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……まだ街が平和だった頃、参詣に来たことがあったな。母もまだ若く、帰り道に父に内緒で氷菓子なんか食べたっけ……
そんなサケヤの感慨を、甲高いメグの声が破った。
「見て、石像が!」
本来向かい合わせであるはずの石像は元の場所には無く、フンゾンは神殿の端にまで下がっている。イターセにいたっては引き倒され、虚ろな目を天に向けていた。
「あのスライムの言ったことは、あながち間違っちゃいねぇな。」
スラスラは青い霧の夜を、不自然なく『石像を動かすための』作戦だと目していた。神殿の地下を開き、労働力となる魔族を集めるための一石二鳥の作戦だ。
イターセ像の影にぽっかりと口を開けた深い階段を覗き込んで、黒猫が軽く身震いする。
「それにしても、魔族たちは何故大人しく言うことを聞いているのかしら。」
「スライムが言っていただろう。人心を操るのに手っ取り早いのは、『人質』か『洗脳』だ。」
「ここにいる親達は、子供がスラムに捨てられているのを知らないのね。」
「だったら良いけどな。もし『洗脳』なら、この潜入は失敗だ。」
緊張に身を硬くして階段を下りれば、石造りの壁は途中から掘りっぱなしの土に代わる。狭い炭鉱のような通路をさらに進むと、壁の土をなぞっていた指先に、冷たい金属の感触が混じった。
「こいつが……」
ゆっくりとなぞりあげればその丸みはなだらかで、それがかなり大きなものであることを示していた。
「俺の勘で言うと、直径で十メートルはくだらねぇな。」
サケヤはその砲身をこつこつと叩く。
「荷電粒子砲? いや、仮にコイルガンだとしてもこの大きさならかなりのものだ。くっそ、メカニカルな部分を見ないと解らねぇか。」
さらに奥に行くと、数人の坑道小人に出会った。
「お前、表のモンだな?」
「しまった!」
うろたえ、逃げだそうとするサケヤたちを、節くれだった手が捉える。
「そんな格好でうろつくな、馬鹿モンがっ!」
ドワーフたちは土を掬い上げ、二人の体中に塗りつけた。
「こうしておけば、ここのモンと区別がつかないさ。」
「ええ? あ、ありがとうございます……」
惚けた顔で礼を言うサケヤに、ドワーフたちが詰め寄る。
「それより教えてくれ、表はどうなっているんだ。俺の子供はどうしている?」
スラムで暮らす薄汚れた子供たちの姿を思って、彼は唇を噛んだ。
「……今は言えません。ただ、これだけは信じてください。あなたたちを助け出す準備は始まっている。」
ドワーフたちは歓声を上げる。
「俺は今回、これの調査に来たんです。だれかメカニカルのわかる人は?」
「めかに? ああ、中が見たいのかい。ちょっと待ってな。」
ドワーフは無造作に、べりっと金属の壁をはがした。
「正直、俺たちは自分が何をしているのか知らされちゃいない。ただ指示されて毎日掘ったり、この辺の部品をいじくったりしているだけよ。」
むき出しになった部品はどれも金色に輝き、伝導のよさを示している。その中に頭を突っ込むようにしてあちこちを撫で回していたサケヤがにこりと微笑んだ。
「そういうことかよ……」
「なに、なにがそういうことなの?」
「いいかメグ、これは確かにロストテクノジーが作り出した最悪の兵器だが……」
ドワーフが小声で叫ぶ。
「やつらがくる!」
サケヤは早口な小声でメグの耳に囁いた。
「お前の親父は正気だ。安心して信じてやれ。」
「え?」
「スライムには、作戦続行とだけ伝えればいい。」
「え? え?」
「始めっからそういう作戦だったんだよ。俺はここに残って、ここのやつらが逃げるための準備をする。お前は戻って、ここの状況を報告する。」
「やだ! サケヤと一緒に!」
彼はその言葉を聴かず、小さな口笛でピンク色のウィプスを呼び寄せた。
「こいつについて行け。いいか、お前が無事に脱出してくれないと、この作戦はここでぽしゃる。わかるな?」
精霊猫が唇を震わせている。サケヤは飛び切り明るく笑って、その唇を親指でなでた。
「俺を助けたいなら、早くここから出ろ。後は、あのスライムが何とかしてくれる。」
きゅっと唇を結んだメグが走り出す。その後姿を見送りながら、サケヤはさっき彼女に触れた親指にそっと唇を寄せた。
「侵入者だ!」
無情な声が響く。
彼の体は、半魔半人へと戻りつつあった。
えっと、昨日『ファンタジー用語辞典』追加してあります。




