12
飛行魔物の背に乗った先遣隊が来たのは、次の日の朝早くだった。
「随分と早すぎやしないか。」
驚き、宿から飛び出した一同の前に10頭のガーゴイルがずらりと並ぶ。
屈強な魔族たちの中に、すらりと美しい蛇女が一人。医療関係者を現す白いローブを押し上げる見事な胸のボリュームに、野郎どもが狂喜の声をあげた。
「ここに居るのね……」
さらりと髪を振り分けて、美女がゆっくりと辺りを見回す。
傍らにユリを連れたスライムの姿を認めると、ラーミアはひときわ甲高い声をあげた。
「いっや~ん、チビちゃん、久しぶり~」
駆け寄るようにして飛びつく胸の揺らめきに、ユリの銀色の瞳が微かに曇る。スライムはやたらと慌てふためいて、ぷるぷると体を揺すった。
「ええええと、どこかでお会いしましたっけ?」
「つぅめた~い、忘れちゃったの?」
クスリと妖しげに微笑む美女が、ずるりと姿を変える。ローブの中で揺れる、弾力あるその姿にスラスラが叫んだ。
「兄貴っ!」
居並ぶ隊員たちが、落胆と驚嘆の叫びを上げる。
「兄貴いいいいいい?」
その中でユリだけがふわっと眉間を緩めた。
兄スライムは再び、今度はラーミアでは無く、美しい女エルフの姿をとる。
「どうしてこんなところへ来た!」
「やん、怖い顔しないで。魔王様に招聘されちゃったのよぉ。」
スラスラの兄、コワ=ク=ツンニークはふざけたオネエ口調にも関わらず有能な薬師であり、精神修復師でもある。特にゾンチセの実による中毒の治療に関しては……
「俺という実績があるからな……」
ブヨリとした弟の頬を突付いて、絶世の美女が微笑んだ。
「で、あんたのカワイイ主サマってのはどぉれ? 隠してもむだよ。サクテから聞いちゃったんだから。」
「いや、隠しているわけじゃねぇけどな。」
指差した先には、ぺこりと頭を下げる銀髪の幼い少女。だが優秀な彼は、その首元に光る魔具を見落とさなかった。
「良かったわぁ。一瞬、幼女かと思っちゃった。」
コワがにっこりと微笑む。その人懐っこい視線から隠すように、スライムは素早く主を抱き寄せた。
「で、本隊は何時到着するんだ?」
「そうねえ、三日以内には到着するわ。そして、その総指揮官に任命されたのは、そこの小さなお姫様よ。」
「ユリを……何を考えてるんだ、魔王はっ!」
「ねえ、姫様? あの街を救うも、見捨てるもあなたの胸先三寸ってコトよ。どうする?」
ユリはスライムを見上げる。
「……飴。」
「飴玉の一個や二個施すのとは話が違う。どこかに利を図るためには、必ず大きな不利が発生する。それは全部俺が教えてやるよ。」
ユリは宿の入り口から顔を出す小さな魔族たちを見回した。おそらくまぶたの裏には、先日スラムで出会った子供の顔も浮かんでいるのだろう。
「難しく考えるな。お前は今、施すに十分な飴玉を持っている。但し、今回は人間たちにその飴玉を渡すことは出来ない。つまり、この街の人間から恨まれ、憎まれてでも飴を配る覚悟はあるかってコトだ。」
「やる。」
「そうまでするメリットは?」
ユリは目線でメグを見つけ出した。
「友達、助ける。」
「いい答えだ。『小事を成せずして、大事は成らず』ってやつだな。しょうがねぇ。手伝ってやるよ。」
スライムは未来の王を、たぷんと優しく抱き上げる。その耳元に、コワがそっと囁いた。
「あんた個人に、魔王様からメッセージがあるわよ。」
「ああ?」
「『娘はやらん』ですってよ。」
「なぜ、そんな話になった!」
「『いつも見張らせているから、間違っても変な気は起こすなよ』とも言っていたわね。」
「そうか、どうりで行動が早いと思った。魔王は、ユリを見捨てたわけじゃねぇンだな。」
表情すらないその体が、嬉しそうに揺れた。




