる。」
「乳周りか? あきらめろ、成長期は終わっている。」
コワがくねくねと、指で空をこね回した。
「あら、そんなの、やり方次第よ。」
「卑猥な手つきをするなっ! お前も、自分で揉もうとするんじゃないっ!」
子犬のようにじゃれあう無邪気な姿に、兄スライムが柔らかく微笑む。
「……チビちゃんを頼むわよ、姫様……」
こうして、スライムの旅は続く。




