6
サケヤはスライムを自分の部屋に招いた。
男二人で差し向かい。隠しておいた取って置きの酒がスライムに振舞われる。
「いや、俺だってロリじゃねぇよ。」
必死で言い訳するサケヤの言葉を、スライムは敢えて無視した。
「おお、サツハ=シンミーク……しかも大吟醸かよ。いい酒飲んでるなぁ。」
「なあ、聞けってば!」
ぶよりとしたカラダを、華奢な指がぐいと引っ張る。
「俺は、何ていうの……そう、あいつの父親代わりになってやりてえんだよ。」
「父親ってのは、セクシーヴォイスで囁くものなのか?」
「しょうがねぇだろ! それが地声なんだからっ!」
ダムピールは黒髪をがしがしと掻き乱し、大きな溜息をついた。
「あー、もうっ! その通りだよ! 惚れてるよ!」
「やっぱり、ロ……」
「誓って言うが、ロリコンじゃねええええ! 寧ろ俺は、でかい方が好きだ。」
「そこはでかくて、こっちはきゅっと締まってて?」
「そうそう。ンで、とどめはプリンとしていて、むっちりで……」
男たちの手つきが、中空に『理想の曲線』を描く。
「だいたい、メグとはガキの頃からの付き合いだ。オシメだって替えてやったんだぞ。イカガワシイことをする気にゃあ、なんねぇよ。」
「でも、惚れているんだろ。」
「そういう『惚れている』じゃねぇよ。あいつの父親代わりになってやりたいってのも、間違いのない事実だ。」
「嫁にでも出す気かよ。」
「あいつが幸せになれるなら、な。別に相手が俺じゃなくてもいいんだ。」
サケヤがいずれ訪れる寂しさに、瞳を曇らせた。
スライムは気づかないふりをして、ちみりと酒を嘗める。
「……で? 俺をここに呼んだのは、コイバナをするためじゃねぇだろ?」
「もちろんだ。お願いがある。」
彼はピシッと姿勢を正し、深く頭を垂れた。
「人間の王でも、魔の王でも、どちらでもいい。ツンノーンの街に調査を寄越すように進言してくれ。」
「ユリを利用しようっていうのか?」
「そういうことになるな。でも俺は、不幸な子供達をこれ以上増やしたくは無い。」
スライムは飲みかけのコップをコトリと置き、サケヤに向き直る。
「俺はただの新兵だぜ。そういうことはヤヲに頼めばいい。」
「あの男はまじめそうだからな。いきなり自分で街に乗り込みかねない。」
「お前も、『見回り』に行けば良いじゃねぇかよ、親父みたいに。」
「気づいていたのか!」
「いくら客引きのためとはいえ、あんな時間に吸血鬼が出歩くのは不自然すぎる。まして今のツンノーンを魔族がうろつくなんざ、自殺行為じゃねえか。」
「思ったとおり、あんたなら話が解りそうだ。」
サケヤはコップの隣に、ごとりと銃を並べた。
「あんたは、俺の流した情報に踊らされてくれれば良い。」
「こんなちゃっちいおもちゃが、何だって言うんだよ。」
「こいつは確かに俺が掘り起こして整備した、ただのおもちゃだ。だがツンノーンの地下には、国を丸ごと吹き飛ばすほどのロストテクノロジーが埋まっているという噂がある。」
サケヤは、コップに酒を注ぎ足す。
「街がおかしくなったのは、ロストテクノロジーを掘り起こそうとしている奴らの仕業だ。奴らはそれを使って、国家転覆を目論んでいる。」
だがスライムは、酒の満たされたコップに手を伸ばそうとはしなかった。
「でもなぁ、所詮は噂だろ?」
「大筋は間違ってねぇと思うぜ。メグの父親は行方不明になった『人間』の一人だがな、ロストテクノロジーの研究者だった。」
「!」
「それに魔族が消えたあの夜から、神殿の一部が立ち入り禁止になっているんだ。」
「まさか、ウラは取れてるんだろうな?」
「いや。あの街中を調べるには、魔族やダムピールじゃ分が悪い。あくまでも俺の推理でしかない。」
「国まで担ぎ出して、何も無かったじゃ済まねぇぞ。」
「そン時は知らん振りして、俺を差し出せばいい。国をたばかろうって言うんだ、それなりの覚悟はできているさ。」
「おかしな話だな。お前のメリットがちっとも見えねぇ。」
「メリットならある。ガキどもの親だって、死んだと決まったわけじゃない。街が解放されて親が迎えに来れば、俺もあいつらの世話から解放される。」
「メグはどうするんだよ。父親代わりになってやるんじゃないのか?」
「あいつの親父は死んでないよ、絶対にな。本当の親父が帰ってくるなら、そっちのほうが良いに決まってる。」
「ふん、惚れた女のため、か。月並みだな。」
ずるりとした体がコップを掴む。
「……だが、嫌いじゃない。美味い酒も飲ませてもらったしな。」
「じゃあ!」
「あまり期待するなよ。俺はご覧の通り、『役立たず』だからな。」
それでもダムピールは、これ以上ないほどに深く頭を下げた。




