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「始めるぞ!」
スライムの号令で、ヤヲ隊の全ての魔族が低く立ち込めた雨雲に詠唱の陣をかざした。
「ク=シネーヌ=ラ(雷よ)」
ぱり、ぱりと帯電した雲が音を立てる。
「人間隊は? 街に到達したか?」
街人に紛れ込ませた彼らは、パニックを煽りつつ、安全な場所に人々を誘導するのが任だ。
「よし、もいっちょ、行け!」
半魔半人の隊員たちが、雷雲に向かって陣を掲げる。
「キヨ=ラ(雨よ)」
街の上空に雷鳴が響き、大粒の雨が降り出す。
「後は頼んだぞ、ユリ!」
彼は神殿に忍び込んだはずの主に向けて、その武運をただ祈った。
神殿の柱の影からメグが飛び出し、イターセ像に飛び乗る。対するフンゾンの上には、チョーカーを外した大人型のユリが這い登った。
「あんたみたいに桁外れの魔力があるわけじゃないんだから、期待しないでよね。」
「計算済み。イターセゆっくり。」
ユリは大粒の雨に打たれながら、陣すら組まずに詠唱をはじめる。
「ニーク=ヌアケ=ウェカ=ケノンラウハユ=デライシー=クフサニコヌムァケ=フマ=ナーイ=ヲ(大地を潤す天よりの水よ、我意に応え、地表に留まれ)」
ざあっと音を立てて、地表に薄い水の膜が張った。
「メグ。」
「解ってるわよ! ええと、タハヌ=シウィク=ツアヤケシモー=ウェ(その力、石をも浮かべる)」
イターセの像が大きく動き、立ち上がる。
「後はこの水の流れに沿って、ラブシーンを演じてもらえばオッケーね。」
「『恋人達の真実』。」
「また絵草子~? ほんと、どんだけ好きなのよ。」
メグが笑った。
フンゾンとイターセのラブシーンは、非常にはた迷惑なものであった。
特に、ごーっと派手に走り回るフンゾン像は、その石の体をあっちの屋根にぶつけ、こっちの柱にぶつけ、そのたびに破壊音と共に建物を瓦礫に変えてゆく。
「こっちだ、こっちに逃げろ!」
大声で誘導しているのはもちろんヤヲ隊の一員だが、彼は誰にも聞こえないように、ぽそりとつぶやいた。
「姫様、やりすぎですって……」
その背後で轟音を立てて、かなり大きな商家が崩れ落ちる。その破壊をもたらしたフンゾンは立ち止まり、何かを探すようにきょろきょろと体を揺すった。
「だから、そんな小芝居もいりませんって……」
隊員たちは大きな溜息をついた。
神殿の地下は間違いのないパニック状態だった。地上から聞こえる激しい地響き、流れ込んでくる雨……狭い通路を魔族たちが右往左往している。
その中で、サケヤが叫んだ。
「落ち着け!」
吸血鬼に姿を変えているのは皆を安心させるためだろうが、その腕の中にはぐったりと目を閉じた初老の男が抱えられている。
「人質だ。」
誰に聞かれたわけでもないのに答える彼をいぶかしむ余裕は、この場には無かった。
「お前らをこき使っていたやつらはどうした?」
「さっさと逃げ出しちまったよ!」
「ふん、予想通りってことか。」
スライムからは『脱出を最優先に』と言われている。深追いしてやる義理も無い。
「ここから出たいやつは俺の言うとおりにしろ!」
良く通るサケヤのセクシーヴォイスが魔族たちの上に響いた。




