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どーんと腹まで響く破壊音が聖堂まで聞こえてくる。
「随分と派手なプレイを。」
「マニアックなプレイを。」
「鬼畜だね。」
のんびりと会話を交わす三人の男に、ミョネは噛み付かんばかりに怒鳴る。
「そんなわけないだろ! あの野郎やりやがったねっ!」
ミョネはウィプスの群れを操るべく、早口で古代語を繰った。
「イェシコ=タツノカ=コ(向かえ。そして追え)!」
ゆらりゆらりと動き出すウィプス達に、三兄弟達は狼狽の声をあげた。
「待て、勝手なことは!」
「軍用魔物は我らの所有!」
「この所業はあのお方に報告……」
「黙りなよ! あんた達こそ、あのお方に消されたくなかったらねっ!」
自信満々に豊かな胸を張るその姿に、三人の男は気おされる。
「教えておいてやるよ。あんた達も、ボクだって、『あのお方』にとっちゃあ、手駒の一つに過ぎない。そしてねぇ、手駒の価値としちゃあ、ボクのほうが少しばかり上なんだよ。」
黙りこんだ情け無いさまに、ミョネはことさらに魔性じみた笑みを降らせた。
「ボクの今回の任務は、あんた達をここから逃がすことさ。『婚姻外の子』にこんなところで死なれちゃあ、余計な疑惑を生むだけだからね。解ったら、さっさと帰りなっ!」
おたおたと動き出す男たちを尻目に、褐色の美女は腕に変化のための魔力を含ませ、戦臭を嗅ぎ取った犬のように走り出した。
すぱんとドアを切り裂く、それはまさしく『手刀』
腕を白玉の剣に変化させたミョネは、部屋に飛び込んですぐ、ぱっくりと口を開けた石壁に気付いた。
「隠し通路……馬鹿だね、ウィプスの得意分野じゃないか。」
通路に飛び込んだミョネの目に、四つの人影が二手に分かれるのが見えた。
一組は、暗い中を駆ける大柄な紫の甲冑と、黒い甲冑。もう一組は、白い甲冑の金髪の男と、ピンクのウィプスに照らされた銀髪揺れる小さな少女……
「ふん、無駄なことを。こっちの狙いは最初っから一人だけなんだよ!」
ふわふわと漂うウィプスたちに、ぴしっと強い号令が飛ぶ。
「カンヒ=ハサア=カコ(女の子を追え)」
ウィプスたちが一斉に動き出し、ユリの周りを取り囲んだ。
「ユリっ!」
白い甲冑の男がスライムの声で叫び、その小さな体を守るように抱えあげる。
「なんだい、中身はスライムかい?」
ウィプスたちに追い立てられ、ミョネの眼前まで追い詰められた男がギリっと奥歯を噛んだ。
「裏切りとはね……そんなに狂うほど良かったのかい? それとも、最初っからロリ……」
「俺はロリコンじゃねぇ! それに『裏切り』なんて言われるほど、あんたとシンミツになった覚えもねぇよ。」
抱えあげられた少女は無表情のまま、小さなピンクのウィプスに照らされている。
「愛しの隊長ドノを追いかけないのか?」
「顔が好きなだけだってば! 目の前の獲物を見逃してまで追いかけるほどの価値は無いねっ! それより、姫サンをこっちに渡してもらうよ。」
「渡したら、どうするつもりだよ。」
「あのお方が欲しいのは、魔族側にいる半魔半人を集めるための広告塔さ。大人しく言うことを聞けば殺されはしないだろうよ。」
「大人しくしなければ?」
「もう一つ、欲しがっているもの……魔族と人間を争わせるための火種として、一番いいタイミングで、一番効果的な死に方をしてもらうだけさ。」
「どちらにしろ、あんた達のための『お道具』って訳だ?」
にやりと微笑んだのは、今まで全くの無表情だった銀髪の少女だ。ユリと全く同じ声が、その口から漏れた。
「ねぇ、お兄ちゃまぁ、ユリ、面倒臭いのも、痛いのもヤダな。」
「そうですね。私も、大事な『妹』を道具扱いされるのは、勘弁できません。」
がらりと変わった口調の違和感に、ミョネがぎょっとした。
「まさか! だって、あの黒い甲冑の男は……」
「男ぉ? しっかり確かめたのか?」
ユリの姿をしたスライムは、自分の首に巻かれたチョーカーを弾いて見せる。
「見えたのは、黒い甲冑の『人物』だろ? もっとお前が注意深ければ、背の高さなり体格なり、気がつくところはいくらでもあったんだろう。」
スライムはぐるりと声帯液を動かして、口すら動かさずに、ヤヲそっくりの声を出した。
「だから俺は、ウィプスを使って、『銀髪の少女』をいち早く、お前に認識させた。」
ユリと全く同じ顔が、得意げな笑いで大きく動く。そしてぐいっと引き伸ばされた声帯液は、ミョネと同じ声を作り出す。
「視覚効果ってヤツだよ。こうも簡単に引っかかってくれるとは、思わなかったがな。」
白い甲冑の男が、不満そうな声を出した。
「ユリ様のお姿で、そういう粗野な口調は止めてください。」
「じゃあ、こほん……お兄ちゃん☆」
「誤魔化されませんから。」
「つまんねぇの。」
ずるりと元の姿に戻るスライムにリビングウエポンが嘲りの声をあげた。
「策士、策に溺れるってヤツだね。主戦力を欠いて、この数の魔物に勝つつもりかい?」
「馬っ鹿。主戦力だからだよ。」
ずり、ずるりと立ち上がるように姿を変えるスライムに、ヤヲが腰布と剣を差し出す。
「この上には街がある。あの魔力で戦ったりしたら、とんでもないことになるだろうよ。」
ギガントを模ったスライムは、腰布を巻きながら褐色の女戦士を睨みつけた。
「俺はこれ以上、ユリを血で汚すようなことはしない!」
「あんた、いい男だねぇ。ここで殺しちゃうのは惜しいぐらいだよ。」
ミョネが軽く左手を上げると、ウィプスがボッと音を立てて、燃え盛る炎の玉へと姿を変えた。その輝きと数は膨大な熱量と光量を持って、洞内を昼のように照らす。
「ヤヲ、一つだけ謝っておきたい事がある。俺の理想は『一兵たりとて欠くことなく』ってヤツなんだが……」
「その欠けてはいけない一兵に、自分は入って無いんですか?」
「!」
「さっさと終わらせますよ。謝罪ならその後で結構です。」
「……お前も、たいがいにいい男だよ。」
二人は、闇を埋め照らす光の大群に剣を向けた。




