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酒が運ばれ、宴は開かれる……すなわち酒宴。
イェ=ウィ=イチ邸の広い中庭は、護衛隊の酒宴で盛り上がっていた。
仮作りのテーブルには料理が並び、酒屋からたるごと運び込まれる酒が戦士たちのつかの間の休息を潤す。
だがスライムは、相変わらず宴の輪から離れて一人、酒を甞めていた。
「お前は行かんのか?」
ゴブレットを抱えた地精霊がその隣に腰を下ろす。
「連中だって飯時に、小汚ねぇスライムなんか見たくないだろうよ。」
ゴビリと酒を煽るスライムに、小さな手で大鉢を抱えたユリが駆け寄った。
「スラスラ、ユリ、作った。」
「フセチィージ(肉とジャガイモの煮物)か。随分と庶民的なものを作るんだな。」
「母、得意。ユリ、教わる。」
「お前の母ちゃんは、本当に変わった王族だったんだな。」
「上手い。」
「ん、ああ、美味そうに出来てるな。」
「食べる。」
「んん、俺がか? 後で食うから、その辺に置いておいてくれ。」
「食べる!」
「ここでは……な。皆が居なくなったら食うから。」
ユリがぷうっと小さく膨れて、踵を返した。
「ああああ、フセチィージ……」
パタパタと走り去る後姿を見送って、スライムががっくりとうなだれる。
「食ってやれば、喜ぶのに。」
「あいつだけならいいがな、ここには人が多すぎる。」
「ふむ、心知れざるもの、食の卓を共にせず……か。」
「至極当然のことだと思うぜ。飯に毒でも入れられたら、一撃アウトだ。大体、大口開けて物食ってる姿ってなぁ、隙が多すぎていけねぇよ。」
「それは、戦場での『機能的』な話だ。」
ノームの親父は、ゴブレットに僅か残った酒を惜しそうに甞めた。
「信用できるやつと飯を食うんじゃない。飯を食う事から信用が始まるんだ。お前から歩み寄る信頼関係ってのも、時には必要なんじゃないのか?」
「俺から……歩み寄る?」
「爺さんがお前に教えたことは間違いなく大事な事だ。だが、お前の人生の答えがそこにあるとは限らんだろう?」
「よく解んねえよ。」
「ま、飯ぐらい楽しく食えって事だな。」
おっさんは小さい体で精一杯に伸び上がって、ぽんぽんとスライムを叩く。
「とりあえず、カノジョの手料理を食うところから始めちゃぁどうだ?」
「はぁ? カノジョじゃねえし。」
「いじらしいじゃないか。『わざわざ』お前の大好物とはな。」
「『たまたま』だろ。」
「恋する乙女の情報網をなめちゃあいかんよ」
「聞けよ、おっさん!」
スライムが、ノームを眼球液の前に摘まみあげた。
「あいつはいずれ王となる立場なの! ちょっと変わり者だが、自分の立場は良くわきまえているオンナだ。一兵卒に過ぎない、しかも不気味生物の俺じゃ恋愛対象になんかならねぇよ。」
透き通った眼球液がぐるりと下を向く。
「俺だって幼女は恋愛対象外だ。毎晩一緒に寝ているが、一度たりとて抱きてぇと思ったことはない。でなきゃ、『寝台』なんてやってられるかよ。」
ノームを下ろし、ずるりとスライムは動き出した。
「どこへ行く、姫サンのところか?」
「違ぇよ! 便所だよ!」
だが、この家の主であるイェは、彼が便所とは逆方向を目指していることを知っている。
「がんばれよ、チビ助。」
小さな声援を送って、彼はにんまりと笑った。




