2
ミジホの村が鉄鋼で栄えたのには、もちろん理由がある。
一つは、近くの山から良質の鉄鉱石が取れること。その質の良さは他に類を見ないほどで、兵装として人気の高いヌニン鋼は、ここで鍛えられた証である。
もう一つは、熱源として利用できる休火山の麓にあるという、特殊な立地だ。ちょっとした制御の呪文さえ扱えれば、工房に引き込んだ火山脈を扱うことは難しいことではない。
ここで生み出された数多の鉄製品は国中で売られる。村は小さくとも、火山の熱気と人々の活気で満ち溢れていた。
商家と工房の立ち並ぶ目抜き通りを歩く、全く同じ顔をした二人の男……もちろん、スラスラとヤヲだが、二人は、この村で一番奥まったところにある、飛び切り大きな屋敷を目指しているところであった。
「ヤヲ、聞いておきたいことがある。」
黒い甲冑を着た男の言葉に、白い甲冑の男が応えた。
「ユリ様のことですね。それで、わざわざ私を連れ出したんですか。」
「まあ、な。本人には聞いちゃいけないような気がしてな。」
スライムが歩速を落とした。
「この移動、陸路を指定したのは魔王自身だそうだな。」
「ええ。ユリ様を受け入れるための条件として、わざわざ書状にしたためられていました。」
ヤヲも、少しだけ歩幅を小さくする。
「……魔王ってのは、ユリをちゃんと歓迎してくれるんだろうな?」
「何を疑っているのですか?」
「魔王サマの愛情をだ。陸の移動は時間も、手間もかかる。敵に付け入られる隙も当然多くなる。そんな試練をわざわざ愛娘に与えるのか?」
「魔王様のご真意は、私にも解りかねます。ただ、ユリ様への愛情は、間違いなくお持ちですよ。毎年お誕生日には花を届け、ことあるごとに贈り物を……」
「愛情は、ものじゃ測れねぇよ。」
「じゃあ、今回の道行きは? ユリ様が常々お命を狙われていることに気がついた魔王様は、ご自分がユリ様を守るつもりで……」
「だから! それなら飛行魔物でも使えば、安全だし早いじゃねえか。」
ずるりとしたスライムの姿とは違い、ヤヲの姿を借りた彼は実に表情豊かだ。さしずめ、今は『怒り』。顔を高潮させ、眉尻を上げ、口からは泡を飛ばさんばかりにがなりたてる。
「ユリは何故、あんな悲しそうな顔をした? あれは父親に愛されている娘の顔じゃあ無かったぞ!」
「随分と怒っているんですね。」
「当たり前だ! 俺はユリの『寝台』だからな。主に仇為すものは例え魔王でも……えふっ!」
スラスラの背後に、どーんと衝撃が走る。
「この馬鹿スライムが! 背後ががら空きだよ!」
「ううう、だから来たくなかったんだよ……」
「そんな、イケメンのフリなんかしたって、あたしはお見通しさ!」
人間の女性……なのは、もちろん、トレースした姿だからだろう。赤髪を一つにまとめたその女丈夫は、木刀を片手にしてにやりと笑っていた。
「あなたがスラスラの……」
「ヤヲ! 挨拶は後だ。構えろ!」
「えええ! 木刀なんか持っていませんよ。」
「遠慮すンな! 相手は化け物だ。」
黒い男はすらりと腰の真剣を抜いた。
「もうちょっとハンデをつけて欲しいぐれぇだ。」
女丈夫はすうっと肩を落とし、木刀を軽く握る。どこにも余計な力は入らず、流れる水のように静かなその立ち姿は、間違いなく『達人』のそれだった。




