表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/194

 ヤヲ=ケネセッスは……って、このパターン、いい加減よくね?

 ともかく、彼は自分のふがいなさにただただ涙していた。

「おおお……ユリ様……」

 不眠不休でその姿を追い続けて疲れきった脳裏には、悲劇的な妄想がこびりついている、

「ヤヲ、一度宿に戻れ。」

 副護衛長である狼獣人ウェアウルフの制止を受けて、ヤヲはがっくりと膝をついた。

「私の力では、ユリ様をお助けできないと……?」

「単純に、休めと言っただけだ。明日は捜索の網をもっと外側に広げなくてはならん。疲れていては、使い物にならんだろう。」

「使い物に……やっぱり、私は役立たずなのですね!」

 ウェアウルフは心の中で舌打ちした。

……エリート様は打たれ弱くて困る。

「護衛長であるお前には、ここ一番のときに居てもらわないと困る。」

 金の前髪の奥で、美しい瞳に微かな陽光がともった。

「考えても見ろ。トップであるお前無しでは、この隊は回らないんだぞ。お前の真の出番は、ユリ様を攫った輩を見つけ、その御身を救い出すべく突入する、まさにその瞬間……だろう?」

 取り戻した自信がヤヲを再び立ち上がらせた。

「そうですね。私が潰れるわけにはいかない……ここを頼めますか?」

「優秀なお前のことだ。次に捜索すべき場所の目安は、もう立っているんだろう? この地図に書き込んでくれれば、夜のうちに夜行性のやつらに探させておこう。」

「助かります。」

 素直にペンを動かす愚かな上司を見るその男の顔は、黒い笑いに覆われていた。

(まあ、扱いやすい男ではあるが……)


 地下室に、重量感あふれるギガントの足音が近づいてくる。

 スラスラが目を覚ますと、腹の上で眠っていたはずのユリは既に起き上がっていた。

「来た。やつら。」

「ああ、来たな。で、作戦は?」

「大人しく、行く。行き先、知る。」

「なるほど。で、俺は?」

「無理。」

「ひでえなぁ。いざとなったら、盾の代わりぐらいにはなるぞ。」

「だから、無理、しない。」

「そういうことか。」

 スラスラは体を腕のようにつき伸ばして、銀髪輝くユリの頭をなでた。

 表情も、真意も見えないスライムの行いに、ユリの表情が8割引で曇る。

「心配するなって。『頑張らない男』と書いて、スライムと読むんだぞ。危なくなったら、すぐに逃げさせてもらうからな。」

「安心。」

 ふっと緩みかけたユリの表情は、頭の上で立ち止まった足音に固まった。

 ランプの光を漏らしながら、重い音を立てて跳ね蓋が上がる。

 その光から小さな姫君を守るように、ずるりと体を伸ばして、スラスラは覗き込んだギガントを睨みつけた。

「こんな夜中にメシか? ダイエットのために、十二時以降は食わねえコトにしてるんだがなぁ?」

 軽口を叩いたスライムは、その柔らかい体を大きな手で弾かれた。

 ボヨンと、弾力のあるからだが壁際まで弾かれる。

 同じ大きな手がユリを捉えた。美しい眉間に、5ミリほど刻まれた皺が、彼女の恐怖を物語る。

 スラスラは内臓液が沸騰するほどの怒りを覚えた。

「ユリっ!」

 ずるりとギガントに飛び掛る。大きな手がバシッとそれを弾き返す。ボンヨヨヨと、柔らかいからだが地面で跳ねる……

 ずるり、バシッ、ボンヨヨヨ、ずるり、バシッ、ボンヨヨヨ……

 不毛な攻防を5回も繰り返した頃、スラスラは攻撃を切り替えた。

 『脳みそ軽っ!』と書いてギガントと読むこいつらには、『口撃』のほうが効くに違いない。

「ユリをどうするつもりか知らないがなぁ、丁寧に扱わないと商品価値が下がるぞ。」

「傷つけるつもりなどない。ボスは、大事に扱うように言った。」

「お前の大きな手で掴むだけで、ユリのか弱い肌は傷つくんだよ!」

 あわててギガントが手を離すと、色白の肌にはくっきりと手の跡が残っていた。

 もちろん、鬱血してるわけでも、血を流しているわけでもない。色が白いゆえについた、すぐに消えるような赤みではあったが、威嚇ブラフとしては十分だ。

「ボスに怒られる?」

「ああ、怒られるだろうな。」

「どうすればいい?」

……かかった!

 ギガントは愚かにも、連れ去ろうとしている本人に助言を求めた。

 ユリがスラスラを一瞬、振り返る。

 体に簡単なくびれを作って頷くようなしぐさをしてみせると、銀の瞳は僅かに微笑んだ。

「スラスラ、私、抱っこ。お前、スラスラ、抱っこ。」

「しかたねえな。ほら、乗れよ。」

 ぐいっと体を歪ませてユリを抱きしめると、小さな唇を擦り付けるようにしてささやきが降る。

「ごめん。」

 スラスラは声帯液をユリの耳元に集め、コポリと小さな音を立てる。

「来るなって言われても、着いていくつもりだったんだ。気にするな。」

 納得のいかない顔をしながら、それでもギガントは、ユリを包み込んだ弾力ある体を抱き上げた。

 どすどすと歩く振動を打ち消すように、たぷたぷと体液を揺らしながら、スラスラは考えていた。

 腕の中にある小さな存在が自分を頼りにしてくれる瞬間の……優越感にも似たその感情の名前を……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ