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 セクシーなミョネと、ヤヲの姿をしたスラスラ……小間物の店先で連れ添って買い物をする男女は、恋人同士に見えなくも無い。

「だからぁ! 大人の女に贈るのにそれはないでしょ!」

 スラスラは舌打ちして、手にした人形を棚に戻した。

「入隊の支度金ってのがたんまりもらえたはずだよ。けちけちしないで、こう……きらきらだったりさ、ゴージャスだったりするものがあるだろ。」

「解んねぇよ、女の喜ぶものなんて。」

「解らなくてもしっかり選ぶっ! あんたの仕事は、あの姫サンを口説き落とすことなんだからね!」

「は~あ、面倒くせぇ。お前が選べよ。」

「そ? じゃあ、いくつか候補を挙げるからぁ……」

 嬉々として棚を漁りはじめた女から、うんざりと視線をはがすと、小さな路地の向かいに古書店が見えた。

(本……か。)

 ミョネは、ヤヲの姿の男が歩き出したことにも気がつきはしない。店中のアクセサリーを手に取り、矯めつ眇めつしては、また棚に戻す。

「ねえ、これなんかさぁ……」

 振り向いた女は店の外、古書店の前に佇む男の姿を見て激昂した。

「ちょっと! まじめにやんなさいよねっ!」

 小間物屋から飛び出してきたミョネの剣幕に、男はさらに溜息をついた。

「なに、それ、絵草子マンガ?」

「暇つぶしに読むには、丁度いいだろ。そっちは? 決まったのか。」

「いくつか候補はあるんだけどさ。」

「面倒くせぇ。第一候補と第二候補を買って来いよ。」

「なんで二つ?」

「第一候補はお前にやる。これから、もっとシンミツなことになるだろうしな。」

「あんたって意外に……」

「なんだ、要らないのか?」

「いや、要る! 包んでもらうから、待ってろよ!」

 ぴょこんと走り出した後ろ姿を見ながら、スライムはにやりと笑った。

(女って、ちょろい。)

 読みかけていた本をパタンと閉じて棚に戻す。

(さて、これもだめだな。人死にが多すぎる。もっと馬鹿馬鹿しいだけのものは……)

 ホコリ臭い書棚を物色する男の顔は、真剣そのものだった。

 

 無法者と書いてスライムと読む彼ですら、それが性急なやり方だと解っていた。だが、警戒されないのをいい事に、無作法に『女性』の部屋に入り込む。

 スライムは、ヤヲの姿のまま、小さな小箱を、小さな手のひらに載せてやった。

「これ、なに?」

「さあ? 開けてびっくり?」

 振るとカタカタと金属質の音がする小箱は、二人の興味を、全くといっていいほど引かなかった。

「もう一つ、ある。旅の荷物になって悪いんだけど……な。」

 視線をそらしながら差し出された数冊の絵草子マンガに、ユリの瞳が微かに輝いた。

「眠れないときに読むといい。」

「スラスラ、選んだ?」

「ああ。実に馬鹿馬鹿しい話なんだが、意外にしっかりと造りこまれているんだ。俺も、つい夢中になっちまって、一括購入おとながいしちまったよ。」

 小さな両手がしっかりと絵草子を抱え込み、あきらかに冗談物ギャグマンガと思しきカラフルな表紙に頬寄せる。

「……感謝。」

 見上げる小さな体を抱き上げて、ヤヲの姿の男は、『スライム』の声でささやいた。

「ちゃんと眠れているか?」

「あまり、無い。」

「夜が怖いときは笑え。楽しいことだけ考えろ。無理に眠ろうとしなくていい。」

「一緒、寝る。」

「俺を……オトコをあんまり信用するな。ひどい目にあうぞ。」

 ずるりと、ヤヲの形が崩れる。

「男の親切なんて、下心の裏返しだ。優しければ優しいほど、でかい見返りを欲しがる。」

 ずり、ずるりと、スライムの体が少女の腕を這い上がった。

「スラスラ?」

 不安そうに見上げる銀の瞳に、優しげな眼球液がふっと微笑みかける。

「『寝台』としての俺を信頼しろ。お前が怖がることは何もしない。ただ……」

 がたりとドアの開く音に言葉をさえぎられ、スライムは振り返った。

「ちっ! あと少しだってのに!」

 戸口に立った女は抱えていたリネンを取り落とし、金切り声を上げる。

 部屋の中央でぶよぶよと蠢く淫靡な生き物は、今まさに、小さな少女を飲み込もうとしているところであった。


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