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ユリの護衛長、ヤヲ=ケネセッスは、疲れきっていた。
「ユリ様、いずこへ……」
ギガントが立ち回りそうな森の奥、岩場のくぼみにいたるまで、全てを調べつくした。
しかし、未だ主の手がかりすら見つからずにいる。
「あの小さなお体では……」
魔力を封じている鍵がこの手にある以上、小さな主は身を守るための火の玉一つ、操れはしない。
幼い姿の主……世の中には『そういう輩』もいると聞いた事がある。
ましてやユリは、幼さの中にも鮮烈な美しさを宿す、いわゆる美少女だ……
「ユリ様っ!」
ただただ、その身の無事だけを思ってヤヲは再び走り出した。
地下室での退屈な一日を紛らわせるために、スラスラと幼い姫君はある行為に耽っていた。
「あ……だめ。あ……あ、あ。」
抑揚の無い幼い声が、躊躇いながら土壁に吸い込まれる。
それに答える声は嬲るように、試すように、明らかな優越感を含んで低く流れる。
「ダメじゃないだろ? ほら、早く言えよ。」
「あ、あ……足軽?」
「アシガル……また『る』かよ! 『る』はもう、出てこねえよ!」
そう、言わずと知れたしりとり遊び……
結果は、意外なことに32勝2敗で、ユリの圧勝であった。
「しりとりが強くたって、人生の役には立たないんだからなっ!」
負け惜しみの言葉に、小さな唇の端が2ミリほど上がる。
一日を共に過ごしたスラスラには、それが大爆笑であることが、すぐに解った。
「無表情って訳でも無いよな。まあ、顔に出るのは8割引ってだけで、きちんと感情はあるし。」
「うん。ある。」
「それに結構おしゃべりだよな、お前は。」
変幻自在のスライムの体を大きく裂いて、笑顔に似た形を作って見せる。
ユリは目尻も僅かばかり下げて『超爆笑』を返した。
「スラスラ、面白い。」
「面白がってばかりいないで、ここから脱出する方法を考えろよ。」
突然、すうっと表情が消え、ユリの唇が僅かに下向く。
「一緒、いやだ?」
「一緒にいるのが嫌なんじゃねえよ。ただ、ずっとこんなところに居るわけにもいかないだろ?」
「チャンスは移動。隙できる。」
「違う場所に移されるってことか? うん、俺だけなら何とか逃げられるだろうが、お前を連れてってのはなぁ……自信ねえな。」
「一人、行け。」
「はあ? 俺をどんだけひどい男だと思ってるんだよ。」
「一人、行け!」
あきらかな強がりの言葉に、スラスラは、自分の心臓液が激しくあわ立つような気がした。
「ンな、泣きそうな顔されて、置いていけるかよ。いいから、ガキは黙ってオトナに守られとけって。」
相変わらずの『無表情』のまま、小さな掌がスライムの柔らかい外皮を押す。
「何だよ?」
「抱け。」
ユリは、たぷたぷと心地よい体によじ登り、柔らかな感触に体を摺り寄せる。
……『戦力外と書いてスライム』の自分に縋らなくてはならない、この娘は……スラスラの胃袋液がじくじくと痛んだ。
「ヤヲってやつは? まだ迎えに来ないのかよ。」
「ヤヲ、素直。黒幕、思わない。」
「そりゃぁ、たいした騎士サマだな。」
「黒幕、誰、見る。」
「で? 誰なのか解ったら、どうするつもりだよ。」
深い洞察を宿した銀の瞳が、たぷりとした生き物に注がれた。
「ガキ、守る、言った。」
「あ? 言ったけど、俺は痛いことや面倒くさいことは嫌だぞ。まして、命を懸けてやったりはしないからな?」
「いい。スラスラ、死ぬ、良くない。」
小さな体からゆっくりと力が抜け、コポリと泡音を立てる『寝台』に軽く沈む。
「スラスラ、一緒、居ろ。」
「ああ、ここに居るから安心して眠れ。」
「ずっと。」
「はあ? ずっとって、いつまでだよ。」
「ずっと……」
銀の髪がさらりと揺れ、ユリの瞳が眠りに閉じられた。