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往来で突然始まった立ち回りに、男たちは仕事の手を止めて集まる。女たちは夕餉の買い物の足を止め、子供達は駆け寄り……あっという間に人だかりが出来上がった。
その中心では、白い男と黒い男がたった一本の木刀に、完全に翻弄されている。
打ち込む真剣はその女の髪一筋にすら触れることは無く、打ち返される木刀は的確に剣筋を叩き、弾き、逸らせている。
「なんなんですか、あの人は!」
「あの姿は、200年ほど前に名を馳せた女剣士、ナヤコのものだ。」
「聞いたことがあります。指南役の職を蹴ってまで、修行の道に身を置いた求道者だったと。」
「ああ、だが人間の寿命てなぁ短い。たどり着けるところなんてたかが知れてらぁ。」
黒い男がつかを深く握り上段に構えた。
「だが、そのナヤコが最盛期のまま、200年分の経験を積んだとしたら、こういう化け物になれるんだよ。」
「なるほど、それは……もう二人ほど私が欲しいくらいですね。」
白い男は下段に構え、二人はいっせいに女めがけて切りかかった。
「振りが大きすぎるよ!」
一喝と共に木刀は二筋の剣閃の間をすり抜け、つかを握る手に直接打ち込まれる。
「ぐっ! ちっきしょう。」
小気味よい音を立てて、二本の剣が地面に転がった。
見物人から驚嘆のどよめきと、賛辞の溜息が湧き上がる。
「今回は随分とがんばるねぇ。根性無しのあんたが。」
「ちょっとしたお願いを聞いてもらわなくちゃならないんでな。」
「ふふふん、いつも言ってるだろ。お姉ちゃんに一撃でも当てることが出来たら、どんな無理でも聞いて上げるよ。」
「解ってるよ。だからガラにも無く……」
スラスラは剣を拾い、中段に構えた。
「頑張ってんじゃ……ねえかっ!」
構えはそのままに、女に剣を投げつける。
「何をっ?」
不意を衝かれた体勢は大きく崩れ、木刀の筋が乱れる。その刹那を逃すことなく、スラスラはつま先でもう一本の剣を跳ね上げるように拾い、勢いそのまま掬い上げるように振りぬく。
鈍い振動と、音……ばさりと、木刀が真っ二つに切れた。
「ち! 浅かったか。」
木刀を投げ捨てた女剣士が逃げようとするその腕を捕らえ、グイと懐に身を寄せる。
「いい太刀筋になったね。」
甲冑の首元に手をかけて、彼女は満足そうに笑った。
「惚れた女を『守るための筋』だ。」
逃れようとスライムに戻りつつある彼は、その言葉に身を赤くする。
「惚れっ……」
「隙アリっ♪」
半ばスライム化していた体はひゅっと宙に舞い、地面に叩きつけられ、たぷんと液質の音を立てる。
「ま、あたしだって鬼じゃないさ。得物を割られたんだし、お願いは聞いてやるよ。」
キップのいい言葉と、勝利に胸張る美しい立ち姿に、見物人は惜しみなく賞賛の歓声を注いだ。




