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神殿の地下に通じる階段の周りでは、既に集結したヤヲ隊の面々が次々とあがってくる魔族を引っ張りあげている。一番最後に初老の人間を抱えたダムピールの姿が見えると、スライム自らがブヨリと抱えあげてやった。
「無事でよかったよ。」
「心配してくれたのか。」
「ふん、お前が無事じゃねぇと、俺がメグにぶっ飛ばされるだろ。」
まるで幾星霜の戦場をくぐり抜けた戦友同士のように、手と、手のように伸ばした体ががっちりと組まれる。
サケヤの腕の中を見たスライムは、小声でその男を制する。
「悪いようにはしねぇ。娘にも会わせる。だがもう少し『人質』でいてくれ。」
その意を汲んだ彼は、屈強な隊士に引き渡されながらも小さく頭を下げた。
「さて、そろそろ終幕と行くか。」
一段高くなった神殿からは、街の様子が見渡せる。街を超高速で走るフンゾンに、ダムピールが目を剥いた。
「なんだ、ありゃ?」
「お前の分の術式も用意してあるぜ。行ってメグを手伝ってやれよ。」
メモを手渡しながら、よたよたと這い回るイターセ像を指差したスライムが、外皮の表面ににやにや笑いを浮かべる。
「ま、チュウぐらいなら、見なかったことにしてやるよ。」
「ちゅ! うなんかするかよ」
ばさりとコウモリ羽を広げたダムピールが飛び立った。それが間違いなくイターセを目指しているのを見たスライムは、居並ぶ隊士たちに号令をかける。
「神殿からは離れないように! だが、この辺りにはいないほうがいい。なにしろ、あれに乗っているのはユリだからな。」
土砂降りの雷雨はすでにあがりかけ、雲の切れ間から切り取られたような陽光が射した。
「最高の演出だ。案外、神様ってのは居るのかもな。」
フンゾンが神殿に向けて進み始める。よたよたとしていたイターセもぐるりと向きを変え、しっかりと大地を滑るように動き始めた。
「観客席も満席だ。」
潜入させた隊士に誘導され、街人たちも集まってくる。彼らは一様に、神殿への斜面を上る二体の神像に目を剥いた。
フンゾンは荒々しく一本の柱をぶち壊して衆目の前に立つ。対するイターセは控えめに、柱の一本も倒さぬように注意深く、神殿の中央に進み出た。
二体……いや、二人は熱い視線を交わす。見つめあい、確かめ合い、次の瞬間……
ガッツーン!
砕けるような音を響かせて、二体の神像が顔をぶつけ合う。
「色気のないキスシーンだな。」
だがその音と、飛び散った幾つかの石片は予想外に効果的であった。誰もが神像に刮目し、成り行きを見守った。
唇を重ねてぐるぐると回っていた二体は、静かに停止する。永遠の口付けを交わしたままの姿で……
神殿のあっちとこっちに別れていた魔族から、数人の男女が駆け出してきた。それに呼応して、人間側からも数人が駆け寄る。十余年の歳月を越えて固く抱き合う人間と魔族の夫婦たちは、その背後に抱き合う二対の石像そのままに、永遠の絆を確かめ合っているようにも見えた。
スライムは神像の裏にこっそりと回る。イターセからばさりと羽音が降り、メグを大事そうに抱えたサケヤが降りてくる。
対するフンゾンからは、銀髪の女が無防備に飛び降りた。
「スラスラ。」
「馬鹿っ! そんな高さから……」
素早く落下点に身を滑り込ませたスライムは、最上の弾力をもってその体を受け止める。
「ぐえっ。」
体が大きくたわみ、みっともない声が漏れた。
「大きい、忘れてた。」
「いや、大きさの問題じゃなくて、高さがだな……」
サケヤは華麗に着地を決め、静かに羽をたたんだ。
……みっともなかろうが、華麗であろうが、男たちは二人とも同じように……腕の中の女を抱きしめ、深く、熱い安堵と共に口を開いた。
「怪我ぁ、ねぇか?」
スライムは思ったよりも甘い声を出す自分自身に、激しく戸惑う。
(サケヤとは違う。俺のは、寝台としての忠心だ。)
それでも弾力の中に戻ってきたそのぬくもりは手放しがたく、スライムは細い背中にずるりと体を伸ばした。




