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遅ればせながら、魔族と人間、それに半魔半人の外見的特長を説明しよう。
魔族には明らかに人間と違う姿をしたものも少なくは無い。たとえ姿は人であろうとも、人としての知性を持ち合わせていれば魔族として扱われる。だが人と同じ姿をしたものも少なくは無い。吸血鬼や泣女、エルフなどもその類だ。
だが、身のうちから常に魔力を立ち上らせる彼らを人間と見分けるのはさほど難しいことではない。魔力は甘く蟲惑的な香りとなって身の回りに立ち上る。不快なにおいではないが、確かに『魔族臭い』のだ。
そんな魔族と人間の間に生まれる子供は、外見的には全くの人間として生まれる。魔力を内に溜め込みやすい人間の体からは、魔力の香りが立ち上ることも無い。代わりに、体内にこもった魔力は髪に独特の輝きを与える。ユリのように完全な銀に輝くほどの魔力は珍しいが、たとえ茶髪だろうと黒髪だろうと艶やかに輝く様は、少し魔力慣れしていれば一目瞭然である。
よって街へ潜入するには、当然人間の隊員だけで……のはずだった。
その薬に関しては、さすがは名の知れた薬師というしかないだろう。コワの薬は特殊な調合によって魔力を一時的に押さえるものだ。
「つまり半魔半人であれば、人間に見えるわね。」
「ユリ、ダメだぞ! ただの偵察に総大将が出て行く義理はねぇ!」
「あたしたちスライムはもともと魔力が無いんだから、適当な人間をトレースすればいいわね。つまり家のチビちゃんとぉ、あの隊長とぉ……」
「私も連れて行ってください!」
メグが自ら手を上げた。
「あら、いいわねぇ。まさか姫様も危険すぎるところへ、子供を連れて行くわけには行かないわよね。いい抑止力ってやつじゃない?」
「ぐうう、解ったよ! 街中を見て歩くだけだ。余計なことは絶対にするなよ!」
スライムはずるりと溜息をついた。
「本当に面倒クセぇな……」
スラスラがトレースのために選んだのは、取り立ててハンサムではない、かといって不細工でもない、没個性の化身のような男。まさしく『隊員A』。
だが隣に寄りそうのは、チョーカーを外した大人のユリ。薬の効果で銀の髪は平凡な茶色に変わってはいるが、それは彼女の美貌を何一つ損なうことはない。そんな輝くような美人が隣に擦り寄っていれば、いやでも人目を惹く。
「おい、もうちょっと離れて歩かねぇか?」
しかしユリは浮かれた様子で、8割引でも明らかなほどの笑顔を浮かべていた。魔力を封じ、茶色に変化した髪をスラスラに見せ付ける。
「母、同じ。」
「そっか。母ちゃんと同じなのがそんなに嬉しいのか。だがな、はしゃぎすぎるなよ。」
後ろを歩くヤヲも、やはり髪色がライトブラウンに変化していた。傍らを歩くメグに、のんきに話しかける。
「普通の街じゃないですか。」
ごくありきたりの大通り。商店が立ち並び、人々は普通に生活しているように見える。 ユリが一軒の洋服屋の前で立ち止まった。
「スケスケ。」
ひょいと店先を覗き込んだスライムは、ずるりとした体に戻るんじゃないかというほどの衝撃を受けた。
「スケスケ!」
紗の布で作られたそれは、ふりっふりのレースで飾られた明らかに『夜用』の……
「いかがですか、カレシを悩殺、スケスケランジェリー。」
店の奥から出てきたオヤジの、愛想のいいセールストークに、ユリがピクリと反応する。
「悩殺……」
「だめだ! ダメだからな、ユリ! そんなものを着たら(俺の上で)寝かせないからな!」
「大胆なカレシさんですね。(今夜は)寝かせない、ですってよ。」
「このノーミソ茹だったオヤジを何とかしてくれええええ!」
見かねたヤヲが、絵草子柄の詰まれたワゴンの前にユリを引っ張った。
「ほら、ゴウもありますよ。」
「そっちは男児用でごぜえますよ。」
「ああ、構わねぇんだ。えっと……甥っ子の土産だ。」
山積みになった洋服を、がさごそと物色するユリの姿に、スライムは安堵の溜息をつく。 彼がふっと気を緩めたその瞬間、小さな子供が懐にぶつかるように飛び込んできた。
「うおお?」
ぐるり、どすん!と突き飛ばされたスライムに代わり、店主がその小さな腕を掴む。そこにはスラスラが懐に入れていた、札入れが握られていた。
「この半魔半人めが!」
憎々しげなその怒号を聞きつけて、あっちの店先、こっちの民家から次々に人間たちが出てくる。誰もが憎しみに浮かされた顔で、手に手に棒切れやフライパン、中には明らかに殺傷力がありそうなバールのようなものを握り締めている様は血なまぐさい。
ユリがスラスラに駆け寄った。
「スラスラ!」
「可哀想だが無理だ! 連中の顔を見てみろよ。正気じゃねぇ。」
「スラスラ。」
「うううう、そんな顔しても、無理なモンは無理だぞ。」
ユリは小さく唇を結び、半魔半人の子供を取り囲もうとしている大人たちに視線を向ける。その様子に、スライムはあわてて彼女を制した。
「おい、まさか、助ける気か?」
「助ける。」
「猛牛の群れに飛び込むようなもんだぞ。自殺行為だ。」
「小事成さず、大事成らず。」
「うう、確かに言ったけどなぁ……あああ、面倒くせえな、もう!」
隊員Aの姿をした彼は、その細い乙女を強く抱きしめた。
「主に傷を作るなんてなぁ、寝台としてのプライドが許さない。お前はひっこんでな。」
ユリをメグのほうに押しやりながら、彼は没個性な顔を精一杯に歪めて『悪人の面構え』に変える。ヤヲがその意を汲んで、素早く傍らに従った。飛び切りの悪人声で彼は居並ぶ人間たちを恫喝する。
「おう、そのガキをどうする気だ?」
「知れたこと、こんな穢れた手癖の悪いガキなんか、街からたたき出してやるのさ。」
「ふん、手生ぬるいな。」
スラスラは子供に歩み寄り、その顎をぐっと掴み上げた。
「へえ、結構可愛い顔してるじゃないか。これは楽しめそうだ。」
「お前こそ、そのガキをどうする気だよ!」
「ガキ? 俺のところじゃあ、人様のモンを盗むようなヤツは『動物』っていうんだよ。俺たち人間にどんな扱いをされても文句は言えねぇ。」
「この街にはこの街のルールがある! よそ者は引っ込んでてもらおうか!」
「生憎だな……」
スラスラの目配せに、ヤヲが動く。腰の巨人斬がすらりと抜かれ、中空に一閃の光跡だけを残してチン、と鞘に納まった。
と同時に、一人の男が手にしていたバールのようなものが真っ二つに断ち折られ、ゴトリと地面に落ちる。
「俺のところでは、俺がルールだ。文句があるなら、俺のやり方で聞いてやるぜ。」
再びフルンティングの柄に手をかけるヤヲを見て、それでも声をあげる強者は一人としていなかった。
おまけ
「それにしても、見事に美人さんばかりですねえ。」
次々と姿を変えてみせるコワに、ヤヲが驚嘆の声をあげた。
「しかも、見事な乳周り……」
「兄貴は巨乳好きだからな。」
きょとんと首を傾げる朴念仁に、スライムがにやりと笑う。
「兄貴のトレースはなぁ、喰ったオンナのコレクションなんだよ。」
「えええ、だって、オカマのヒトなんじゃぁ?」
「オネエ口調はただの趣味だ。」
下卑た話で盛り上がる男たちを、ユリが物陰からこそっと覗く。それに気づいたコワは、ひらひらと気安く手を振った。
「やん、あの子、かわいい~。」
「兄貴、ユリはでかくないからな。」
「やあねえ、あんたの想い人にまで手を出したりしないわよ。」
「おもっ! い人じゃねえし。」
「それに、大きくするのも得意よ~。」
「卑猥な手つきをするなっ! ユリ、お前もそれ以上この男に近づくんじゃねぇぞ!」




